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第8話:皇女の開墾、善意の循環

 還付金という名の「奇跡」に沸き立つヴィラールの村。

 金貨を手にした村人たちは、重い荷物を下ろしたかのように晴れやかな顔で笑い合っていた。


 そんな中、村長のブラムが、今度は深い尊敬の念を込めてシルヴィアの前に進み出た。


「シルヴィア様……本当に、何とお礼を申し上げればよいか。……もしよろしければ、あの荒れ地ではなく、村の南側にある一番肥えた畑を使ってください。あそこをリオン様とシルヴィア様のために空けましょう。村を挙げて協力いたします!」


 だが、シルヴィアはその申し出を、迷うことなく首を振って断った。


「ううん、それはダメよ、ブラムさん。その肥えた土地は今まで通り、村の大切な家畜たちのために使って。……私、このままこの荒れ地を耕し続けるわ」


「えっ? ですが、そこを耕すのは並大抵のことでは……」


 シルヴィアは泥のついたくわを握り直し、キラキラとした紫の瞳で開墾中の大地を見つめた。


「いいの。今この荒れ地を私が耕して、使える土地にすれば、来年は村の畑が一つ増えることになるでしょ? そうすれば、来年はもっとたくさんの作物が育てられて、みんなの生活がもっともっと楽になるはずだわ! だから私、ここを『最高の畑』にしてみせる!」


「シルヴィア様……」


 自分のための利便性ではなく、村の未来を一番に考える。その高潔な精神に、ブラムや周囲の農民たちは言葉を失い、目頭を熱くした。



 それからのシルヴィアは、まさに「嵐」のようだった。

 彼女は自分の開墾だけでなく、村人たちの畑にも積極的に顔を出した。


「マルタさん、その苗の植え方、とっても丁寧ね! ……わあ、これってどうやるの? 私、こういう伝統的なやり方にすごく興味があるわ。私にも教えて!」


 乳飲み子をあやしながら畑仕事をするマルタの隣で、シルヴィアは楽しそうに泥をいじり始めた。


「えっ、殿下がこのような泥遊びのようなことを……」


「遊びじゃないわよ、お勉強よ! ここの土にはここのやり方があるはずだもの。ほら、貸して。こうかしら? よいしょ、よいしょ……!」


 皇女が自分たちの隣で、鼻の頭に泥をつけながら楽しそうに笑っている。その光景に、村人たちの心からは「遠い世界の皇女様」という壁が完全に消え去っていた。


「殿下、腰が高いですよ! もっとぐっと落として!」


「もう、ブラムさん厳しいわね! こう? こうかしら! えいっっ!」


 勢いよく鍬を振り下ろしたシルヴィアだったが、勢い余って足がもつれ、そのまま「どすんっ!」と見事な尻餅をついてしまった。


「……あいたた。……ちょっと、みんな笑いすぎよ!」


 泥だらけのまま頬を膨らませるシルヴィアに、村中から温かな笑い声が溢れる。

 そんな賑やかな空気の中、マルタが湯気の立つ大きな土鍋を抱えてやってきた。


「シルヴィア殿下、そろそろお昼にしましょう。村のあり合わせで作った不恰好な料理ですが……」


「わあ、いい匂い! これ、なあに?」


 差し出された皿には、薄切りにしたジャガイモと、細かく刻んだ牛肉を幾層にも重ね、ミルクとチーズのような発酵食品をかけてこんがりと焼き上げた料理が盛られていた。


 シルヴィアが木のスプーンで一口運ぶ。


「……っ! おいしい……! ジャガイモがホクホクしてて、お肉の旨みがじゅわって広がって……。これ、なんていう料理なの?」


「名前なんてありませんよ。この村で昔から食べられている、ただの『重ね焼き』です」


「そうなんだ……。でも、これ本当に美味しいわ! なんだか力が湧いてくる!」


 シルヴィアが美味しそうに頬張る姿を見て、仕事の手を止めた男たちが、自分の鍬を担いでシルヴィアの開墾地へと集まってきた。


「殿下、俺たちも手伝いますよ。殿下と一緒に『最高の畑』を作るのも悪くないかと思いましてね。」

「あと何より自分たちのことを全部殿下にお任せ、というのも格好がつかねぇもんで」


 シルヴィアはハタと気がつき

「あー、奥さんに言われたんでしょ。ふふっ。私分かっちゃったんだから」


「あはは。早速ばれちまいやしたか。シルヴィア様にはかなわねーや」


 笑いに包まれ、一人、また一人と、シルヴィアの周りに農民たちの輪が広がっていく。

 シルヴィアが差し出した小さな善意が、村全体の大きな力へと変わっていく。彼らはもう、強制された労働ではなく、シルヴィアと共に未来を作るために汗を流していた。



 一方、その頃。

 アルカディア王宮の執務室では。


「……うぅ。お腹と背中がくっつきそうだよ……」


 僕は机に突っ伏して、力なく呻いていた。

 深刻な「ジャガイモ不足」に加え、数日間シルヴィアの小言を聞いていない寂しさが、僕の体力をギリギリまで削っていた。


「……ハンス。……ハンスぅぅぅ?」


「はいはい、お呼びですか、殿下。……まだお腹空いてるんですか?」


 戻ってきたハンスに、僕はぼんやりとした頭で問いかけた。


「……シルヴィア、どこ行ったの? 最近見ない気がするんだけど。なんで帰ってこないの? もしかして、道中で野生のカニに襲われたのかな……。なんならそのカニをお土産に持ってきてくれないかなぁ。知ってるハンス? カニって美味しいんだよぉ」


「……殿下、この国の街道に野生のカニはそうそういません。ですが、確かに帰りが遅いですね。……少し、様子を探らせてみましょうか」


 ハンスの提案に、僕は机からガタッと身を起こした。


「いや……僕が行くよ。なんだか、すごく心配になってきた。……カニに襲われてたら助けないといけないし、もし芋が重くて動けないなら僕が持ってあげなきゃだし。あ、何か美味しいものを食べてたらずるいじゃないか」


「……殿下、、、本音は後者ですね?」


「ハンス、準備して。シルヴィアが向かったはずの村へ行くよ」


 僕は、空腹と心配が入り混じった複雑な衝動に突き動かされ、数日ぶりに執務室を飛び出した。

 まさかシルヴィアが、今まさに泥だらけで村人たちと「重ね焼き」を頬張りながら、聖女のように崇められていることなど、一ミリも想像だにせずに。


「……シルヴィア、今行くからね。」


 僕はただ、彼女の安否を求めて、ヴィラールの村へと馬を走らせるのだった。

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