表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/51

幕間:旭日(きょくじつ)

 それは、リオン王子が、農業改革という「奇跡」を成し遂げたという報せがグレモリーの耳にも届いた時とほぼ同時であった。


 その日の朝、グレモリー公爵の執務室の扉に、控えめなノックが響いた。


「グレモリー公爵! よかったいらっしゃって!」


飛び込んできたのは、太陽のように弾む声。リーゼだった。


「……リーゼ様。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。カスピからのご無事の帰還、何よりに存じます」


 グレモリーは立ち上がり、完璧な礼を執る。

 その顔には、いつもの穏やかで非の打ち所がない「忠臣」の笑みが貼り付いていた。


「いいえ、公爵様!わたくし昨日戻ってきたばかりですよ。ふふっ


それよりも聞いてください公爵様!お兄様は、村にシロツメクサをたくさん咲かせてくださったのですわ。 村の人も、みんな幸せそうでした!」


 リーゼは、大切そうに抱えていた包みを机の上に広げた。

 そこにあったのは、少し萎れかけてはいるが、白く輝くシロツメクサで編まれた花冠だった。


「これ、お土産です! お公爵様にも、このお裾分けを届けたくて」


「……これは」


「昔……わたくしがまだ小さかった頃。エレーナお姉様から教えてもらって作ったことを覚えていますか? その時に公爵様に褒めていただいたので、お姉様に届けたくて……」


リーゼは無邪気に、懐かしむように目を細める。


「それで、お兄様が咲かせたこのお花を見ていたら、どうしても、もう一度作りたくなってしまったのですわ」


グレモリーの視界が、一瞬、白く弾けた。


 眩しすぎる。

 窓から差し込む朝日の光を反射するシロツメクサが、彼女の無邪気な笑顔が。

 今の彼にとっては、どんな刃よりも深く心を切り刻む。


「……ありがとうございます。リーゼ様。実に見事な出来栄えですな。……エレーナも、喜ぶと思います」


 声が、わずかに震えた。

 それを「感激」と受け取ったのか、リーゼは満足げに笑い、「では、お兄様のところへ戻りますわ!」と風のように去っていった。



***


 静寂が戻った執務室。

 グレモリーは、机の上に置かれた花冠をじっと見つめた。


――気持ちが悪い。


 グレモリーは震える手で花冠を掴みあげた。

 握りつぶそうと力がこもる。だが――、


(……お父様、見てくださいませ! リーゼ様が、わたくしに……!)


 脳裏に響く、あの日の娘の声。

 十年前、この花を受け取って幸せそうに笑っていたエレーナの幻影がまとわりつく。


「…………っ」


結局、彼は花冠を壊せなかった。


 彼は荒い呼吸のまま、机の最下段にある、固く鍵の掛けられた引き出しを開けた。

 そこには、娘の品がしまってあった。


 その中に、彼はリーゼから贈られたばかりの「旭日の光」のような花冠を、逃げるようにして押し込んだ。

 暗い、暗い引き出しの底。二度と光の差さぬ場所へ。


「……ふぅ……」


鍵を閉める音が、静かな部屋に冷たく響く。


「私のこの『正義』は……こんなもので曇るものではない。必ず……引き摺り下ろしてやる」


 窓の外では、アルカディアを祝福するかのような美しい朝日が昇っていた。

 だが、その光が届くほどに、グレモリーの心に落ちる影は、より濃く、深く、鋭くなっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ