第3話:領主の館と、リーゼの微笑み
ガタゴトと、情緒もへったくれもない振動が数日間続き、ようやく馬車が止まった。
扉が開くと、乾燥した風と共に、鼻をつく砂埃が舞い込んでくる。
「……到着、かな」
僕――リオン・アルカディアは、凝り固まった腰を叩きながら馬車を降りた。
目の前に広がっていたのは、地面がひび割れ、申し訳程度に枯れ草が頭を覗かせているだけの茶褐色の荒野。
そこには、怯えたような、あるいは絶望を通り越して無感動になった瞳の村人たちが、遠巻きに僕たちを眺めていた。
「よ、ようこそおいでくださいました、領主様……。村長のゴートンと申します」
腰の曲がった白髪の老人が、震える声で頭を下げる。
彼が指し示したのは、村の奥に寄り添うように建つ、数棟の平屋だった。
「こちらが、領主様の館と……その、お連れの方々の宿舎にございます。お見苦しい限りのあばら家ばかりで、申し訳ございませぬ」
村長が消え入りそうな声で謝罪するその「館」を、僕はまじまじと観察した。
王城の豪華な離宮に比べれば、それは確かに「犬小屋」が並んでいるように見えるかもしれない。だが、前世の記憶を持つ僕の目には、全く別の、非常に馴染み深い光景に見えていた。
(……ほう。三棟並んだ平屋建て。メインの館はおおよそ3LDKといったところか。コンパクトで掃除が楽そうだし、何よりハンスやルネが別棟なら、僕のプライベートが完全に守られる。管理が行き届く範囲にすべてが収まっているのは、事務屋としては最高の配置じゃないか)
無駄に広い城など、維持費もかかるし移動だけで時間が削られる。自分の休息時間を確保するうえで、この「建売住宅」のような適度な距離感はむしろ合理的だ。僕は特に落胆することもなく、そのこぢんまりとした環境を素直に受け入れた。
「いいよ、村長。掃除さえしてあれば十分だ。まずは荷物を入れよう」
「は……? さ、左様でございますか……。寛大なお言葉、恐悦至極に存じます……」
僕が拍子抜けするほど淡々と受け入れると、村長は困惑したように顔を上げた。
そこに、僕の背後からリーゼがふわりと降り立つ。
「お兄様! 見てくださいまし、手付かずの自然がこんなに美しいですわ! 空がとっても広くて、まるでお城の天井がなくなったみたいですわね!」
リーゼは顔を輝かせ、殺伐とした荒野を「贅沢な景色」として肯定してみせた。
彼女の纏う、春の陽光のような柔らかいオーラ。
その微笑みに当てられた村人たちが、一人、また一人と、毒気を抜かれたように呆然と彼女を見つめる。
「まあ、あんなに綺麗で、お優しいお顔の姫様が……」
「まるで、女神様が降臨されたようだ……」
怯えていたはずの村人たちの間に、さざ波のように安堵が広がっていく。リーゼの「ふわふわ」とした天然のカリスマ性は、この絶望的な村の空気すら一瞬で浄化してしまったようだ。
「……美ざんす! この、絶望的な茶色の中に咲く一輪の白百合! 構図が決まったざんすー!!」
ルネは馬車から降りるなり、村の惨状など目に入らない様子で、割り当てられた別棟へ向かう前にスケッチブックを広げている。
ハンスとルネが別の家に落ち着けば、僕の執務室兼居間は、文字通り僕とリーゼだけの聖域になる。完璧だ。
さて、ひとまず館(3LDK)に入ると、案の定、中はがらんとしていた。
生活感どころか、家具の類もほとんどない。
「お兄様! 早速お茶会をしましょう! 新しいお家のお祝いですわ!」
リーゼが楽しそうに提案するが、部屋を見渡してピタリと止まった。
そこには、お茶を置くためのテーブルも、腰を下ろす椅子もなかったのだ。
「あら……? お兄様、テーブルはどこにありますの? ハンス、お茶の準備はどうしましょう……?」
困り果てたようにリーゼが、荷解きを手伝いに来たハンスを見上げる。
ハンスは眼鏡をクイと押し上げると、微塵も動じない様子で言い放った。
「リーゼ様、これこそがリオン殿下の『深謀遠慮』にございます。殿下はあえて贅沢品を排除することで、『民と同じ苦難を分かち合う』という高潔な意思表示をなさっているのです。テーブルがないのなら、地べたに布を敷き、大地と共に茶を愉しむ……これぞ真の『王道』に違いありません」
「まあ! お兄様、そんなに深いお考えが……! さすがですわ!」
(……いや、ただの予算不足と準備不足だと思うんだけど)
僕はリーゼのキラキラした視線を避けるように、窓の外のひび割れた大地を見つめた。
だが、テーブルすらないこの拠点で、どうやってリーゼの笑顔が続くような環境に作り変えるべきか。
元事務屋としての、あまりに前途多難な生活が始まったのである。
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