第16話:銀色の手紙と、静かなる「熱」の差
嵐のような「リオンピック」が幕を閉じ、心地よい疲れが街の熱気と共に夜の帳に包まれていく。
シルヴィア・ヴァレリアスは、月明かりが差し込む自室の机で、故郷の父へ宛てた手紙を認めていた。
ペンを休めるたびに、この数日間の情景が鮮やかに蘇る。
(……本当に、あの方は放っておけない人だわ)
手元にあるフリスビーをひとなでし、先日のリオンの一件について思い返す。
職人たちの喧嘩にオロオロし、胃を押さえて逃げ出そうとしていた情けない姿。
けれど、私が解決策を提示し、コースを設営し終えた時。リオンは子供のように目を輝かせて「君はなんて天才なんだ!」と叫び、あろうことか感極まって私を抱きしめてきた。
あの時の、リオンの温もりと、必死に絞り出された「君こそが神だ、一生ついていく」という言葉。……不敬だと説教すべきだったけれど、耳元で聞こえた心音があまりに速くて、私も言葉を失ってしまった。
円盤をぶちまけたことをバラされた時のあの方の真っ白な顔。
そして、それさえも奇跡のような「一体感」に変えてしまった、あの夕暮れの広場の熱狂。
シルヴィアは少しだけ赤くなった頬を冷たい指先で押さえ、柔らかな微笑みを浮かべてペンを動かした。
◇
『お父様、お元気ですか?
アルカディアでは今、誰もが空を見上げていますわ。リオンが開催した技術の祭典「リオンピック」の余韻が、今も街を支配しているのです 。
今回、私はこの祭典を成功させるべく粉骨砕身いたしました 。
不満を抱える国民を前にしたリオンに私が「祭典を開いて競わせればいい」と提案し、すべての運営を統括したのです 。
その私の提案があまりに完璧だったのでしょう。
解決策を提示した際、リオンは「君はなんて天才なんだ!」と驚嘆し、あろうことか感極まって私に抱きついてきましたの 。
……あまりに突然のことで固まってしまいましたが、あの方は「君こそが神だ、一生ついていく」とまで口にしていましたわ 。それほど私の力が、彼の胃痛を救い、役に立ったということなのでしょう 。
祭典では、リオンがドジを踏んで円盤を混ぜてしまうという失態もありましたが、結果として職人たちの不満は消えるどころか、国中に凄まじい「一体感」が生まれましたわ 。
不満を抑え込むのではなく、共通の「熱狂」で溶かして一体感を作る。この統治の手法は、我が帝国でも参考にできるはずです 。
追伸。
今回もルネの描いた絵画を同封します。私がリオンを支え、職人をはじめ、国民の皆が一つに繋がる瞬間が描かれた傑作ですわ 』
◇
数日後。大陸随一の威容を誇るゼノビア帝国の帝宮 。
「申し上げます! シルヴィア皇女殿下より、お手紙と贈り物が届いております!」
報告が響いた瞬間、玉座の間を支配していた覇王の威圧感が、音を立てて霧散した 。
「……シルヴィア?! パパのシルヴィアたんからお手紙が届いたぞぉぉ! 今すぐこっちに持ってくるんだ! 遅いぞ!」
皇帝は玉座の上で身悶えしながら、使者から手紙をひったくった 。
同封されたルネの絵を見て「リオンに抱きつかれただと!? 万死に値する。わしが娘に抱きつかれたのはシルヴィアたんが7歳の時が最後だぞ」と叫び散らす様は、いつもの親バカそのものだった 。
だが。手紙の「不満を消し去る熱狂」という一節を読んだ瞬間、皇帝の瞳から一瞬にして温度が消えた 。
「…………卿らに問う。我が帝国において、民から不満や苦言の声は上がっているか?」
静かな、しかし重い問いに、側近たちは顔を見合わせ、言葉を濁した 。
「……は。いえ、陛下のお耳に入れるほどの……そのような不満は、一切報告に上がっておりませぬ。民は皆、帝国の、ひいては皇帝陛下のご威光に従っておりますれば」
「……ふむ。おい」
皇帝が闇を呼ぶと、音もなく一人の黒装束の男――「影」が現れた 。
「お前はどうなんだ? 何か聞いてはおらぬか?」
皇帝の問いに、影は感情を削ぎ落とした声で、どこか嘯くように答えた 。
「……いえ。そのようなことは全く。不満の声を上げる者など、この完璧に統治された帝国に、一人として存在いたしませぬ」
「……そうか」
皇帝は影の報告を事実として受け入れた 。帝国には不満を口にする者すらいない 。しかし、皇帝は手紙にあるアルカディアの「熱狂」と、目の前の「沈黙」を比較した 。
「……フン。そうであろうな。不満の声さえ上がらぬか。まあ良い。不満がないことは良いことなのであろうな」
皇帝は手紙を握り込み、ルネの描いた熱狂する民衆の絵を見つめた 。不満を封じ込めるだけでは「生きた熱」は生まれない 。
皇帝は再び父の顔に戻り、少し複雑な笑みを浮かべた 。
「さて、シルヴィアたんに負けないくらいの豪華なココアを送ってあげなくてはな! リオンには……そうだな。とても健康に良いと聞いている、例の苦い茶を送ってくれ。我が娘に、シルヴィアたんに抱きついた礼としてな」
再び親バカモードに戻った覇王の笑い声が、静まり返った謁見の間に響き渡った 。
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