第16話:勇者回:勇者カイルと、至高の「道の駅」
魔王討伐の旅を続ける勇者カイルは、重い足取りで街道を歩んでいた。
連日の強行軍で足は棒のようになり、胃袋はすっかり空っぽ。辺境の厳しい旅路に、心身ともに疲れ果てていた。
だが、カスピの村の境界を越えた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは予想だにしない光景だった。
「……なんだ、ここは」
視界を埋め尽くしていたのは、地平線まで続くような黄金色の麦畑。そしてその合間には、瑞々しいクローバーの海が広がっていた。風が吹くたびに、乾いた麦の音と、クローバーの甘い香りが旅人の鼻先をくすぐる。
ふと街道沿いを見ると、立派な石造りの建物が建っていた。入り口には『休憩・交易・案内所――カスピ道の駅』という大きな看板。
その前には、驚くほど多くの荷馬車が整然と並んでいた。
「よし、一杯啜ったらすぐ出るぞ!」
「積み込みまであと十分だ、急げ急げ!」
威勢のいい声と共に、汗を拭った御者たちが次々と建物の中へ吸い込まれていく。カイルも導かれるように中へ足を踏み入れた。
◇◇◇
建物の中に入ると、そこは活気ある市場のようだった。
棚には、カスピで採れたばかりの質の良い麦や新鮮な野菜、さらには可愛らしく編まれたクローバーの草冠が所狭しと並んでいる。
「いらっしゃい! 旅人さん、これ食べてみて。美味しいわよ!」
元気な村の娘が、小皿に載った試供品の漬物を差し出してきた。
「……無料なのか? かたじけない」
カイルが一切れ口に運ぶと、絶妙な塩加減と野菜の鮮やかな甘みが弾けた。
「……っ! 美味い! こんなに美味い漬物は食べたことがないぞ」
「でしょう? 領主様たちやみんなでこの場所を作ってたから、私たちも自慢の品をこうして並べられるようになったんです。おかげで村も潤って、みんな大助かりなんですよ。この漬物も私が手伝って作ったんだよー」
「ここは……。旅人にも村人にも良い場所だな。これなら旅も捗る」
カイルは純粋に感動していた 。難しい流通の理屈など彼には関係ない。ただ、旅の途中にこんなに美味いものがあり、便利な休憩所がある。その事実だけで、彼にとってこの地の主は最高に「わかっている」御仁だった 。
カイルの目は、棚に並ぶクローバーの草冠に止まった 。
「これ、一つもらおう。装備のアクセントにちょうど良さそうだ、あと先ほどの漬物も1つ」
彼は代金を払い、草冠を自慢の剣の柄に結びつけた 。
漬物で食欲が刺激されたカイルの鼻を、どこからか出汁の芳醇な香りがくすぐった 。視線を向けると、施設の奥に『お食事処』と大きく書かれた暖簾が揺れている 。
◇◇◇
暖簾をくぐるとそこにはいい匂いが立ち込めるスペースが。
食事処は立ち食い形式で、大勢の御者たちが湯気の立つ白い麺を猛烈な勢いで啜っていた。
「おや、旅人さん。うどんかい? すぐ出すよ!」
注文して代金を払った直後、目の前に丼が出された。その間、わずか数十秒。
透明感のある出汁の中に、太くしなやかな白い麺。そしてその上には、どこか可愛らしい「カニの形をした蒲鉾」が添えられている。
「(カニ……? 山の中なのに……まあいい、美味しそうだ)」
カイルは箸を割り、麺を口に運んだ。
「…………っ!!」
強靭な弾力が歯を押し返し、喉をツルリと滑り落ちる。
出汁の旨味が疲れた五臓六腑に染み渡り、身体の芯から力が湧いてくるのを感じた。
「ふー、ふー! ……よし、ごちそうさん!」
「俺もだ、あばよ!」
隣の御者たちは、ものの数分で完食すると、すぐに表の馬車へと戻り、力強く鞭を振るって出発していく。
◇◇◇
店を出ようとしたカイルの目に、小さな木製の台が留まった。
そこには精緻に彫り込まれたカニのスタンプが置かれている。
「お兄ちゃん、それ、ここに来た証拠だよ。ペッタンしていいよ!」
隣で草冠を被った子供が教えてくれた。
カイルは自分の冒険日誌の隅に、その赤いカニの印をペタリと押した。
「……いい思い出になりそうだ」
カニの印章を眺め、カイルは少しだけ口角を上げた。
先ほどの漬物を購入し建物の外に出ると、黄金色の麦畑が夕日に照らされてさらに輝きを増していた。
先ほどまでの疲労はどこへやら、カイルの足取りは驚くほど軽くなっていた。
「……よし、先へ急ごう」
彼は、うどんの鉢の底に描かれていた小さな「カニのマーク」を思い出しながら、活気あふれる村を後にした。
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