第18話:教授回その2:絵画の暗喩か、それともただのドジか
「さて! では実際に、この新発見の絵画を紐解いていこう。」
「諸君、まず注目すべきは、これら一連の『ルネサンス』期の作品群には、署名も題名も一切存在しないという点だ。つまりこれらはすべて、我々後世の学者が読み解くべき巨大な暗号なのだよ」
老教授が誇らしげに投影機でスクリーンへ映し出したのは、かつて僻地で描かれた、身内によるドタバタ劇の瞬間を切り取った一枚の絵であった。
「まずは、この中心に描かれた人物を見なさい。」
「のちに『銀魔女』と恐れられ、その魔性で大陸全土を狂わせたシルヴィアという名の女だ。彼女が砂を蹴り上げ、激しく身体を揺らしているこの仕草……。」
「一見すれば、大地の実りを祝う『豊穣のダンス』を踊っているかのように見えるだろう。だが、騙されてはいけない!」
教授は教鞭で、真っ赤な顔をしてドレスの裾をバタバタさせているシルヴィアを指し示した。
「その実、これは平和な世界を突き崩す『不和のダンス』なのだ!」
「この銀魔女はこの世に現出した瞬間から混乱を撒き散らしている。彼女がこのように情熱的に舞い、隣にいる愚帝リオンをたらし込むことで、破滅の序曲が始まった……。」
「これこそが、のちの歴史を揺るがす『銀魔女の誕生』を暗喩する決定的な構図なのだよ!」
学生たちが「銀魔女、なんて恐ろしい……」と溜息を漏らす中、教授の解説はさらに飛躍していく。
「そして左上の愚帝リオンだ。彼は幼き聖母リーゼ様を抱えながら、ポケットから『不和の種』をバラ撒いている。」
「これは彼が純真な者を踏み台にし、世界に厄災を振り撒く略奪の象徴だ。」
「聖母リーゼ様の従者であり、のちに『実務の鉄人』と呼ばれるハンスがシルヴィアをマントで隠そうとしているのは、このあまりに醜悪な策略を闇に葬り去ろうとする意思そのものを表している。」
「……諸君、この一枚には、滅びゆく世界と、世界を案ずる聖母リーゼ様がいかにこの頃から腐心されていたかという縮図が描かれているのだ!」
教室中が「愚帝リオン、底知れない邪悪な男だ……」という重苦しい空気に包まれる中、アリアが静かに手を挙げた。
「……あの、先生。ちょっといいですか?」
「なんだね、アリア君。君もこの『銀魔女の誕生』に、歴史の深淵を感じたかね?」
「いえ、そうじゃなくて。……これ、真ん中のシルヴィア、単にドレスの裾をバタバタさせてるだけじゃないですか?」
「…………は?」
教授の動きがぴたりと止まる。アリアはめげずに、スクリーンを指差した。
「顔を赤くしているのも、魔性とか誘惑じゃなくて、普通にブチギレてるだけに見えます。」
「それに左上のリオンが撒いてる『何か』……例えば、砂とか種みたいなものが、たまたまシルヴィア様の服の中に入っちゃって、パニックになって種と一緒にバタバタしてるだけですよね、これ。」
「シルヴィアの足元の砂の散り方も、ダンスっていうより……『あちちっ!』とか『なにか入った!』って感じで、必死に暴れてる動きにしか見えません」
教室内が、先ほどとは違う意味で静まり返る。
「リオンも、世界を壊そうとしてるんじゃなくて、単にポケットから種でも出そうとしてドジって、シルヴィアの服に入れちゃっただけじゃないですか? ハンス様はそれを必死に隠そうとしてるだけで……。これ、高度なメッセージとかじゃなくて、ただの『身内のドタバタ劇』を、運悪く天才的な絵師に描かれちゃっただけですよね?」
教授は顔を真っ赤にして、教壇を激しく叩いた。
「アリア君! 君は全くロマンというものがないな! 歴史とは、当時の支配者たちが込めた高度な知性と、血塗られたメッセージの積み重ねなのだ! 単なるドジで歴史が動き、ましてやゼノビア帝国の隠し扉の向こうに保管されるわけがないだろう!」
「でも、リオンって『愚帝』なんですよね? そんな高度な暗号をわざわざやるような人なんですか?」
「だまらっしゃい! そんな身も蓋もない浅薄な解釈をするアリア君、君の評価は『D』だ! 今日の講義はここまで!」
教授は憤慨しながら荷物をまとめ、逃げるように教室を出て行った。
アリアは深い溜め息をつきながら、自分のペンダントの中の薔薇を眺めた。
(……絶対に、ただのポイ捨ての瞬間を撮られただけだと思うんだけどなぁ。)
読んでいただき、ありがとうございます。
今回の絵画は8話でもリオンが叫んでましたが、サンドロ・ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』をモチーフにしました。神々しい誕生の裏側が、実は種が入ってパニックになっているだけ……というギャップを楽しんでもらえれば幸いです
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