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第6話:荒野に咲くクローバーと、兄の贈り物

 翌日。

 僕は、三棟並びの館の周りを、リーゼと一緒にぶらぶらと歩いていた。

 と言っても、館の周囲はひび割れた土と、申し訳程度に転がっている石ころばかりだ。王都の庭園のような整えられた美しさはないけれど、視界を遮るものがない開放感だけは一丁前にあった。


「お兄様、空気がとても美味しいですわ!」


 リーゼは、薄汚れた茶褐色の地面など気にする様子もなく、ふわふわと軽やかな足取りで進んでいく。

 ふと、彼女が畑の片隅――といっても、今は何も植えられていない放置された土の塊のそばで、足を止めた。


「あら、見てくださいまし。こんなところにかわいらしい子が」


 彼女が指差した先には、乾燥した大地に抗うように、数輪の小さな白い花が咲いていた。

 三枚の葉が重なり、丸い花を咲かせている。白詰草――クローバーだ。


「……こんな痩せた土でも、健気に咲くものだね」


 僕は腰を落とし、その小さな群生を見つめた。

 事務屋としての知識が、ふと前世の記憶を呼び起こす。確かクローバーは、痩せた土地でも根を張る強い植物だったはずだ。


「お兄様、このお花、とっても素敵ですわ。……ねぇ、お兄様。これで、あの……お花冠はなかんむりを作っていただけませんか?」


 リーゼが上目遣いで、僕の袖をちょんと引いた。

 王都にいた頃、母上から教わったという花冠を、僕はリーゼに作ってあげていた。だが、この荒野でそれをねだられるとは思わなかった。


「花冠か。……いいよ。これくらいなら、すぐに作れる」


 亡き母との思い出の一つに、王都の近くの花畑の中で、小さかったリーゼが母上から花冠を作ってもらっていた記憶が蘇る。

 「リーゼは何が楽しいのですか?花冠なんてつまらないです、父上」

 と、父上に言ったら、「こういうことが幸せなんだよ、リオン」

 その時はわからなかったが今ならばわかる。

 僕は不器用な手つきで、クローバーの茎をいくつか摘み取った。

 一本の茎を軸にして、次の一本を巻き付け、編み込んでいく。少し歪だが輪になった花冠が出来上がっていく。


「はい、どうぞ。少し小ぶりだけど」


 出来上がった真っ白な輪を、どうかなリーゼ?と思いながらリーゼの柔らかな金髪の上にそっと載せた。

 

「まあ……! ありがとうございます、お兄様! 嬉しいですわ、とっても!」


 リーゼは花冠を崩さないようにそっと触れ、ひまわりが咲いたような満面の笑みを僕に向けた。

 その笑顔を見た瞬間、僕の心の中にあった「僻地への異動に対する愚痴」が、春の雪のように溶けて消えていくのを感じた。


(……ああ。やっぱり、これだ)


 リーゼの笑顔。これこそが、僕がこの不自由な生活の中で守り抜かなければならない、最高重要事項だ。

 彼女が悲しんで「お兄様が何もしてくれません」なんて手紙を王都に送られでもしたら、父上からの評価は地に落ち、僕の隠居予算は一瞬で凍結されるだろう。


「お兄様、私、決めたわ。この村を、この真っ白なお花でいっぱいにしたいですわ! そうすれば、村の皆さんもきっと笑顔になりますわよね?」


「……村中を、クローバーで?」


 リーゼの天真爛漫な「おねがい」が、僕の脳内に突き刺さった。

 この広大な荒野を、花で埋め尽くせだと?


「ええ! お兄様が手伝ってくれるなら、とても素晴らしいお花畑になると思うの」


 キラキラとした瞳で見つめられ、僕は「無理だよ」と言いかけた言葉を飲み込んだ。

 ……やるしかない。

 リーゼの機嫌を損ねず、かつ僕の労働時間を最小限に抑えつつ、この村を「花でいっぱいに見せる」方法を考えなければ。


◇◇◇


 館に戻るなり、僕はハンスを呼びつけた。


「ハンス、至急だ。クローバー……白詰草の種を、手に入るだけ集めてくれ。王都の商会に連絡すれば、家畜の飼料用として安く売っているはずだ」


「白詰草の種、でございますか? 殿下、あのような雑草を一体何に……」


 ハンスが怪訝そうな顔をする。

 僕は窓の外、リーゼが嬉しそうに花冠を揺らしながら村の子供たちに手を振っている姿を指差した。


「リーゼが、村中を花でいっぱいにしたいと言っているんだ。彼女の願いを叶えることは、僕の……いや、この領地の最優先課題だ。わかるね?」


「承知いたしました!」


 ハンスの眼鏡が、キラーンと鋭く光った。


「(リーゼ様の慈愛の心。そして、それを実現するためにあえて『荒野でも根を張る』強靭な白詰草を選ばれる殿下の合理的判断……。単なる美観のみならず、不毛な大地の土壌そのものを密かに再編しようという深謀遠慮……。恐れ入りました!)」


(……多分ハンスは誤解している。僕の思っていることを完全に誤解していると思う)


 ハンスの勘違いはいつものことだが、放っておくことにした。訂正するのも労力の無駄だ。


「種が届いたら、僕が直々に村を『視察』して回る。その時に使うから、すぐに手配してくれ」


「御意に! 殿下の『視察』の準備、命に代えましても整えてみせましょう!」


 ハンスは鼻息荒く部屋を飛び出していった。

 

 僕は椅子に深く寄りかかり、溜息をついた。

 「視察」なんて大層な名前をつけたけれど、実態はただ種を撒き散らして歩くだけの、散歩だ。


 ただの散歩で、リーゼの笑顔とお小遣いが守れるなら安いものだ。

 僕は、明日からの「手抜き」の計画を立てるために、目を閉じた。




読んでいただき、ありがとうございます。


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