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第12話:事後報告と国王の抱擁

 その日の午後。

 僕の執務室に、一人の近衛騎士が無表情で現れた。


「リオン・アルカディア殿下。国王陛下がお呼びです。至急、謁見の間へ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の背中に冷たい汗が流れた。


(……何が、バレたんだ??)


 ……?

 僕、何かしたっけ。ここ数日はハンコを彫るか、リーゼと芋を食べていた記憶しかない。


(……あ。……もしかして、食べ物であるジャガイモを削って、ハンコにして遊んでいたこと……?)


 別に悪いことをしているつもりはなかったけれど、王族が食べ物を工作の材料にしているのが、ジャガイモさんの怒りに触れたのかもしれない。

 だとしたら、ジャガイモさんごめんなさい……! 僕は本当はジャガイモさんのこと大好きなんです。


「リオン、どうしたの? 顔色が真っ青よ」

「シルヴィア……。リーゼのことを頼むよ。……あ、あとでハンスに僕の『カニハンコ・コレクション』を処分するように言っておいて……」

「ちょっと、本当に遺言みたいなこと言わないでよ!」


 シルヴィアが呆れたように僕の肩を叩くけれど、僕の震えは止まらない。


「お兄様、大丈夫ですか? リーゼがついてます! お父様に怒られそうになったら、リーゼが代わりに『めっ!』ってしてあげますから!」


 リーゼが小さな拳を握って僕の前に立つ。天使か。


「ありがとうリーゼ……。でも、もしもの時は、遊び終わったイモハンを集めて、ジャガイモ塚を作って供養してあげて……」

「……本気で言ってるの? もういいわ、さっさと行くわよ!」


 僕はシルヴィアに背中を押され、震える足取りで謁見の間へと向かった。



 重厚な扉が開くと、そこには玉座に座る父上――アルカディア国王と、その傍らで「待ってました」と言わんばかりに薄汚い笑みを浮かべるグレモリー公爵が立っていた。


 公爵は、手元の分厚い報告書を捲りながら、僕をあざ笑うように言う。


「おやおや、リオン殿下。ヴィラール村で泥遊びに興じておられたとか。……ですが、少しそのことで私に財務局からも苦情が上がっておりましてなぁ。……陛下、いかがなさいましょうか」


 公爵の視線が痛い。やっぱり告げ口されたんだ。僕がジャガイモを削っていたことを!

 父上は玉座にどっしりと腰を下ろし、僕をじっと見つめた。


「リオンよ。最近、城内の女中の子らが持っているジャガイモのハンコ……。……『イモハンコ』とやらか。お前が作っているらしいな」


 来た。

 僕は観念して、床に膝をついた。


「父上……。申し訳ありませんでした。確かに僕は、ジャガイモを削って、カニの形にして、ペタペタと……。……まさか、それが不敬にあたるとは思わず……」


「お父様、待ってください!」


 僕が謝罪を口にするのと同時に、リーゼが僕の前に飛び出した。


「そのハンコは、リーゼが『お兄様と同じハンコが欲しい』っておねだりしたからなんです! お兄様はリーゼのために一生懸命作ってくれたんです! だから、お兄様をいじめちゃダメです!」


 リーゼが必死に父上に訴える。その背中が、今の僕には聖騎士よりも頼もしく見える。


「……リオンよ」


 父上の低く重厚な声が響く。

 僕は思わず目を閉じた。さあ、来るぞ。「食べ物を粗末にするな!」という雷が!


「……よくやった!! お前は我が一族の誇りだ!!」


「……父上ごめんなさい…………え?」


 ガバッ、という衝撃と共に、僕は父上に力いっぱい抱きしめられた。

 髭がジョリジョリ痛い。というか、え、今なんて?


「ハンスから報告を聞いたぞ! お前が考案したという『ノーフォーク農法』……! ジャガイモとクローバーを組み合わせることで、冬場の飼料不足を完全に解消し、畜産業に劇的な革命をもたらしたそうではないか!」


「……はぁ、のーふぉーく?」


「聞いたぞシルヴィア嬢。ヴィラールの村では自ら鍬を振るっていたそうだな。助かったぞ。ヴィラールの村長からも礼の手紙が届いておる」


 父上に水を向けられ、シルヴィアが姿勢を正して一歩前に出た。


「もったいないお言葉です、陛下。私はただ、リオンの……その、理論(?)に従って、少しばかりお手伝いをしたまでです。……もっとも、提唱者であるリオンは、三歩歩いただけで『腰が痛い』と木陰でダウンしていましたが」


 おい、余計な情報を付け足すなよシルヴィア。

 でも父上は「はっはっは、それもリオンらしい!」と上機嫌だ。


「冬の食料事情については王国全土における喫緊の課題であったのだ。それが、お前のこの農法で解消される見込みがたちそうだと聞いておる。はっはっは」


「そう謙遜するな、リオンよ! ヴィラールの村ではすでに、冬を越せる家畜の数が三割も増えたという! これにより、王都への肉と卵の供給は安定し、価格も適正化される。……まさに、救国の知恵だ!」


 父上は僕を解放すると、呆然と立ち尽くすグレモリー公爵に向かって、勝利を宣言するように言った。


「グレモリー公爵! リオンは、貴殿が条件として出した『肉の増産』を、誰も思いつかぬ手法で見事に成し遂げた。……もはや、彼の申請を却下する理由はなかろう?」


「な……な、な……っ!?」


 公爵は金魚のように口をパクパクさせ、手元の「支給保留」の書類を震わせた。

 畜産を攻めればリオンは詰む……そう信じていた彼の目論見は、リオンの「フォークいらず(No Fork)」という怠惰な一言から生まれた新農法によって、木っ端微塵に粉砕されたのだ。


「さあ、公爵。今すぐリオンの申請書をよこすのだ。国王自ら承認してやる」

「……ぐ、ぐぬぬ……。……御意、陛下……」


 公爵は、親の仇でも見るような目で僕を睨みつけながら、震える手で父上に書類を渡した。

 父上はサラサラとその書類にサインをしている。


「ほれ、リオン受け取るが良い。これで誰も文句は言うまい」


 渡された書類をよく見ると、サインの他に、力強い筆致で追記があった。


 『よくやったリオン。120%UPしておくね』


(……やった! お小遣いが、僕の昼食代が戻ってきた!!)


 僕は心の中でガッツポーズをした。

 隣でリーゼが「やったぁ! お兄様、すごいです!」と僕の手を握って跳ね回り、シルヴィアも呆れ顔ながら、どこか満足そうに微笑んでいる。


「ハンコ遊びを怒られるどころか、救国の英雄なんて……。リオン、貴方って本当に、何て言えばいいのかしらね」


「さすがはリオン様。殿下にとって、国家の食糧問題など、ジャガイモを削るよりも容易い遊びに過ぎなかったということですね」


 後ろでハンスが、眼鏡をキラーンと光らせて、もっともらしい「嘘」を付け加える。

 

 こうして僕は、一度も「真面目に農業に取り組む」ことなく、ただ「楽をしたい」という一念だけで、公爵の嫌がらせを退けることに成功したのである。

読んでいただき、ありがとうございます。


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