第7話:聖母の涙と、合理的な脱法内職
「……っ、う、うわぁぁん! お兄様ぁ!」
バタン! と、執務室の扉が壊れそうな勢いで開いた。
そこに立っていたのは、いつも聖母のような微笑みを浮かべているはずのリーゼだった。
彼女は今、大粒の涙をボロボロと流し、しゃくりあげている。
「リーゼ!? どうしたんだい、そんなに泣いて!」
僕は、秋服を四枚も重ね着した「着膨れの要塞」から転がり出るようにして、ソファを飛び出した。
重い体を引きずって彼女の元へ駆け寄る。
「タルトを……買いに行こうとしたら……街で、怖い人たちが喧嘩をしていて……。『仕事がないのは王族のせいだ』って、私にまで石を投げるふりをして……怖くて、私……っ」
リーゼの震える声を聞いた瞬間、僕の中で何かが「パチン」と弾けた。
僕の大切な、世界一可愛い妹を怖がらせ、涙を流させた?
……許さない。相手が誰であろうと、これだけは絶対に許せない。
そこへ、ハンスとシルヴィアが足早に部屋に入ってきた。
ギルドから戻ったばかりの二人は、泣きじゃくるリーゼの姿を見て目を見開いている。
「リオン殿下、申し訳ございません。私がシルヴィア様の随伴でギルドへ向かっていたばかりに、持ち場を離れ、リーゼ様に怖い思いをさせてしまいました……」
ハンスが沈痛な面持ちで深く頭を下げた。
ハンスが不在の隙に、治安の悪化した街の空気がリーゼを襲ったのだ。
「……ハンス、君のせいじゃないよ。でもさ、なんで街にあんなに人があぶれて、殺気立っているのか知ってる?」
僕が努めて冷静に問いかけると、ハンスは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「……殿下はまだご存じなかったのですね。農村の食糧事情が改善したため、農村から大量の人手が王都に殺到しておりまして。。」
「王都の人口が増えた結果、失業者が急増しているのですが、彼らはギルドの利権というルールのせいで、勝手に商売も製造もできないのです」
ハンスはさらに、一枚の紙を僕に差し出した。
「さらに、追い打ちをかけるような報告が。シルヴィア様がギルドで二時間も待たされた挙句、提示された見積もりがこれです。――金貨五十枚。納期は三ヶ月後」
「はぁ!? 金貨五十枚に三ヶ月!? ただの木の板を二百枚削るだけで!?」
あまりのボッタクリ価格に、僕の口から素の叫びが出た。
すると、僕の後ろでシルヴィアが肩を落とし、消え入るような声で呟いた。
「……ごめんなさい、リオン。あなたが描いてくれた図面を、あいつら『図面の調整が必要だ』って馬鹿にして……。私のせいで、こんなことに……」
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で血が沸騰した。
シルヴィアを二時間も待たせてコケにした挙句、僕の図面(国宝なぞり)を馬鹿にし、さらに法外な値段をふっかけてくる組織。
そして何より、リーゼが泣く羽目になったことは絶対に許せない。
「……決めたよハンス。ギルドに頼むのはやめだ。代わりに、その街で喧嘩してる彼らに直接頼もう」
「……殿下。ギルドを通さずに彼らを雇えば、利権侵害で訴えられますが?」
ハンスの指摘に対し、僕は前世の事務員時代に培った「屁理屈」の引き出しを全開にした。
「いいや、これは『商売』じゃない。僕が個人的に、困っている彼らに家事の『お手伝い』を頼むだけだよ。僕の持ち物(木材)を使って、僕のために、僕の家の内職をしてもらう。自分の家の用事を手伝ってもらうのに、ギルドの許可なんていらないでしょ?」
これは「雇用」ではない。あくまで王族の個人的な「内職」だ。
腐った構造を壊すためなら、これくらいの屁理屈、いくらでもひねり出してやる。
「ハンス、今すぐ彼らを村に帰して。」
「僕が雇ったことにして、そこで円盤を削らせて。あ、僕の名前が入った『通行証』も適当に作って配っておいてよ。それを持ってればギルドも文句は言えない。……僕は、リーゼに温かいココアを淹れてくる」
僕は満足げにリーゼの手を取った。
すべては安眠のため、そしてリーゼの笑顔を取り戻すためだ。
だが、隣にいたハンスは、僕が口にした「個人的なお手伝い」という言葉の恐ろしさに戦慄していたようだった。
利権を盾に民を飢えさせていたギルドに対し、僕は「王家の内職」という法的な抜け穴を使って、物理的に仕事を奪い返そうとしているのだから。
「……承知いたしました、殿下。……最高に面白い盤面になりそうです」
ハンスは今日一番の、獲物を狙うような「ニコニコ」とした笑みを浮かべていた。
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