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第5話:国宝の皿、あるいは究極の型紙

「二百枚……二百枚なんて。でも、リーゼのためなら、お兄ちゃん頑張るんだぞい……!」


僕は中庭から這うようにして、ようやく執務室へと戻ってきた。

 焦りと絶望で呼吸が荒くなるたびに、着膨れした秋服が「シュコシュコ」と激しく摩擦音を立てる。


リーゼにあんなキラキラした瞳でお願いされたんだ。兄として、あの子の願いは絶対に叶えてあげたい。

 だが、自分の不器用さは僕自身が一番よく知っている。一個削るだけで指を切りそうになったのに、二百枚も手作業でやれば、完成する頃には春……いや、夏になっているかもしれない。


「……どうすればいいんだ。リーゼの期待を裏切りたくない。でも、僕の指先は呪われてるみたいに動かないんだ……!」


僕が頭を抱えて、室内をのそのそと歩き回っていると、背後から「ふふん」と鼻を鳴らす声が聞こえた。


「あら、そんなに困っているなら、私がいーことを教えてあげましょうか?」


振り返ると、そこには優雅に椅子に腰掛け、面白そうに僕を眺めているシルヴィアがいた。


「シルヴィア。何か名案があるの? もしあるなら、僕に名案を授けてください、お願いします……! 助けてぇ」


僕はプライドを即座に投げ捨て、シルヴィアの前で全力で頭を下げた。

 重なった服のせいで「シュコォッ」と圧縮された音が響く。


「……本当、こういう時だけは素直なんだから。いい? こういうのはね、得意な人に任せればいいのよ。職人ギルドに発注しなさいな。彼らなら二百枚くらい、道具を使ってあっという間に仕上げるわ」


「職人ギルド……! その手があったか! さすがシルヴィア、ありがとう!」


僕は思わずシルヴィアの手をとって、感謝の言葉を口にした。


「つめたっ」


あまりの冷たさに、シルヴィアは思わず手を離した。

 彼女は顔をしかめながらも、話を続けた。


「……ただし、どんなものが欲しいのか、だいたいでいいから見本を見せなさいな。職人に口頭で『丸い板』なんて言っても、人によって大きさがバラバラになっちゃうわよ」


彼女に促され、僕は震える手でペンを握った。

 だが、指先が冷え切っている上に不器用な僕が描くのは、円形というにはあまりに情けない「歪なジャガイモ」ばかりだった。


「……リオン。あなた、まさかこれが設計図だと言うつもり?」


「……だって、図面なんて引くのが面倒なんだ! 円なんて、何か丸いものをなぞればそれでいいじゃないか!」


僕の視線が、棚の奥に飾られた「ある物」に吸い寄せられた。

 白い地肌に青い塗料でアルカディア城が描かれた、直径三十センチほどの大皿。

 先代国王が献上されたという、由緒正しき国宝『蒼月の聖皿せいざら』だ。


「ハンス、そこのお皿、取って」


「御意」


ハンスから無造作にお皿を受け取ろうとする僕を、シルヴィアが引き攣った顔で止める。


「……リオン? それ国宝でしょ。どうするつもりなのよ」


「いいから、いいから。ちょっと形を借りるだけだって」


僕は聖皿を羊皮紙の上へ伏せて置いた。


「ちょっと、リオン!? まさか、それを型紙にするつもり!?」


「これだよ、これ。大きさもちょうどいいし、完璧な円だ。ほら」


僕は彼女の制止を無視し、皿の縁に沿って一気にペンを走らせた。

 国宝の厚みのおかげで、さっきよりは「まともな円」に見える図面ができあがった。


「見てよ、シルヴィア。これで大丈夫でしょ。この皿と同じ形の円盤を二百枚。……ねぇシルヴィア、これを持って職人ギルドにお願いしてきてもらえないかな?」


「なっ……! なんで私がそんな、パシリみたいなことを!」


「だって、僕は見ての通りの『秋服の要塞』で動くのも一苦労だし、何より外に出たら今度こそ氷の彫像になっちゃうよ。お願いします、女神シルヴィア様! 君の頼みなら、職人たちもきっとやる気を出してくれるはずだ!」


僕が必死に拝み倒すと、シルヴィアは深い深いため息を吐いた。


「……はぁ。本当に、私がいなきゃ何もできないんだから。わかったわよ、行ってきてあげるわ。その代わり、できあがったら真っ先に私に投げさせなさいよ!」


シルヴィアは図面をひったくるように受け取ると、バタンと大きな音を立てて執務室を出て行った。

読んでいただき、ありがとうございます。


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