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第14話:勇者回:お祭りと休息と黄金のグラタン

 季節は冬へと足を進めていた。


 この時期、勇者の旅は過酷を極める。

 魔物の活性化もさることながら、何より旅人を苦しめるのは「食糧難」だ。

 

 例年であれば、この時期の村々は静まり返っている。家畜を間引き、乏しい蓄えを削りながら、石のようなパンと具のないスープで春を待つ。それが、この大陸の冬の当たり前の光景だった。


 だが、アルカディア王国の街道を進んでいた勇者カイルは、ある村に足を踏み入れた瞬間、自分の感覚を疑った。


(……なんだ、この活気は?)


 どこからか楽しげな笛の音と、陽気な歌声が聞こえてくる。

 村の広場へ向かうにつれ、冷たい冬の空気はどこかへ消え、代わりに抗いがたいほど香ばしい「肉の焼ける匂い」が漂ってきた。


 広場では、『ブドウ祭り』という収穫祭が行われていた。焚き火を囲んで人々が踊り、酒樽が並び、まるで作物があふれんばかりにあるような熱気に包まれている。


「おい、旅人さん! 突っ立ってないで食べていきな!」


 威勢のいい声に呼ばれ、カイルは吸い寄せられるように屋台の前に立った。

 差し出されたのは、木皿に盛られた熱々の料理だ。

 

 こんがりと黄金色に焼けた表面。その下には、ホクホクとしたジャガイモのピューレと、旨味たっぷりの牛挽肉が二層になって詰まっている。


「これは……肉ですか?」


「そうだよ! たっぷりの挽肉とイモの重ね焼きさ。ハフハフ言いながら食いな!」


 カイルは木のスプーンで、その黄金の層を深く掬い、口に運んだ。


「…………っ!?」


 とろけるようなイモの甘み。そして、噛みしめるたびに溢れ出す肉汁の暴力的なまでの旨味。

 

 美味い。これまで食べてきたどんな贅沢な料理よりも、凍えた体にこの熱々の一皿が染み渡っていく。


 カイルが驚きと感動で震えていると、隣で串焼きを頬張っていたおばちゃんが、親しげに笑いかけてきた。


「ほら、若いお兄さん。あっちを見てごらんよ。賑やかだろう?」


 おばちゃんが指差した先では、若い女性たちが大きな木桶の中に入り、リズムに合わせて足踏みをしていた。


「あの方たちは、何をされているんですか?」


「ああ、あれかい? あそこでブドウを足で踏み潰して、果汁を絞っているのさ。そうやって美味しい葡萄酒ワインを作るんだよ。昔から伝わる、この村の大事な仕事さね」


「なるほど、ワインを……。重労働なんですね」


「そうさ。見た目よりずっと大変なんだよ。ほら、あんたも若いんだから、そんなに私みたいなオバサンばっかり見てないで、あっちの若いおねーちゃんたちを見てきなよ!」


 おばちゃんがガハハと笑いながら肩を叩いてくる。カイルは少し照れながらも、真っ直ぐにおばちゃんを見返して言った。


「いえ……。お姉さんも十分お綺麗ですよ」


 カイルに他意はなかった。村を活気立たせている、その明るい笑顔が本当に素敵だと思ったのだ。

 だが、言われたおばちゃんは一瞬呆気に取られ、次の瞬間には顔を赤くして騒ぎ出した。


「やだねぇ、あんた! こんなおばちゃん捕まえてそんなこと……! ちょっとあんた、聞きなさいよ! 私、このおにーちゃんにナンパされちゃったわよ! あははは!」


 おばちゃんが近くで樽を運んでいた夫らしき大男を呼ぶ。


「何だとー! 俺の自慢の女房を口説くなんて、いい度胸じゃねぇか! あははは!」

「お兄ちゃん、あっちの葡萄酒作り見に行くのか?なんなら俺も一緒に行ってやろうか?」


「あんたは、ここで私と仕事だよ。」


 男も怒るどころか愉快そうに笑い、女も気持ち良い会話をしてカイルの背中を叩く。

 近くではこの夫婦の子供であろう兄妹が自分と同じ挽肉とイモの重ね焼きを食べている。


 村人たちの温かな笑い声が広場に響き、カイルの心までポカポカと温かくなっていった。


 あまりの居心地の良さと料理の美味しさに、どうしても名前を知りたくなったカイルは、ちょうど桶から上がって、ふらふらと休憩所へ向かおうとしていたお姉さんに歩み寄った。


「すみません! この素晴らしい料理……なんていう名前なんですか?」


 すると、一日中ブドウを踏み続けて疲れ果てていたお姉さんは、額の汗を拭い、自分のパンパンに張ったふくらはぎを必死にさすりながら、力なく吐き捨てるように言った。


「ああ……? もう、足、ぱんぱんで、いてェーっつーんだよ……」


「?アシパンパンテェー?………………アッシ・パルマンティエ?」


 カイルは、その言葉を歴史ある高貴な料理名だと完全に勘違いし、深く頷いた。


(アッシ・パルマンティエ……。なんと響きの良い、慈愛に満ちた名だろうか)


 さらにカイルは、村の子供たちが肉にかぶりつく姿や、丸々と太った牛たちが冬の寒さを平然とやり過ごしている様子を目にした。


(一体、誰がこれほどの奇跡を起こしたのだろう。この国には、民の腹を満たすために知恵を絞った、名もなき聖者がいるに違いない……)


 カイルは、最後に残ったジャガイモの一欠片まで大切に平らげると、空を見上げた。

 不思議なほどに体が軽い。完全栄養食であるジャガイモと、良質な肉のエネルギーにより、勇者のコンディションはかつてないほど万全になっていた。


「……ごちそうさまでした。おかげで、また歩き出せそうです」


 カイルは満足感たっぷりに口元を拭い、希望の火を瞳に灯して、再び冬の街道へと歩み出した。


 この村に、そしてこの大陸に、冬を克服する希望をもたらした「誰か」へ、心からの感謝を捧げながら。

読んでいただき、ありがとうございます。


「アッシ・パルマンティエ」は実際にあるフランスの料理だそうで、中世のジャガイモ料理を探していたら、何やら美味しそうなものを見つけてムリクリ採用しました。

フランスにジャガイモを食物として普及させることに貢献したパルマンティエ氏にちなんで名前がつけられたそうです。


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