第12話:国王の咆哮と、決死の予算防衛戦
中庭で開催された「第一回フリスビー大会」は大成功に終わった。
あの日以来、王宮のあちこちで木の円盤が舞い、子供たちの笑い声が絶えることはない。
僕もようやく、不器用な手で木を削る日々から解放され、温かい執務室で平穏な隠居生活を再開できる……はずだった。
だが、僕の前に現れたハンスの「完璧な事務的笑顔」が、その淡い期待を微塵も残さず打ち砕いた。
「リオン殿下。国王陛下がお呼びです。至急、謁見の間へ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の背筋に氷柱が突き刺さったような衝撃が走った。
終わった。ついにバレたんだ。
図面を引くのが面倒で、棚の奥にあった国宝『蒼月の聖皿』を勝手に持ち出し、ペンでガシガシと縁をなぞって型紙にした不敬極まりない行為が。
「ハンス……父上は、やっぱり怒ってるかな? 『国宝を文房具扱いするとは何事だ!』って、今すぐ僕の首をはねる準備でもしてるんじゃないかな?」
僕は震える声でハンスに縋り付いた。
だが、僕の脳裏にはもう一つの、もっと現実的で恐ろしい不吉な可能性が浮かび上がる。
「……いや、もしかして、あのフリスビーで何か大事なものを壊しちゃったのかな。……誰かが窓ガラスを割ったとか、高価な花瓶を粉砕したとか……」
僕の問いに、傍らでココアを飲んでいたリーゼが、バツが悪そうに小さな手を挙げた。
「あの……お兄様。わたくし、先ほど中庭で投げたとき、あさっての方向に飛んでしまって……父上様の石像のお顔に、三回ほど当ててしまいましたわ。幸い、お顔に傷はついていなかったのですが……」
「三回も!? しかも顔面に!? いや、傷がついてなきゃいいって問題じゃないよリーゼ!」
国王の象徴である石像をフリスビーでボコボコにする……それは不敬罪を通り越して、もはや宣戦布告に近いんじゃないだろうか。
いや、リーゼなら「可愛い娘の失敗」で済むかもしれない。でも、その「武器」を供給したのが僕だとバレたらどうなる?
『王子リオン、妹を唆して国王の石像を狙撃』なんて罪状がついたら、僕の隠居生活は間違いなく極北の監獄送りだ。
「ハンス、正直に言ってくれ。僕は今から、どんな処刑場へ連れて行かれるんだい?」
僕の切実な訴えに対し、ハンスは眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、含みのある笑みを浮かべた。
「殿下。陛下は今、かつてないほど興奮しておられます。……おそらく、怒られることはないかとは思いますが……。ただ、その興奮の理由が、殿下の想像の範疇にあるかどうかは、私にも保証しかねますな」
「それ、一番怖いやつじゃないか……!」
ハンスの「おそらく怒られない(かもしれない)」という絶望的な不確定要素を抱えたまま、僕は重い足取りで、父上――アルカディア国王の待つ謁見の間へと向かった。
*
謁見の間の重厚な扉が開くと、そこには玉座から身を乗り出し、荒い鼻息をついている父上の姿があった。
その足元には、リーゼが呼び集めた子供たちが持っていたはずの「木の円盤」と、そしてシルヴィアが描き直した「精密な図面」が並べられている。
父上は僕の姿を認めると、その円盤を一つ、無造作に放り投げた。
「……リオン。これを作ったのは、貴様らしいな」
低い、地を這うような声。
僕は思わず床に膝をつき、必死に謝罪の言葉を並べ立てた。
「父上! あの、お皿の件は、その、悪気はなかったんです! 形がちょうど良かっただけで! それと石像の件も、あれは事故と言いますか、リーゼの愛の鞭と言いますか……!」
「……皿? 石像? リオンよ、何を言っている」
父上は僕の言葉を鼻で笑い飛ばすと、いきなり立ち上がり、手元の円盤を僕に突き出した。
「そんな些細なことはどうでもいい! 見よ、リオン! 貴様がこの国に持ち込んだ、この『1リオン』という名の魔法を!」
「……え、魔法、ですか?」
父上は一枚の円盤を掴み、別の村から届いた円盤と重ねて見せた。
それらは、まるで最初から一つの木塊であったかのように、寸分違わず同じ大きさで重なっている。
「これまで、この国の物作りは『職人の勘』という名の曖昧な闇に包まれていた。例えば馬車の車輪一つ壊れたとしても、それを作った職人をわざわざ呼び戻し、一から作り直させねばならなかったのだ。他の職人が作った部品など、形が合わず使い物にならぬからな!」
父上の声が、謁見の間にビンビンと響く。その瞳は、新たな利権を見つけた商人のようでもあり、新大陸を発見した冒険者のようでもあった。
「修理一つに多大な労力と時間を要し、その職人が死ねば二度と直せぬ。それがこれまでの『当たり前』だった。だが……どうだ! 貴様が『基準』を決めたおかげで、地方の素人が作った部品が、王都の道具と完璧に一致したのだ!」
父上は興奮のあまり、図面を机に叩きつけた。
「これは産業の革命だ! 特別な技術を持たぬ者でも、貴様の定めた『1リオン』の原器さえあれば、同じ品質のものを大量に供給できる。……リオンよ、貴様は『互換性』という名の概念で、この国の工業を数百年分、一気に進めてしまったのだぞ!」
(……いや、僕はただ、不器用すぎてフリスビーを自作するのが嫌だっただけなんです。前世の事務員として、仕様がバラバラなのが我慢できなかっただけで……)
とは、もはや口が裂けても言える雰囲気ではない。
父上の興奮は最高潮に達し、ついには玉座の前で腕を振り上げ、絶叫した。
「恐ろしい子よ! ただの遊び道具から、世界の理を書き換える『規格』を生み出すとはな! ハンスから報告を聞いたときは耳を疑ったが、この目で見れば認めざるを得ん。貴様は神の尺度を地上に降ろしたのだ!」
「あ、あの! 父上! 僕はただ、その……! 功績なんていいので、冬服の予算を削られた分だけは、なんとか死守したくて……!」
僕は必死に訴えた。
ここで「国家の英雄」なんて祭り上げられたら、間違いなく「さらに効率化しろ」とか「全国の道路の道幅を統一しろ」とか、面倒な仕事を山ほど押し付けられる。
せめて、美味しいお茶を飲んで、暖かい服を着て、ぬくぬくと寝ていられる自由さえ守れれば、それでいいんだ。
「ははは! 欲のないやつめ。これほどの手柄を立てておきながら、望むのが予算の防衛とはな! よかろう、リオン。貴様の冬服の予算は倍……いや、三倍にしよう! そして、その『1リオン』の基準は、我が国の国是として永久に守り抜くことを約束しよう!」
……やった。
予算(お小遣い)の三倍増額、成功だ。
僕は安堵の胸を撫で下ろした。
とりあえず処刑は免れたし、高級な冬服も買える。石像の顔にフリスビーが当たったことなんて、三倍の予算という濁流の前には些細な問題だ。
僕の背後で、ハンスが「……(ニコニコ)。これで、この『リオン基準』に合わない全ての古い利権を『不備』として排除する法的根拠が整いましたな」と、真っ黒な笑みを浮かべていたけれど、僕は気づかない振りをすることにした。
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