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第15話:教授回:500年後の歴史、あるいは深読みの迷宮

 ――あれから、500年の歳月が流れた。


 大陸最大のアルカディア学術都市にある、王国大学院歴史講義棟。

 高い天井まで届く書架と、歴史の重みを感じさせる静謐(せいひつ)な空間の中で、一人の歴史学の権威である老教授が、熱心にメモを取る学生たちを前に、興奮気味に教鞭を執っていた。


「諸君、静かに! 今日は前回に引き続き、歴史学、そして美術史における世紀の大発見の続きを講義する!」


 教授はもったいぶった仕草で投影機を作動させ、巨大なスクリーンの前に立った。


 そこに映し出されたのは、旧ゼノビア帝国王宮の隠し扉の奥底、厳重に管理された書庫の棚――通称『ルネサンス』とラベルされた一画から発見された無名の名画だ。


 教授は誇らしげに眼鏡の位置を直し、黒板に大きく『役割の対比』と書き込んだ。


「まずは全体を見たまえ。黄金色に輝く大地で、名もなき民衆が懸命に小麦を刈り取る様が描かれている。当時の農業改革がいかに凄まじい熱量を持って進められていたかが、筆致から伝わってくるだろう」


 教授は教鞭の先を、画面の左側へと滑らせる。


「そしてこの左手にいらっしゃるのが、若き日の聖母リーゼ様だ。彼女は民衆と共に泥にまみれ、最前線の畑の中に身を置くことで『労働の神聖さ』を象徴していらっしゃる。


 そしてその傍らに直立する男……彼こそが、聖母を支えた実務の鉄人ハンス殿だ。この無駄のない直立不動の姿勢、そして鋭い眼光を見たまえ。当時の過酷な食糧事情を、数字と冷徹な実務で覆した事務方の意地が凝縮されている。この二人は、まさに社会を力強く回す『動』の象徴といえよう」


 一息つくと、教授は教鞭を画面の右側……木陰のエリアへと移動させた。


「だが、この絵画の真の妙味は、左右で極端に分かれた『役割の対比』にある。この完璧なまでの構図こそが、当時の階級構造と、支配者のあり方を浮き彫りにしているのだ。


 左が『労働による献身』であるのに対し、右下に描かれた者たちはどうだ? 彼らは涼しげな木陰に身を置き、完全に静止している。そう、彼らは徹底して『休む者』――すなわち、現場を離れて全体を俯瞰し、支配する『静』の役割を担っているのだ!」


 教授の声は、もはや心酔しているかのように熱を帯びていく。


「諸君、考えてもみたまえ。この、魂が抜けたように寝転ぶ『愚帝リオン』。そして、その横で冷ややかな微笑を浮かべる『銀魔女シルヴィア』。

 彼らは、聖母リーゼ様と鉄人ハンス殿に表の政治や労働をすべて任せ、自らはあえて『無能な怠け者』という記号になることで、世界を油断させたのだ。これこそが、聖母と銀魔女、あるいは勤勉と怠惰という、正反対の『役割』を見事に使い分けた、ルネサンス様式における暗喩である!」


 講義室が教授の熱弁に静まり返る中、最前列に座る女子学生アリアが、居心地が悪そうにそっと手を挙げた。


「……あの、先生。質問です」


「なんだね、アリア君」


「……役割の対比っていうのは、学術的にはそうなるのかもしれませんけど……。」


「これ、どう見てもリオン、マジで農作業にバテてるだけじゃないですか? 半分口が開いてますし、魂が半分くらい外に漏れ出してますよ。

 銀魔女って言われてるシルヴィアも、陰謀を練ってるっていうより、『またこの人はすぐダウンして……』って呆れながら、おでこに冷たいハンカチを置いてあげてるだけにしか見えないんですけど……」


 講義室に、クスクスという小さな笑いがさざなみのように広がった。

 だが教授は、憐れみの混じった深いため息を吐きながら、大仰に首を左右に振った。


「はっはっは! アリア君、君は相変わらず『歴史の深淵』が読めないねぇ。この死んだ魚のような目を見たまえ! これこそがルネサンス様式の極致なのだよ。

『徹底して怠惰である』という記号を全身で体現し、あえて衆目に晒すことで、敵対勢力の警戒心を削ぎ落とす……。これほど完成された『怠惰』が、否定されるものではないであろう?」


 教授は「これだから素人は……」と鼻で笑い、満足げに講義を締めくくった。


 アリアは釈然としない思いで、手元の資料に映る、脱力しきったリオンの顔を見つめた。


(……絶対にお疲れなだけだって。だってこのリオン、目が本気で『もう一歩も動きたくない、お腹空いた』って言ってるもの……)

読んでいただき、ありがとうございます。


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