第13話:署名は「ルネざんす」
国王陛下の計らいで、あの巨大な絵画は王城の発送待機所へと運ばれていた。
厚手の布で丁寧に包まれ、あとは帝国の使者に引き渡されるのを待つばかりだ。
僕はその様子を、ハンスと共に眺めていた。
正直なところ、この大きな荷物がようやく片付くことに、僕は心からホッとしていた。
(これで、ゼノビアの皇帝陛下も安心してくれるだろうな。娘が元気にやっていて、僕とも仲良く過ごしていることが伝われば、あちらも満足してくれるはずだ。……平和が一番だよ、本当に)
シルヴィアの実家に対して、良い近況報告ができる。家族への大きな絵葉書を送るような、そんな晴れやかな気持ちで僕は去りゆく荷物を見つめていた。
「……ハンス。これでようやく、全てが良い方向に落ち着きそうだね」
「殿下、なんという穏やかな表情を。これぞ国と友を想う慈愛にございますな」
ハンスが一人で深く頷いていると、発送の最終確認をしていた衛兵の一人が、思わずといった様子で絵を見つめて声を漏らした。
「それにしてもリオン様……この絵画、なんだか恐ろしいほどに神々しいっすね。ただの肖像画とは格が違うというか、こう、光が差して見えるっす……」
その言葉を聞いた瞬間、梱包の陰からシュバッ! と極彩色のベレー帽が飛び出した。ルネである。
「そうざんす! あなた、わかってるざんす!」
ルネは衛兵の肩を掴まんばかりの勢いで、熱弁を振るい始めた。
「この光の捉え方! 羞恥の中に潜む生命の爆発! そしてこの天から降り注ぐ種の軌道は、まさにカスピの地の再構築そのものを表現しているざんす! 特にこのシルヴィア様の指先の震え……これこそがわたくしの筆だけが到達できた真実ざんすー!!」
「うおお、すげえっすね! この草の一本一本まで生きてるみたいだ!」
最初は威勢よく相槌を打っていた衛兵だったが、ルネの勢いは止まらない。
「そうざんす、さらに言うならこの背景の雲の形! これは単なる気象描写ではなく、古い時代が去り、新しい時代が訪れるという予兆を込めて描いた……」
「はあ、なるほど。そうなんですね……」
「さらに、このリオン殿下の瞳に映る小さな一粒の種。これこそが、全ての始まりを象徴する……」
「あー、わかります……はい……」
「そしてこの色彩の重なり! 何十回と薄く色を重ねることで、この深みを……」
「はぁ……」
十分、十五分……。延々と続くルネの専門的な講釈に、衛兵はついに魂の抜けたような顔で、助けを求めるように僕を見た。
「……ルネ、そろそろ、そのくらいにしてあげようか。向こうの国に届かなくなっちゃうよ」
僕がやんわりと制止すると、ルネは「……チッ、わかったざんす」と名残惜しそうに唇を尖らせた。衛兵は死地を脱したかのように、震える手で台帳を差し出した。
「……あ、ありがとうございます。とにかく凄いってことは、嫌というほど伝わりました。……で、発送の記録に残す必要があるので、作者の方のお名前を教えてください」
ルネは満足げに胸を張り、一番の決め顔で言い放った。
「わたくしの名前は、ルネざんす! 芸術こそがわたくしの魂、ルネざんすー!!」
「……『ルネざんす』様……ですね。了解しました」
衛兵は半ば投げやりに、公的な台帳に『作者:ルネザンス』とはっきり書き記した。
不幸なことに、ルネとの会話に疲れていた衛兵は、「ザ」の濁点が、あるのかないのかと言うぐらい薄く書いていた。
「ルネサンス」
これが作者の名前として、ゼノビアへと伝わることとなる。
僕はそんなやり取りをのんびりと眺めながら、ようやく手に入れた静かな時間を噛み締めていた。
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