第4話:聖母のおねだり、あるいは200枚のノルマ
「お兄様! 見てください、当たりましたわ! 当たりました!」
中庭に、リーゼの歓喜の声が響き渡った。
彼女が放った歪な円盤は、雪を被った地面を滑り、僕が立てたピックに見事「カツン」と音を立てて命中したんだ。
「おめでとうリーゼ。……でも、そんなに全力で投げなくていいんだよ? ピックが折れちゃいそうだ」
「お兄様、これ、とっても楽しいですわ! 狙ったところに当たる瞬間の……こう、スッキリする感じ! 冬の寒さなんて吹き飛んでしまいますわ!」
よし、これで当分は外遊びに付き合ってくれる。僕は安堵の息を吐いた。
……が、その視線の端で、何かが動いた。
柱の陰や庭木の向こうから、数人の子供たちがこちらをじっと見つめていたんだ。王宮で働く宮女や庭師の子供たちだろう。彼らは、王族である僕たちを邪魔しないよう、羨ましそうに指をくわえて眺めていた。
それに気づいたのは、リーゼの方が早かった。
「……あら? みんな、そこで何をしているの? 寒くないかしら」
リーゼがふわりと微笑み、手招きをする。
「お兄様、あの子たちも呼んで一緒にやりましょう! その方がきっと楽しいですわ!」
「えっ? いや、まあ僕はいいけど……」
僕が答える間もなく、どこからか「……やってみたい……!」という小さな囁き声が聞こえた。リーゼはさらに優しく微笑む。
「ええ、もちろんですわ! さあ、皆さんもこちらへ。まずはお姉様がお手本を見せてあげますわね。……ほらっ!」
リーゼが小さな手で円盤を放った。僕が作った歪な板は、ヒラヒラと頼りなく空を泳ぎ、右へ左へと不規則な軌道を描いた。だが、子供たちにとってはそれが魔法の道具に見えたらしい。
「わあぁぁっ!」
円盤が落ちる場所を目がけて、子供たちが一斉に群がる。
一番最初にそれを掴み取った少年が、顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ハイっ、リーゼ様! 捕まえました!」
「まあ、すごいですわ! ありがとうございます」
リーゼは円盤を受け取ると、少年の頭を優しく撫でた。
「じゃあ、次はあなたが投げてみる? 皆さんで順番こに投げましょうね」
こうして、中庭は一気に子供たちの歓声に包まれた。
代わる代わる円盤を投げては追いかけ、ピックの近くに落ちるたびに拍手が起こる。僕はそれを見て、「よし、これであの子たちが遊んでいる間、僕はゆっくり休めるぞ」とベンチで丸太のように固まっていた。
……だが。
ふと見ると、列の後ろの方で寂しそうにしている小さな女の子がいた。他にも、なかなか順番が回ってこなくて、遠くから指をくわえて見ている子がたくさんいる。
(……これ、一個しかないから効率が悪いな。待ってる間に子供たちの体が冷えちゃうじゃないか)
前世の事務員気質が、ついうっかり「改善案」を口にさせてしまった。
「ねえリーゼ。せっかく楽しいのに、あんなに並んで待たせるのは可哀想だね。……ちなみに、このお城には子供って何人くらいいるんだい?」
「ええと、たしか……二百人くらいはいらっしゃると聞きましたわ、お兄様」
「二百人か。……よし、わかった。みんなが自分専用の円盤を持って遊べるように、僕が全員分作ってあげよう!」
リーゼの目が、パァァッ、と今日一番の輝きを放った。
「まあ! お兄様、本当ですの!? お兄様の心のこもった手作りをみんなに……! なんて素敵なお考えですの!」
「ははは、任せておきなよ。可愛い妹の頼み……じゃない、僕の提案だからね!」
僕はドヤ顔で胸を張った。
……が、その直後。僕の脳内電卓が、恐ろしい計算結果を弾き出した。
(待てよ。一人一個ってことは……二百枚。僕が一個削るのに、かじかむ手で三十分かかったとして……合計百時間!?)
血の気が引いた。秋服を三枚重ねたマントの下で、嫌な汗が吹き出す。
「…………二百枚」
「うふふ、楽しみですわお兄様! あの子たち、きっと大喜びしますわね!」
リーゼが一切の曇りもない瞳で僕を見つめる。その隣で、シルヴィアが我慢しきれないといった様子で吹き出した。
「あはは! 自分から言っちゃうなんてバカじゃないの、リオン! その『シュコシュコ』鳴る秋服パワーで、死ぬ気で二百枚削りなさいよね。頑張ってね、お・に・い・さ・ま」
「シルヴィア、君は……! くっ、二百枚……」
不器用な僕が、一本のナイフで二百枚。
冬が終わる前に、僕の指が木くずになって消えてしまう。
(……どうする。この僕にそんな量を作れるわけがない。というか、今すぐ業者に発注したい!)
僕は必死に「自分の手を汚さずに二百枚揃える方法」を模索し始めた。
その答えは、僕が図面代わりに掴み取ることになる、ある「国宝」から始まることになるんだ。
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