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第11話:奇跡の芽吹き、あるいは地力の回復

 あれから数ヶ月が経過した。

 

 カスピの村に、本格的な春が訪れた。

 かつては乾燥し、ひび割れた土がどこまでも続く「茶色の世界」だったこの地が、今、劇的な変化を見せている。


「……信じられないわ」


 隣で絶句しているのは、すっかりこの村での生活に馴染んだシルヴィア・ヴァレリアスだ。

 

 プラチナブロンドの髪をかき分け、その彼女の視線の先には、一面に広がる「緑」があった。

 僕が荷物を軽くするために適当なリズムで撒き散らした白詰草の種が、一斉に芽吹き、大地を覆い尽くしていたのだ。


「ただのクローバーだと思っていたけれど……。これほどまでの生命力があるなんて。ねえリオン、土の色まで前より濃くなっている気がするわ。一体、何を仕込んだの?」


「……いや、僕も驚いてる。ただの雑草だと思ってたんだけど、この土地と相性が良かったのかな。ラッキーだね」


 僕は窓の外を見ながら、お茶を啜る。

 正直、ただリーゼが喜ぶ「白い花畑」を作りたかっただけなのだが、どういうわけか地面が前より柔らかそうに見える。雑草が育つと土が良くなるなんて、事務の教本には書いていなかった。


◇◇◇


 村の様子も一変した。

 以前は絶望に沈んでいた農民たちが、今では腰を上げ、緑に染まった自分の畑を熱心に観察している。


「殿下! 見てください、この土を!」


 駆け寄ってきたのは、農夫のエレーナさんの夫だ。

 彼は泥のついた手で、誇らしげに一掴みの土を差し出した。


「カチカチだった土が、こんなにふかふかになって……。試しに植えた麦の芽も、去年よりずっと勢いがいいんです! 殿下が撒かれた、あのクローバーのおかげですだ!」


「えっ、そうなの? ただのクローバーだよ。それが何かしたのかな」


「いいえ、分かっております! 殿下があの時、あえて自ら歩いて撒かれたことに意味があったんですな!」


(……いや、本当にただ歩いてただけなんだけど)


 僕としては、ただリーゼが喜んで、ついでに僕の仕事が減ればいいと思っていただけなのだが、村人たちの目には「計算し尽くされた救済」に見えているらしい。


◇◇◇


「お兄様ー! 見てください、咲きましたわ!」


 丘の向こうから、リーゼが弾むような足取りで走ってきた。

 彼女の両手には、瑞々しい緑の葉と、小さな白い手毬てまりのような花が握られている。


「白詰草の花ですわ。とっても甘い香りがしますのね。村の子供たちと一緒に、花冠をたくさん作りましたの!」


 リーゼの頭には、可愛らしい花冠が載っている。

 その笑顔は、かつて王宮の片隅で寂しそうにしていた頃とは比べものにならないほど、明るく輝いていた。


「……約束通り、村が花でいっぱいになったね、リーゼ」

「はい! お兄様、ありがとうございます。私、この村が大好きですわ!」

「ほら、あそこのアニタも歩き始めて、このお花畑で遊んできたのです」

と、転びそうになるアニタとそれを抱っこするエレーナ婦人。

「あらあら、まあまあ」


 リーゼが僕に抱きつき、その周りを村の子供たちが笑いながら駆け抜けていく。

 そして僕の傍にいるシルヴィアの頭にも小さな花冠が載っている。

 その光景は、一幅の絵画のように平和だった。


◇◇◇


 ハンスがいつの間にか背後に立ち、分厚い書類を抱えながら眼鏡をキラーンと光らせた。


「殿下、相談がございます。この、大地を再生させる驚異的な手法……。なんと命名しましょう」


 ハンスの言葉は短かったが、その目は「この奇跡を村人たちに周知し、領民の忠誠心を確固たるものにせねば」という事務官としての使命感に燃えていた。


「命名? ……うーん。別に特別なことはしてないし……。ただの散歩サンポのついでだったから、『サンポ農法』でいいんじゃないかな」


 僕が適当に答えると、ハンスは雷に打たれたような顔をして固まった。


「……サ、サンポ農法……! なんという深淵な響きだ!」

「えっ、そう?」


「一見、ただの散歩に見せかけながら、その歩みの一歩一歩が大地の脈動を整えていたというわけですな! 素晴らしい! さっそく公式記録に留めます!」


 ハンスは、これまで見たこともないような猛烈な勢いで手帳に筆を走らせ始めた。

 

「ハンス、そんな大層なものじゃ――」


「分かっております、殿下。……全ては『計画通り』というわけですな」


 ハンスは口元に不敵な笑みを浮かべ、何度も深く頷いている。

 

 僕は、彼が何をそんなに納得しているのか分からなかったけれど、とりあえず「名前」という面倒なタスクが片付いたことに安堵した。


 窓の外、白い花が揺れる緑の絨毯を見つめながら、僕はリーゼの笑顔に癒やされ、ようやく手に入れた「平和な春」を満喫していた。


 この時、ハンスの手帳に記された『サンポ農法』という言葉が、事務官ネットワークを通じて近隣の村や商人たちの間に、猛烈な勢いで広まろうとしていることなど……。


 平和を愛する僕が知るよしもなかったのである。

お読みいただきありがとうございます!


ついに「サンポ農法」が誕生しました。

リオン本人は「ただの散歩」のつもりですが、実はこれ、歴史上の「三圃さんぽ式農業」と、マメ科植物による土壌改良(窒素固定)を組み合わせた農法だったりします。


本人は全く自覚がありませんが、カスピの村は着実に「最強の農業拠点」へと作り変えられていっています。


本章はもう少し続きますが、次章からは別の「食」の話題に移ります。

次にリオンが次に求めるものとは……?


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