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第7話:名もなき恩恵、村の安堵

 ヴィラールの村に、朝から緊張が走った。

 村の入り口から、土煙を上げて数騎の馬と、王国財務局の紋章が入った立派な馬車が近づいてきたからだ 。


「……っ、財務局の役人か!? みんな、早くこっちへ来い! 地面に額をこすりつけて、粗相そそうのないようにするんだ!」


村長ブラムの悲鳴に近い号令に、農民たちは顔を真っ青にして集まってきた 。不作が続く中、役人がやってくるのは「さらなる搾取」の合図と相場が決まっている 。


 馬車が止まり、中から恰幅かっぷくのいい男、ガストンが降りてきた 。彼は降りるなり、絹のハンカチで鼻を覆い、隠そうともしない嫌悪感を露わにする 。その傍らで、赤ん坊のアニタを抱いたマルタが、恐怖で足がすくみ、平伏するのが一瞬遅れてしまった 。


「……お、お許しを……っ」


「我々はお前たちに通達があって財務局から来たのだ。手間を取らせるな。どけっ!」


ガストンの付き人の一人が、苛立ちまぎれにマルタの肩を激しく突き飛ばした 。マルタは短い悲鳴を上げ、赤ん坊をかばいながら泥だらけの地面に転倒する 。幸いアニタに怪我はなかったが、火がついたような泣き声が静かな村に響き渡った 。


 突き飛ばした役人は、汚れを払うように自分の袖を叩き、地面に這いつくばるマルタをゴミを見るような目で見下ろした 。村人たちは憤りに肩を震わせたが、権力の前には声を出すことさえできない 。


「これは、これは……ガストン様。遠路はるばる、このような見窄みすぼらしい村へ……。何か粗相そそうがございましたでしょうか……!」


ブラムが震える手で土を掴みながら、必死にびを売る 。

 恰幅のいい男――ブラムにガストンと呼ばれたその男は、ブラムの言葉を無視して、正面から土まみれのくわを担いで近づいてくる「身なりの汚い少女」に目を留めた 。


 男の隣に控えていた役人が不快そうに眉をひそめ、いつものように無知な農民を黙らせるための、傲慢な一喝を放った 。


「おい、そこの小娘! ガストン様の前だぞ、控えろ! 邪魔だ、どけ!」


周囲の農民たちがヒッと息を呑む 。だが、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲の空気が凍りついた 。



***


 そうだった。農民たちは忘れていた 。


 シルヴィアは人当たりのいい接し方で語りかけてくれていたが、この方は、そこの役人よりもはるか雲の上の人なのだ 。彼女の機嫌一つで役人の首など如何とでもなるぐらいには 。


***



「どけだと?」


シルヴィアのアメジストのように透き通った紫の瞳に、冷徹で鋭い光が宿る 。


「ブラムさん、あいつらいつもあんな感じなの?」


「は、はぁ……。その通りでございます」


その言葉を聞いた瞬間、彼女は鋭い視線でどけと言った男を射抜くと、凛とした声を響かせた 。


「私に挨拶もなく随分なご登場じゃない。……責任者は誰? 責任者は前へ出なさい。ゼノビア帝国皇女、アルカディア王国第一王位継承者リオンの婚約者であるシルヴィア・ヴァレリアスが用件を聞くわ。まずは名乗り出なさい」


その圧倒的な威厳に、男をはじめとする文官たちは、蛇に睨まれたかえるのように硬直した 。泥だらけの服、手には鍬。だが、その背負っている空気オーラと、美しくも恐ろしい紫の瞳は、間違いなく一国の主権者たる王族のそれだった 。


「は、ははっ! これは失礼いたしました、シルヴィア皇女殿下!」 「決して無礼を働くつもりでは……!」


「誰が言い訳を言っていいと許可した?」


さらに平伏する役人たち 。


「勝手な発言を許した記憶はないのだけれど。それとも私の記憶違いだったかしら? ……で、あなたは誰?」


シルヴィアの痛烈で冷徹な一喝に、男は額を地面に擦り付けながら、震える声で答えた 。


「い、いえそのようなことは……! 重ね重ね、申し訳ございません! 私、財務局ヴィラール地区担当課長のガストンと申します……!」


「財務局? ふーん。それで、ガストン。こんな朝っぱらから村の人たちを怖がらせて、一体何の用かしら? まさか、これ以上税を絞り取ろうなんて言うんじゃないでしょうね?」


「まあいいわ、発言を許すから用件を言いなさい」


シルヴィアが鍬を杖代わりに、紫の瞳でガストンを圧する 。村人たちは、自分たちをかばってくれる彼女の背中を、固唾かたずを飲んで見守っていた 。


 ところが、ガストンが震える手で取り出したのは、差し押さえの令状ではなく、王家の正式な朱印が押された書類だった 。


「い、いえ! 実は……事務手続き上の修正がございまして、私たちがお伝えに参りました次第です。シルヴィア皇女殿下がいらっしゃるとは露知らず、大変な失礼をいたしました……!」


シルヴィアは緊張の糸を緩めない 。こういう時は大抵、搾り取るために役人が直接やってくるのだ 。


「私がここにいるから何? 私がなぜお前如きに知らせないといけないの?」 「それに私は用件を言えと言ったのよ。聞こえなかったの、ガストン?」


ガストンは額の汗を拭いながら、最新の「通達」を読み上げた 。


「はい、申し上げます。……過去数年間の徴税記録を再調査いたしました。その結果、ヴィラール村の徴税に関して適切な数値への『更新』を行うことが、財務局にて決定いたしまして……」


「それで?」


「それにより、二年前からの冷害被害における減免措置による還付。これが徴収額におきましては、二年前が徴収額の一割。そして一年前が一・五割でございます。また、今までは助成金支給の要件を一部満たしていないと判断されていた項目についても、再認可が下りました」


「要は?」


「は……はい。財務局といたしましては税金の還付、および助成金の交付をする、との通達に参った次第です」


シルヴィアはポカンと口を開けてしまった 。ブラムや農民たちも、ポカンと口を開けて固まった 。


「つきましては、この場で、過分にお預かりしていた税金の『払い戻し』、および未払い分の助成金を本日、金貨にて交付いたします。……皇女殿下?」


ガストンが差し出したずっしりと重い金貨の袋を見て、村に爆発的な歓声が上がった 。


「……お、おい、本当に金だ! 奪われるんじゃなくて、返ってくるのか!?」 「助かった……! これで、来年の種芋が買えるぞ!」


先ほど突き飛ばされたマルタが、赤ん坊を抱きしめたまま、シルヴィアの元に駆け寄った 。


「シルヴィア様……っ! ありがとうございます、ありがとうございます……! これで、アニタに……この子に、ひもじい思いをさせなくて済みます。ああ、本当に……!」


マルタはボロボロと大粒の涙を流したが、シルヴィア本人は、感謝されればされるほど、困惑して眉を寄せた 。


「……え、ええ。良かったわね、マルタ。 でも、私にお礼を言われても困るわ。私は何もしていないもの。どうしてかしら、あんなに頑なな財務局が、急に……」


シルヴィアは本気で首を傾げた 。王宮へ文句の手紙を書こうと思っていた矢先の出来事だ 。まだペンすら持っていない 。


「いいえ! シルヴィア様がこの村に来てくださったからです! 貴女様が『幸運』を連れてきてくれたんだ!」


村長ブラムが興奮気味に叫ぶと、村人たちも「そうだ!」「姫様が来てから良いことばかりだ!」と、勝手な解釈で盛り上がり始めた 。


「だから、私は何もしてないわ……。でも、お金が返ってきたんだから、なんでもいいわ。とにかく、今夜は美味しいものでも食べましょう!」


シルヴィアは半ば呆れつつも、村人たちが手を取り合って喜ぶ姿を見て、わずかに口元を緩めた 。


「理由はわからないけれど、この村には幸運の神様がいるのかしら。……ふふっ。それとも、私のガッツが奇跡を起こしたのかしらね! なんちゃって」

「……さあ、ブラムさん、マルタさん! これで心配事はなくなったわね! お腹もいっぱいになれるし、牛さんのご飯も買えるわよ!」


シルヴィアの明るい声に、金貨を握りしめた農民たちが、涙を流しながら笑顔で応える 。絶望に沈んでいたヴィラールの村に、金貨の輝き以上の「希望」が満ち溢れていった 。


「よし! お金があるなら、次は最高の土壌作りね! 俄然やる気が出てきたわ! やってやるんだからー!」


「げほっげほっ」


下の方から咳き込む声が聞こえた 。


 シルヴィアはそこで気がついた。忘れていたが、ガストンが平伏したままそこにいたことを 。

読んでいただき、ありがとうございます。


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