第10話:規格の檻と、空に舞うフリスビー
僕が提唱した「地方での内職」と「部品の規格化」という名の、前世の知恵を絞り出したスキームが動き出してから、わずか一週間後のことだった。
執務室の窓から差し込む冬の陽光はどこか柔らかく、僕の心も、あの日リーゼが泣きじゃくっていた時とは比べものにならないほど穏やかだった。
「リオン殿下、例の『お手伝い』の成果が届きました」
ハンスの声に顔を上げると、僕は思わず目を見開いた。
執務室の床が、木の円盤――フリスビーで埋め尽くされていたからだ。
それは地方の村々から届けられた、総数二百枚の円盤。
僕は適当に数枚を手に取り、重ねてみた。すると――驚くべきことに、それらはまるで吸い付く磁石のように、ぴったりと重なったんだ。
「凄いな……。どの村の誰が作っても、全部同じものが届くなんて」
僕はその滑らかな断面を指でなぞりながら、震えるような感動を覚えていた。
前世の事務員時代、不揃いな仕様書や互換性のない部品にどれほど泣かされてきたことか。
それが今、僕の目の前で「規格化」という名の勝利を収めている。
「ええ。これこそがリオン殿下の提唱された『基準』の力です」
ハンスが、主人の(本人はただ楽をしたかっただけの)偉業を称えるように恭しく一礼する。
「特別な技術がなくても、誰もが同じ品質のものを、これほど短期間で用意できる。殿下の『1リオン』という尺度は、まさに魔法のような仕組みですよ」
ハンスの言葉に、僕は鼻が高いというよりは、心の底から「僕が手を動かさずに、最高に質の良いものが揃って良かった」と安堵していた。
*
数日後。雲一つない秋晴れの下、王宮の中庭では「第一回フリスビー大会」が開催されていた。
「わぁ! お兄様、見てください! あっちでも、こっちでも、みんなとっても楽しそうですわ!」
リーゼが弾んだ声を上げ、中庭を指差す。そこにはリーゼが呼び集めた、使用人の子供たちが大勢集まっていた。
「みんなー! お兄様が考えてくれたこれ、とっても面白いんですのよ! さあ、一緒に投げ合いましょう!」
リーゼは自ら子供たちの輪に飛び込み、満面の笑みでフリスビーを配り歩いている。
子供たちは目を輝かせ、青空へ高く舞い上がる木の円盤を、歓声を上げて追いかけ始めた。
あの日、街で怖い思いをしたリーゼの影はどこにもない。
その笑顔を見ているだけで、僕が図面を引いた(といっても皿をなぞっただけだが)苦労は報われた気がした。
「本当に凄いわね、リオン! こんなにたくさんの人が、同じもので一緒に遊べるなんて。あなたの考えた通りになったわね!」
隣にいたシルヴィアが、手元の円盤をまじまじと見つめ、花が咲くような笑顔を見せた。
彼女自身が引いた「完璧な図面」が、僕の狙い通りに「誰でも作れて、誰でも遊べる」形になったことが、彼女にとっても純粋に嬉しかったのだろう。
「ふぅ……。やっぱり動くと結構暑くなるもんだね。ハンス、これ預かって」
僕は、あの忌々しい「秋服の要塞」から解放される時が来たと確信した。
マントを脱ぎ捨て、その下に着込んでいた厚手の上着を次々と脱ぎ捨てる。
運動によって内側から体温が上がり、ようやく僕は「着膨れの王子」から脱却して、身軽な格好になることができたんだ。
風が素肌に近い布を通る感触が、こんなに心地よいなんて。
「よし、僕もそろそろ本気を――」
僕は格好をつけて円盤を構え、力いっぱい腕を振った。
――ヒュ、ベチャッ。
円盤は物理法則を無視したかのように力なく失速し、ヘロヘロと回転しながら、わずか数メートル先に転がった。
「…………。まあ、道具が揃っても、投げる人の『腕』がそれなりだと宝の持ち腐れだよね」
情けない結果に、僕は平然とした顔で負け惜しみを言ってみた。
心の中では「あれ、おかしいな? 前世の記憶ではもっとカッコよく飛ぶはずなんだけど」と首を傾げていたけれど。
見かねたシルヴィアが、苦笑しながら僕の背後に回る。
「もう、口だけなんだから。貸して、教えてあげるわ」
言うが早いか、シルヴィアは僕の背中から包み込むようにして、僕の手をそっと取った。
「っ……え?」
驚く僕の耳元で、彼女の囁くような声が響く。
「肘をもっと、こう……。手首のスナップを意識して、水平に振り抜くのよ。いい、リオン?」
背中に感じる柔らかな体温と、ふわりと漂う彼女の香り。あまりの密着ぶりに、僕の顔は一気に火を吹いたように赤くなった。
「シ、シルヴィア、ちょっと当たってます……」
僕が蚊の鳴くような声で呟くと、教える側だったはずのシルヴィアも、ようやく自分の状況を理解したらしい。
「っ!? な、ななな……なによそれ! リオンが変な投げ方するからいけないんじゃない!」
彼女は一気に赤面し、まるで爆発したかのように僕から飛び退いた。
「も、もういいわ! とにかく、離れて投げ合いましょう! いいわね、リオン!」
照れ隠しをするように叫ぶと、彼女は逃げるように距離を取った。
僕もドキドキする心臓を落ち着かせるため、必死に深呼吸をする。
仕切り直して、僕たちは少し離れた位置から投げ合うことにしたのだけれど――。
「……シルヴィア。さっきから一回も僕のところに届いてないんだけど」
「う、うるさいわね! ちょっと、さっきの……手が滑っただけよ!」
シルヴィアは先ほどの密着の動揺を隠せないのか、肩に余計な力が入ってしまっている。彼女が投げる円盤は、あさっての方向へヘロヘロと飛んでいくばかりだ。
それを見た僕は、さっきの自分の下手さを棚に上げ、ケラケラと笑いながら言ってやったんだ。
「…………。まあ、道具が揃っても、投げる人の『腕』がそれなりだと宝の持ち腐れだよね。……シルヴィア、君も案外不器用なのかな? やっぱり、センスの欠片が――」
「………………うるさいわね」
シルヴィアが短く呟いた瞬間、空気が凍りついた。
彼女は手元にあったフリスビーを、親の仇でも見るような目つきで握りしめた。
そして、勢いをつけて信じられないような跳躍を見せる。ジャンピングスローだ。
ドシュッ!
凄まじい風切り音が鼓膜を打つ。
恥ずかしさを怒りで塗りつぶした彼女の右腕が、目にも留まらぬ速さで振り抜かれたんだ。
「げふっ!?」
光る円盤は、吸い込まれるように僕の顔面センターへ直撃した。
上着を脱いで身軽になっていた(=防御力が下がっていた)僕は、その衝撃で派手に後ろへひっくり返り、芝生の上で悶絶することになった。
「お兄様!? 大丈夫ですの!?」
「あ、あら……? ご、ごめんなさいリオン! あまりに真っ直ぐ飛ぶから、つい……!」
鼻を押さえながら、僕は芝生の上で問いかけた。
「シルヴィア、なんでこんな時だけ上手いの???」
慌てて駆け寄るリーゼと、さすがに心配そうな、でも少しバツが悪そうなシルヴィア。
その光景を、ハンスは満足げな様子で遠くから眺めていた。
「さすがシルヴィア様です。実に見事な腕前です」
鼻を押さえてうめく僕の姿なんてまるで見えていないかのように、ハンスは今日一番の「ニコニコ」とした笑みを浮かべていたのだった。
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