第1話:公爵の算盤(そろばん)と、黄金の誘惑
赤々と燃える暖炉を背に、グレモリー公爵は手元の書類へ、力強く一本の横線を引いた。
それは、第1王子リオン・アルカディアが提出した、極めて正当な――そして今の彼にとっては生存に関わる――『新規冬服支給申請書』申請書であった。
「却下だ。……ふん、農業で煮え湯を飲まされたが、今度はそうはいかんぞ」
公爵は、使い古された算盤を無造作に弾く。パチパチという硬い音が、静かな室内で不気味に響いた。
前回の農業改革により、公爵は長年かけて構築した「農民からの搾取ルート」を一つ潰されていた。その補填先として彼が目をつけたのは、王国の富を物理的に鋳造する「職人ギルド」であった。
「閣下、職人ギルドの長がお見えです」
控えていた側近の言葉に、公爵は口角を歪めた。
招き入れられたギルド長のバルトロは、卑屈な笑みを浮かべて頭を下げた。
「……バルトロよ。例の『鋳造計画』の件、手筈は整っているな?」
「はっ、閣下。王立鋳造所に納める『金の延べ棒』の鋳型(型)でございますな。……しかし、これまでのものより一回り大きくするとなりますと、原材料の手配や検査の目が……」
不安げに目を泳がせるギルド長に対し、公爵はワイングラスを揺らしながら冷徹に笑った。
「案ずるな。現場のことはお前ら職人の専権事項ではなかったのか? 自分の匙加減でどうにでもなる、といつもお前が言っているではないか」
「そ、それは左様でございますが……」
「それに、検査をするのは我が財務局だというのを忘れていないか?」
公爵の冷え冷えとした視線に、バルトロはごくりと喉を鳴らした。
今の王国には、長さや重さの厳密な国家基準はない。職人の「匙加減」と、公爵が握る「検査」という二つの闇を重ねれば、数パーセントの黄金を中抜きすることなど容易い。
「……さすがは閣下。恐れ入りました。リオン殿下のような『釘一本の値段も、正確な寸法も知らぬ不器用な王子』であれば、尚更気づくことはありますまいで」
「左様。あの小僧には、せいぜい去年の服を継ぎ接ぎして着させておけばいい。これを見ろ」
公爵は、リオンの申請書――『新規冬服支給申請書』を指先で弾いた。
「マント一枚を除き、すべて不許可だ。冬服など、去年のものをサイズ直しすれば足りる。……いつ仕上がるかは、ギルドの気分次第だがな。小僧を寒さで無力化している間に、我らは黄金の山を築くのだ」
公爵は、リオンの申請書と添付書類の購入被服一覧に巨大な「不許可」の赤印を、宣告のように叩きつけた。リオンの不器用さを嘲笑いながら弾かれる算盤の音だけが、豪華な執務室に鳴り響いていた。
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