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第9話:断罪の定規

王都職人ギルド、ギルド長室 。

 そこは、この国のあらゆる「造形」を司る者たちの聖域であり、同時に利権と汚職がどろどろに渦巻く欲望の坩堝るつぼであった 。


 高い天井から吊るされた豪奢なシャンデリアが、磨き抜かれた黒檀の机を冷たく照らしている 。壁一面には、これまでにギルドが手がけた国家プロジェクトの図面や、歴代王家から賜った感謝状が仰々しく飾られていた 。それは、彼らが長年積み上げてきた「独占」という名の権威の象徴でもあった。


 ギルド長、バルトロ 。

 彼はそのあるじとして重厚な椅子に鎮座し、羽ペンを走らせていた 。部屋の扉が開き、王子の側近であるハンスが入室してもなお、彼は書類から目を上げようとはしなかった 。


「……ハンス様。見積書はご覧いただけましたかな」


バルトロは、書類を整理する手を止めず、低く重みのある声を投げた 。その声には、技術と利権を独占しているという絶対的な自負が、隠しようもなく滲んでいる 。


「王都であれを形にできるのは、当ギルドのみ 。替えのきかぬ仕事ゆえ、それ相応の対価をいただくのは当然のこと。……ご理解いただけたのであれば、どうぞこちらにご署名を」


こちらに、と出された契約書を突き出すバルトロは、暗に「王家であっても、我々のルールには逆らえない」と無言の圧力をかけていた 。


 だが、ハンスはいつものように完璧な事務員の微笑みを絶やすことなく、静かに、しかし断固として通告した 。


「いえ。本日は契約をしにきたのではなく、破棄を言い渡しにきたのです」


その短い返答に、バルトロのペンが、初めて止まった 。

 彼はゆっくりと眼鏡を押し上げ、哀れみすら含んだ冷笑をハンスに向ける 。


「……賢明なハンス様ともあろうお方が、冗談が過ぎますな。この王都において、我がギルドの承認なくして木を削る権利を持つ者はおりません。それを承知で、なおキャンセルを? 殿下の御意向にそぐわないとなると、困ったことになると心配してしまいますぞ」


嫌味の混じった「心配」を口にするバルトロに対し、ハンスは表情一つ変えない 。


「ええ。何の問題もありません」


「……本気ですか? なぜ、そのような暴挙を」


「それを、あなたが知る必要はございません」


ハンスの瞳は、口元こそニコニコとしているものの、そこには感情というものが一切存在していなかった 。

 その底知れぬ無関心さに、バルトロの眉がわずかにピクリと動く 。自分の持つ「独占」という価値を、王家の従者ごときが歯牙にもかけない 。その事実が、老練なギルド長の自尊心を激しく逆撫でした。


「……さて、ギルド長。本題に移りましょう。少々確認したいことがありまして」


ハンスは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、机の上に滑らせた 。

 それは、シルヴィアが描き直した、あの一点の歪みもない「完璧な真実の円」であった 。


「……それは、何ですかな」


「本日、リオン殿下が制定された『長さの基準(1リオン)』の公式図面です」


ハンスの視線が、バルトロの背後の棚へと向けられた 。そこにはギルドの権威を象徴するように、国庫へ納入予定の「金の延べ棒」が鎮座している 。


「私、ここへ伺う前に金貨を作る鋳造局へ立ち寄ってまいりましてね 。去年、貴方がたのギルドが納品した金の延べ棒について調べていたのです 。そして、実に興味深い一致を見つけました。……去年の延べ棒の横幅は、ちょうど『3つ並べれば1リオン』と等しくなるように設計されている」


「また延べ棒一つから作られる金貨の数も変えていないと確認が取れています」


「……何だと?」


「さて、これまでは『職人による微細な個体差』という便利な言葉で、不揃いな重さや寸法を誤魔化せていたのでしょうが。……今、この瞬間からは通用しません 。なぜなら、我が主が『絶対的な基準』を定められたのですから」


ハンスは、椅子から立ち上がろうとしたバルトロを制するように、その肩にそっと手を置いた 。細い指先から伝わる冷気が、バルトロの背筋を凍らせる 。


「測ってみましょうか。この『1リオン』を使って。……ああ、いかがしましたか、ギルド長」


「顔色が優れませんな。まさか、納品した金の寸法が、この図面と『合わない』などということはありませんよね?バルトロ殿」


バルトロの額から、嫌な脂汗が滲み出る 。

 ハンスは棚から延べ棒を掴み出すと、机に並べ、シルヴィアの描いた図面をその上に重ねた 。


「……おやおや。約0.1リオンほど、図面より長いようですが? 3つ並べてこの差ということは、一つにつきこれだけの金を『誰かがどこかへ隠している』ことになります」


ハンスの微笑みが、いっそう深まった 。それは慈愛ではなく、獲物の喉笛を裂く瞬間の、冷徹な獣の歓喜であった 。


「そ、それは……! たかが一王子の思いつきで作った紙切れで、職人の仕事を否定するつもりか!」


「『たかが一王子』などとは、不敬ですよ、バルトロ」


ハンスは静かに釘を刺した 。


「それに否定などしていませんよ。私はただ、数字の不一致を指摘しているだけです 。……最高度の調整を行うギルドが、不正のために使われる金を国に納めている…… 。そして、その差額分の金がどこへ消えたのか。誰の指示なのか。……これからいろいろ調べることが多くて、今このハンス、大変困っているのです」


 そのままゆっくりとバルトロの後ろに回り、ハンスは目を細めた。

 獲物を確実に仕留める時の笑みを浮かべ、バルトロの首を少し撫でて耳元で冷ややかに囁く 。


「横領、および王家への背信 。……法務官殿がいらっしゃっても、その羽ペンよりも軽い口で語ってくれると、私も大変助かるのですが……期待してますよ、バルトロ。


それでは、次に会うまでにその首が繋がってたらまた話しましょう」

読んでいただき、ありがとうございます。


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