第8話:ツンデレ騎士の猛追、カスピに降臨
今日の分の「視察」を兼ねた種まきを終え、僕は館の居間で足を伸ばしていた。
窓から入ってくる静かな風が、歩き疲れた体に心地よい。
ハンスがどこからか調達してきた茶葉は少し香りが硬いけれど、リーゼが淹れてくれたというだけで、それは最高の一杯になる。
「お兄様、お茶が入りましたわ。クッキーは村のエレーナさんが、お礼にと焼いてくださったんですのよ。赤ん坊のアニタちゃんも、お兄様の撒いた種を不思議そうに見ていましたわ」
「それは嬉しいね。エレーナさんのクッキーも、素朴で良い味だ」
ひび割れた大地に種を撒き、村人と交流する。
そんな穏やかな時間が、このまま静かに流れていく。
最後の一口を飲み干そうとした、その時だった。
地平線の彼方から、猛烈な勢いで立ち上がる土煙が見えた。
◇◇◇
地鳴りのような蹄の音が、村の静寂を切り裂く。
何事かと村人たちが顔を出す中、一頭の白馬が館の前に猛スピードで滑り込んできた。
馬上の人物は、砂埃を物ともせず鮮やかに飛び降りる。
プラチナブロンドの長い髪を、高い位置でポニーテールにまとめている。
胸元には鈍く光る金属のプレートアーマー、そして動きやすそうな短めのスカート。
腰と胸元にあしらわれた大きな真っ赤なリボンが、彼女が動くたびに鮮やかに揺れた。
ゼノビア帝国の第一公女であり、僕の(望まぬ)婚約者候補――シルヴィア・ヴァレリアスだった。
「――リオン・アルカディア! 貴方という人は、一体何を考えているのっ!!」
開口一番、鼓膜が震えるほどの怒声。
僕は思わず耳を塞ぎ、淹れたての茶を少しこぼした。
「……やあ、シルヴィア。相変わらず、登場の仕方が派手だね。一応、ここは僕の家なんだけど。ノックくらいはして欲しかったな」
「私は貴方の婚約者として、その体たらくをこの目で確かめるためにここへ来ることにしたのよ! そしたら何よ、こんな狭苦しい場所、気がつかずに通り過ぎるところだったわよ! 貴方、王都から左遷されたと聞いて飛んできてみれば……なんなの、この状況は!」
「左遷じゃないよ。これは実務教育を兼ねた視察で――」
バンッ!!
僕の言葉を遮るように、シルヴィアが力任せに机を叩いた。
お茶の入ったカップが激しく跳ねる。
「視察!? よくそんな白々しい言い訳ができるわね! どこをどう見ても、ここは王都に見捨てられた不毛の地じゃないの!」
シルヴィアは肩で息をしながら、僕の「3LDK」を信じられないといった様子で見渡した。
そして、のんびりと椅子に座っている僕を、射殺さんばかりの目で見据える。
「魔物が出る、土地は枯れている、それなのにどうしてそんなに悠々とお茶を飲んでいられるのよ! 貴方、少しは危機感を持ちなさいっ!」
「危機感というか……。まあ、掃除は楽だし、景色も広いし。案外、悪くないよ」
僕が正直な感想を述べると、シルヴィアの顔がますます険しくなった。
前から薄々思っていたけれど、彼女、僕に対する態度がとにかくキッツイんだよなぁ……。
全力で立ち向かうのが美徳の彼女には、僕の「現状維持」が怠惰に見えるのだろう。
◇◇◇
「お初にお目にかかります、シルヴィアお姉様」
場の空気を和らげるように、リーゼがそっとシルヴィアの前に立った。
「まあ……リーゼ様。貴方まで、こんな不毛な地に付き合わされて……。なんて不憫な……」
シルヴィアはリーゼを見た途端、怒りの形相から一転、今にも泣き出しそうな瞳に変わった。
彼女はリーゼの手を握りしめ、僕を再びギロリと睨みつける。
「いい? 私はリオンの監視役を兼ねて、ここに滞在することにしたわ。お義父様……国王陛下にも許可は取ってある。リオンがこの村で自堕落な生活をして、リーゼ様を路頭に迷わせないか、この私が見張ってあげるわ!」
「えっ……滞在? ここに?」
「そうよ。文句ある?」
文句しかない。
せっかくの静かな生活に、こんなキッツイ「監査役」が加わるなんて。
僕の安眠プランが大幅に狂い始める音がした。
「お姉様、もしかしてお兄様が心配で、お城からお休みも取らずに駆けつけてくださったのですか? お馬さんも汗びっしょりですわ」と無邪気に指摘する
「ち、違うわよ! 私はただ監視に来ただけで……っ!」
「……でもシルヴィアお姉様。お兄様はこれでも、一生懸命村のために働いておいでですのよ?」
「リーゼ様、貴方は優しすぎるわ。こんな男、甘やかしたらどこまでもダメになるんだから!」
リーゼに指摘されたシルヴィアは、腰のリボンを揺らし、少しバツの悪そうな顔をする僕を指差し、宣言した。
「明日からは私も視察に同行するわ。貴方の『仕事ぶり』を、徹底的にチェックさせてもらうから。覚悟しなさい!」
◇◇◇
シルヴィアが嵐のように去り、隣の棟へと向かった後。
僕は深いため息をつきながら、冷めたお茶を飲み干した。
「……参ったな。監査官が一人増えたよ」
「ふふっ、賑やかになりそうですわね、お兄様。シルヴィアお姉様も、きっとすぐこの村を好きになりますわ」
「リーゼは呑気だなぁ……」
陰で様子を伺っていたハンスが、スッと影のように現れ、眼鏡をクイと押し上げる。
「殿下、感服いたしました」
「……何がだい」
「ゼノビアの公女殿下を、あえて監視役としてこの地に留まらせるとは。これほど強力な監査官が目を光らせているとなれば、対外的にはこの村が『厳格に統治されている』という最高の証明になります。敵対的な視線すらも統治の正当性に利用する……。まさに、事務方の極致とも言える布陣ですな」
(……いや、彼女が勝手に来ただけなんだよ、ハンス)
だが、否定する気力もなかった。
明日からの視察。シルヴィアの厳しい視線に晒されながら、どうやって「最小限の労力」で種まきを済ませるか。
想像しただけで、平穏な日々が遠ざかっていくのを感じたのである。
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