#9 俺は魔法使い(たい)だ
放課後。人気のない中庭に、俺たち四人の姿があった。
クギョウ教官が不在の中、俺たちに課せられたのは自主練──俺はメイザーによる特訓を望んだ。
「いいですかヒョウガ様。魔法とは愛です。愛おしい人を想えば、魔力は無限に湧いてくるのですよ♡」
「あ、うん。具体的にお願いします……」
メイザーは俺の腕に豊満な胸を押し付けながら、うっとりとした表情で講釈を垂れる。
距離が近いし、ふわっと甘い匂いがする。
このデレすぎモードにはまだ慣れないが、彼女がこの学園でもトップクラスの魔法使いであることは事実だ。彼女から教えを請うのが、魔法習得への最短ルートだろう。
「……チッ。なんでアンタたちまでいるのよ」
メイザーは視線を俺から外し、傍らに立つグレンとフランに向けて、絶対零度の冷気を放った。
「いいじゃねえか。俺達だって魔法使いてーし」
「そうだよぉ、私達だって頑張るもん」
「ふん。まあいいわ。ヒョウガ様のお慈悲に感謝して、精々視界に入らないように努力なさい」
温度差で風邪を引きそうだ。
メイザーは懐から、数枚の葉っぱのようなものを取り出した。
「これは『世界樹の葉』。シルフェリア連邦の中央に聳える世界樹から採取した貴重品──微量の魔力にも反応して性質を変える、属性判定用の触媒よ。一枚で一ヶ月の昼食代が飛ぶくらい高いから、後で請求するから。ヒョウガ様以外に」
「ええっ!?」
グレンの悲鳴を無視して、メイザーは一枚の葉を指先で摘んだ。
「まずは手本を見せるわ。魔力を込めると、自身の適性に応じて葉が変化するの」
彼女が目を閉じると、葉が青白い光を帯びる。
直後、乾燥していた葉から大量の水が溢れ出し、球体となって彼女の手のひらを包み込んだ。
「フッ」
そしてパァンッ! と、水球は内部からの圧力に耐えきれず、弾け飛んで霧散した。
ただ濡れただけじゃない。葉そのものが水に変換され、エネルギーの飽和で弾けたんだ。
「……とまあ、水属性の適正ならこうなるわ。次はあんたたちがやりなさい」
メイザーはグレンとフランに葉を投げ渡す。
まずはグレンがおっかなびっくり葉を握る。
「こ、こうか……うおおおっしゃあっ!」
一瞬だった。グレンの手の中で葉が発火し、瞬く間に灰へと変わった。
「熱っ! 燃えた!?」
「……へえ。猿にしてはやるじゃない。完全に灰になったわね」
メイザーが少しだけ感心したように眉を上げる。
「炎属性ね。葉が熱くなる程度が普通だけど、一瞬で灰にするのは魔力が高い証拠よ」
「おお、マジか! へへ、なんか照れるな」
続いてフラン。彼女が可愛らしく葉を包み込むと、葉が小刻みに震え出し──バチバチッと、微かな火花が散った。
「きゃっ! 静電気?」
「……風、それも上位魔法の雷。風属性は葉が揺れるんだけど、上位適性を持つと雷を帯びるの」
やはりか。グレンは炎、フランは風。原作通りのスペックだ。
この世界には基本となる四属性──『炎・水・風・地』が存在する。そして、適性や熟練度によって上位魔法へと派生する。水は『氷』へ、風は『雷』へ、地は『鋼』へと進化する。
唯一、炎だけは上位属性が存在しない。だがそれは弱いという意味ではない。炎は極めれば、その熱量だけで全てを焼き尽くす最強の矛となる。シンプルゆえに奥が深いのだ。
「いい? この『世界樹の葉』は、魔力の質と量を正直に映し出す鏡のようなものよ」
メイザーは自身の生み出した水で濡れた指先を拭いながら、講義を始めた。
その視線は俺にだけ優しく注がれ、グレンとフランには黒板を見るついでにチラリと向けられる程度だ。
「まず『炎』。基本適性なら葉は熱を帯びて煙を上げる程度。でも、魔力が強ければ強いほど熱量は上がり──さっきの猿みたいに、一瞬で燃え尽きて灰になるわ」
「猿って言うな!」
「黙ってて。次に『水』。これは葉が湿るのが基本反応。出力が高ければ、私のように大量の水が溢れ出す。そしてさらに上位の適性、あるいは変異属性を持てば、葉そのものがカチコチに凍りつくの」
メイザーは人差し指を立て、流れるように説明を続ける。
「『風』は葉が揺れるわ。そよ風程度から、適性が高ければ台風のように激しく暴れ……極めれば、さっきのチビみたいに電光を放つようになる」
「チビ……まあ、電気が出たのはびっくりしたけど」
「そして最後は『地』。これは葉が急速に成長して大きくなるのが特徴よ。上位適性になれば、葉の組織が変質して、石や鋼のように硬化するわ」
彼女は深くと息を吐き、冷ややかな瞳で言葉を締めくくった。
「いずれも、反応の大きさはそのまま才能の大きさに比例するわ。ただ湿るだけか、溺れるほどの水を出すか。ただ揺れるだけか、雷を呼ぶか……魔術師としての格が、残酷なまでに可視化される」
逆に、何の才能もなければ、葉っぱは何も示さないという事。機械のように結果だけを教えてくれる世界樹の葉……残酷までに正直だ。
「さあ、最後はヒョウガ様です。さあ、優しく握ってみて下さい」
俺の手のひらに、最後の葉が乗せられる。
緊張で手汗が出そうだ。
もし俺に何の反応もなかったら? 貴族なのに無能力者というレッテルが決定的になってしまう。
(落ち着け……イメージするんだ)
例えばそう──雪が振る真冬。全裸で学校の教室中の窓を全開にし、黒板に爪を立てて、ゆっくりとそれを引っ掻くように──
「うわ、さっむ!」
耳鳴りのような高い音が響いた。
俺の手のひらにあった葉が、一瞬で白く染まる。
そして次の瞬間。
「え?」
葉の中心から、鋭利な氷柱が天に向かって伸びた。
それは無骨な氷の塊ではない。幾重にも重なったフラクタル構造を持つ、芸術的なまでに美しい『氷の華』だった。
陽の光を浴びて、ダイヤモンドのように輝く氷のオブジェ。葉は完全に氷へと置換され、その美しさを永遠に留めていた。
「す……すごい……」
フランが思わず声を漏らす。
グレンも口をあんぐりと開けている。
そして、メイザーは──
「ああ……なんて美しい……!」
恍惚とした表情で、俺の手を両手で包み込んだ。
「水の上位属性『氷』……それも、これほど純度が高く、硬質な氷は見たことがありません! 普通はもっと脆く、白く濁るものなのに……透明度が段違いです!」
「そ、そうか? よかった……」
俺は安堵の息を吐く。
どうやら潜在能力までは変わってないらしい。ヒョウガの肉体はヒョウガのままって事か。素材はあるが、料理の仕方を知らないって感じかな。
だがこれなら戦える。知識という武器を使えば、俺でも原作キャラたちと渡り合えるかもしれない。
後は魔法について徹底的に勉強して慣れないとな。
「流石はヒョウガ様! やはり貴方様は私の運命の──」
メイザーが抱きつこうとした、その時だった。
「──おいおい。神聖な学園の庭で、随分と低俗な真似をしているじゃないか」
水を差すような、粘着質な声。
振り返ると、そこには取り巻きを連れた一人の男子生徒が立っていた。
高そうな制服を着崩し、これ見よがしに高価な杖を携えている。
「誰だお前?」
「誰だと? 僕を知らないとは無知にも程があるぞ、ウェンディールの落ちこぼれ君」
男は鼻で笑い、メイザーへと視線を流す。
「それにしても嘆かわしい。名門ウェンディールの人間が、あろうことか平民風情に頭を下げて魔法を教わるとはな。貴族の恥晒しだよ、君は」
「……は?」
メイザーの目がスゥッと細まり、殺気が漏れ出す。あ、これヤバい。止めないと死人が出る。
(……こいつ、知ってるぞ)
俺は記憶の引き出しを開ける。
原作の学園編に登場した、典型的な噛ませ犬貴族。名前は確かルドルフ。実力はそこそこあるが性格が最悪で、主人公たちに突っかかっては返り討ちにされる役回り。
そして何より、人気投票で作者の自画像アイコンよりも順位が低かった男だ。
「貴族たるもの、貴族から学ぶべきだ。どうだい? 僕が直々に稽古をつけてやってもいいぞ」
男は杖を俺に向け、ニヤリと笑った。
「その代わり、君が負けたら彼女──メイザーを僕の専属にしてもらおうか。下民とはいえ、その美しさは貴族の所有物に値する」
あーあ、言っちゃった。俺は心の中で合掌する。
お前、よりによって地雷原のど真ん中でタップダンス踊りやがって。
「……上等だ。相手になってやるよ」
俺は一歩前に出る。特に怒っているわけじゃないが、メイザーがコイツを殺す前に、俺が言わないといけなかったしな。
まあちょうどいい。新しく掴んだ『魔法』の実験台になってもらおうか。




