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第14話:シルヴィアの手紙、父への報告

 カスピの村での滞在を終え、王都の王宮へと戻って数日が過ぎた。

 シルヴィア・ヴァレリアスは、豪華な自室の机に向かい、窓の外を眺めていた。王宮の庭園には美しく整えられたバラが咲き誇っているが、彼女の脳裏に浮かぶのは、あの不毛だったはずの地に広がり始めた、名もなきクローバーの瑞々しい緑だった。


「……本当、なんなのかしら。あの人は」


 彼女は羽ペンを手に取り、ゼノビア帝国の父へ宛てた便箋を広げた。書き出しは、公女としての義務的な近況報告。けれど、筆がリオンのことに及ぶと、彼女の手は一瞬だけ止まった。


『父上。リオン・アルカディアという男について、改めてご報告いたします。

 当初、私は彼をどうしようもないほど、いい加減で無頓着な人間だと思っていました。毎日お茶を飲んで、目的もなく散歩に出かけ……。私が傍について、しっかり見守ってあげなければ、何一つ満足にできない人なのだと、そう確信していたのです。

 ……いえ、今でもそう思っています。放っておけば、彼はきっと一生お茶を飲んで過ごすでしょう』


 シルヴィアはふっと口元を緩め、それから少し真剣な眼差しで続きを書いた。


『ですが、不思議なのです。彼が「ただの散歩だ」と笑いながら撒いたクローバーを植えると、なぜかその土地の生産量が見違えるほどに上がりましたのよ。私が甲斐甲斐しく世話を焼く必要などなかったかのように、あのリオン様の行動一つで、大地が劇的な変化を見せたのです。

 彼は私が今まで出会った誰とも違う、あまりにも捉えどころのない、不思議な御方です。私が支えてあげなければならない危うさと、私の想像を遥かに超える結果を導き出す底知れなさが同居しているのです』


 彼女は一度筆を置き、リオンが言った「家族への絵葉書」という言葉を思い出した。


『同封した絵画は、そんなカスピでの一幕を描いたものです。少しばかり劇的な描き方をされていますが、私がここで何を感じ、どのように過ごしているか、その空気だけでも感じ取っていただければ幸いです。

 父上。私は案外、あの不思議な男の隣も、悪くないのではないかと思い始めています。どうか、お体をご自愛ください』


 最後の一文を書き終えると、シルヴィアは便箋を丁寧に折り畳み、封蝋ふうろうを押した。


◇◇◇


 彼女が鈴を鳴らして合図すると、すでに厳重に梱包された巨大な絵画を抱えた衛兵が、ゆっくりと部屋に入ってきた。だが、その男の姿を見て、シルヴィアは思わず眉をひそめた。


「…………」


 入ってきた衛兵は、まるで一時間も興味のない話を無理やり聞かされたかのような、ひどく疲れ切った顔をしていた。その瞳は焦点が合わず、どこか遠い場所を彷徨っている。

 

「衛兵。その絵画と共に、この手紙を父上へ届けてちょうだい。私の大切な報告だと、くれぐれも失礼のないよう伝えてちょうだい」


 シルヴィアが凛とした、涼やかな声で淡々と用件を告げる。

 すると、その声を聞いた瞬間に衛兵は弾かれたように顔を上げた。


 衛兵はなぜか、シルヴィアの事務的とも思える落ち着いた対応に背筋を伸ばし、少しずつ目に精気を取り戻すと、深く一礼した。


「はっ! 謹んで……謹んで、お預かりいたします、公女殿下ッ!!」


 先ほどまでルネから浴びせられていた、理解の追いつかない「芸術の嵐」に翻弄されていた衛兵にとって、シルヴィアの明確で気品ある指示は、霧を晴らすような心地よさだった。

 シルヴィアは、自分の顔を見ただけでなぜか見違えるようにシャキッとし、敬礼する男を不思議そうに見つめた。


(王宮の衛兵が、あんなに疲れ果てた顔をして……。よほど絵が重かったのかしら。いえ、今は手紙が優先ね)


「必ずや、皇帝陛下のお手元へ届けてちょうだい」

「はっ! 命に代えても!!」


 絵画を抱え、今や見違えるような力強い足取りで退出していく衛兵を見送り、シルヴィアは再び窓の外を見た。

 そこにはないはずの、白い白詰草の花が風に揺れているような気がして、彼女は一人、小さく、けれど確かな温かさを胸に微笑んだのである。

読んでいただき、ありがとうございます。


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