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第6話:不器用な願いと、シルヴィアの代行

「……はぁ。本当、リオンったら……」


 シルヴィアは、リオンから渡された羊皮紙を広げ、溜息をついた。そこには、国宝の皿を震える手でなぞった、ガタガタの円が描かれている。


(これを持ってギルドへ行くなんて、正直恥ずかしいけれど……。リーゼ様のためだもの、私がなんとかしなくっちゃ)


 シルヴィアは「カニの紋章」が刻まれた馬車に乗り込んだ。そのすぐ後ろには、リオンから「警護役」として命じられたハンスが、事務的な笑みを浮かべて音もなく付き従っている。


 王都の職人ギルドへと到着すると、ギルド長バルトロが揉み手をしながら彼女たちを広間へと案内した。


「急にきてごめんなさい、バルトロさん。……この図面と同じサイズの木の円盤を二百枚、お願いしたくて」


 バルトロは図面を一目見るなり、口角をわずかに引き攣らせた。

「……ほう。これ、は……。なかなか味のある図面ですな……。基準をどこに置くか、親方たちに『調整』させましょう」


***


 ギルド長バルトロをシルヴィアが話している最中、ハンスは気になるものを見つける。

 バルトロの背後にある棚には、国庫へ納入される予定の金の延べ棒が整然と並んでいる。


 シルヴィアの横で静かに控えていたハンスは、その金塊をニコニコと、実にかわいげのある笑みで眺めた。


(……わずかに大きいな。だが、この微細な差を客観的に証明する術が、今の私にはない。……今はまだ、泳がせておくしかないか)


 ハンスはその温和な笑みの裏で、バルトロの逃げ道を一つずつ塞ぐための「盤面」を組み立てていた。リオン殿下の側近として、数多の帳簿を管理してきたハンスの直感は、この金塊に潜む腐敗の臭いを逃さなかったのである。


***


 バルトロが奥の広間の扉を開けると、そこには絶望的に仲の悪い二十人の親方たちが集まっていた。

「リオン殿下からの依頼よ。細かいところは、皆さんで話し合って調整してもらえると嬉しいのだけれど」


 シルヴィアのその言葉を合図に、親方たちが一斉に怒鳴り合いを始めた。

「なんだこの汚い線は。この『内側』こそが真実だ!」

「バカを言え、この震えは『外側』を削れという合図だろうが!」


 ……それから、二時間。


 シルヴィアは、怒号が飛び交い、時折カンナや木片が宙を舞う凄まじい議論を、正面の席で見守り続けた。

 お茶はとっくに冷めきり、耳も痛くなってきたが、彼女は「これが、職人さんの魂のぶつかり合いなのね……!」と、頬を上気させて耐え忍んだ。


 ようやく静かになったかと思うと、バルトロが薄ら笑いを浮かべて戻ってきた。その手には、一枚の紙が握られている。


「シルヴィア様、長らくお待たせいたしました。親方たちの『高度な専門的議論』の末、ようやく結論が出ました。……こちらが見積書でございます」


 シルヴィアがその紙を覗き込むと、そこには驚愕の数字が並んでいた。


 数量:二百枚

 納期:三ヶ月後

 代金:金貨五十枚


「き、金貨五十枚!? ただの板切れを削るだけなのに!? それに納期が三ヶ月なんて……リーゼ様が待っていらっしゃるのに!」


 シルヴィアの悲痛な訴えに、バルトロはわざとらしく深く頭を下げた。だが、その声には隠しきれない傲慢さが滲んでいた。


「お言葉ですがシルヴィア様。これは『職人の伝統』と『最高度の調整』にかかる費用でございます。これでも王家を思えばこその特別価格……」


 バルトロは一度言葉を切ると、冷やかな目でシルヴィアを見据えた。


「ご理解いただきたいのですが……。この国における『木を削る利権』は、我がギルドが独占的に所有しております。他所に頼もうにも、ギルドの許可なくノミを振るえば、それは重大な密造……犯罪となりますからな。……お分かりいただけますな? シルヴィア様」


「そ、そんな……」


 シルヴィアは、見積書を握りしめ、震える足でギルドを後にした。

 一生懸命お願いしたのに。職人さんたちを信じたのに。


(それに……私の持ってきた図面が『ガタガタ』で分かりにくかったから、あんなに揉めさせてしまったのかしら……)


 彼女は、自分が持ち帰るこの「紙切れ」が、リオンをどれほど激怒させるか、そしてハンスに「反撃の武器」を与えるきっかけになることを、まだ知る由もなかった。

読んでいただき、ありがとうございます。


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