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#8 終わったと思ったらまた青春

 クギョウ教官はあっさり合格を認め、勇士学園の入学を認めてくれた。

 だが、俺達を待っていたのは、幸せな学園生活などではなかった。


「教官……どうですか?」

「んー……」


 勇士学園および勇士協会の対応は、迅速かつ冷徹極まりないものだった。

 マイン教官の一件は、表向きには『野外実習中に発生した不幸な事故』として処理された。マイン教官は責任を取って辞職、彼の班の生徒たちは魔物の襲撃により全滅。あくまで想定外の災害であり、組織に過失はない──それが公式発表だった。

 だが、その裏で敷かれた戒厳令は、この学園が平穏な教育機関から、緊張感漂う鳥籠へと変貌した事を無言のうちに告げていた。


「っかしいわねえ……」

「やっぱ相当強い魔法なのか?」


 まず行われたのは、教職員に対する徹底的な『身元調査バックグラウンドチェック』だ。

 勇士協会から派遣された監査部が常駐し、全教官の経歴、交友関係、思想信条に至るまでが再調査された。少しでも出自に不透明な点がある者や、過去に不審な行動歴がある者は、即座に職を解かれ、あるいは隔離尋問の対象となった。

 昨日まで教壇に立っていた教官が、翌日には神隠しのように姿を消す──そんな光景が日常と化したのである。疑わしきは罰せよ。内部に潜む裏切り者を炙り出すための、静かなる粛清だった。


「ん〜……」

「オイ。さっきから唸ってばっかじゃねえか。どうなんだ?」


 生徒たちを取り巻く環境も激変した。

 特に野外活動に関する規定は、厳格化の一途を辿った。これまでは比較的自由に行われていた校外学習や討伐任務は、上層部の厳重な許可と、信頼できる教官複数の同行がなければ一切認められなくなった。

 学園の周囲には24時間体制で警備が張り巡らされ、外出は厳しく制限される。保護というよりは、むしろ軟禁に近い措置だった。


「あー、無理だね。こりゃ」

「無理なのかよ」


 そして何より、カリキュラムそのものが変質した。

 これまでの『対魔物』を想定した基礎訓練に加え、『対人戦闘』の比重が極端に引き上げられたのだ。いつ隣人が牙を剥くか分からない。甘い考えは死を招く。そんな強迫観念を植え付けるかのような、精神的にも肉体的にも過酷な実戦形式の授業。

 マインという劇薬が投じられたことにより、物語の舞台は、俺の知る牧歌的な学園生活から、殺伐とした戦場へと強制的に書き換えられてしまったのだ。


「ここまで絡まった闇魔法はねえ〜……解呪は難しいんだよ」


 俺は何をしているかと言うと──現在、メイザーを連れて校舎の最奥にある特別保健室にいる。

 薄暗い部屋には、薬品の匂いと、それ以上に濃いコーヒーの香りが充満している。


「難しい……ですか」

「……なるほどねえ。こりゃまた、厄介なことになってるわ」


 気だるげな声でそう診断を下したのは、白衣をだらしなく着崩した片眼鏡の女性、ソニア=イェルマ教官だ。

 日本人形のように伸びた黒髪から覗く赤い瞳。目の下に濃いクマを作り、手にはドクロのマグカップ。見た目は不健康そのものだが、彼女こそがイグニス勇士学園で唯一『闇魔法』を行使でき、その造詣が深いスペシャリストだ。いわば、魔法版の精神科医といったところか。

 セクシーな衣装のダウナー系おねえさん。紳士諸君に特に人気であり、人気投票は17位。


「治せねえのか、ソニア」


 クギョウ教官が焦れたように尋ねる。

 椅子に座って診察を受けるメイザーは、こうしてる間にも、俺の手を握って離さない。

 指と指を交互に絡め合う恋人繋ぎ。しれっと離そうとしても、すぐに手を絡めてくる。

 顔は無表情なクールビューティーのままなのに……早くなんとかしてほしいものだ。


「治せない、と言うよりは……『手が出せない』と言った方が正しいわね」


 ソニア教官はマグカップの黒い液体──ブラックコーヒーを一口啜り、立てた人差し指をクルクル回す。


「闇魔法、特に精神に干渉する『魅了』は複雑なのよ。術式そのものに加え、対象者の精神状態、性格、術者の魔力の質……あらゆる要素がスパゲッティみたいに絡み合ってんのよ」

「御託はいい。結論を言え」

「せっかちねえ、クギョウは」


 ソニア教官はため息をつくと、メイザーを指差した。


「通常、魅了魔法ってのは『他人の感情を上書きする』ものよ。ペンキで壁を塗りつぶすようなものね。ま、そんな簡単な術式なら、解呪で洗い流せば元に戻るんだけど……でも、彼女の場合は違う」


 彼女は鋭い視線を俺に向ける。


「あんた、彼女を助けたんでしょう? それも命がけで」

「え? ええ、まあ……」

「それが原因よ。彼女がその瞬間に抱いた『安堵』と『感謝』ね。極小とはいえ、死地から生還した事によるその2つの感情が、複雑に結合してしまったの」


 ソニア教官は言葉を切り、手元のミルクピッチャーを手に取った。


「その強烈な『本心』と、オーグリンの残滓による強制的な『好意』が、事故の衝撃で瞬時に混ざり合い、定着してしまった。どれが魔法で、どれが本心か、もう境界線なんてありゃしない」

「そんな……治せないんですか?」


 彼女は持っていたブラックコーヒーにたっぷりとミルクを注ぎ込んだ。黒い液体に白が混ざり、瞬く間に濁った茶色──カフェオレへと変貌する。

 彼女はスプーンでそれをカランと一回かき混ぜ、俺たちの前に突き出した。


「一度溶かし込んでしまったカフェオレから、ミルクだけを完全に抜き取れると思う?」

「それは……」

「今の彼女の心はこれと同じよ。魔法というミルクが、本心というコーヒーに完全に溶け込んじまってる」


 視覚的に見せられた絶望的な事実に、俺は言葉を失う。


「今の状態で無理やり魅了ミルクだけを抽出しようとすれば、コーヒーそのものを破壊することになるわ。記憶を失ったり、最悪の場合……精神が崩壊して廃人になる」

「廃人……!?」

「リスクが高すぎるのよ。今のところ、彼女の自我は『ヒョウガへの愛』を軸に安定している。下手にいじくり回すよりは、このまま経過観察をするしかないわね」


 ソニア教官はそう締めくくると、カフェオレをズズッと飲み干した。


「嘘だろ……」


 俺は愕然と呟くしかなかった。

 つまり、解呪不可能? 俺はこの先、デレデレのメイザーという時限爆弾を抱えたまま、この過酷な学園生活を送らなければならないというのか。


「ふーん。結局ダメだったのか」


 学園の食堂。グレン達と合流した俺は、昼食を取っていた。なんかやたら周りがザワザワしているような。


「邪魔よ」


 すると、山盛りのアイスが乗ったトレイを持ったメイザーが、群がる生徒達を威圧しながら、こちらゆっくりと歩いてきていた。

 その容姿に見惚れる男子生徒の目線など、まるで気にも留めず、氷のような表情で闊歩する。


「あれがメイザー……なんて美貌なんだ。お近付きになりてえなあ」

「無理だろう。学園に入る前から有名だったしなあ、フェイン家の天才少女って。住む世界が違うぜ。笑顔とか見た事ねえよ……」

「でも、あんな綺麗だと見てるだけで幸せだよな〜」


 メイザーは俺達3人がいるテーブルで足を止めると、俺の隣に椅子を寄せて座る。


「昼食の時間ですね。ヒョウガ様♡」


 そして恍惚とした笑みを見せながら、肩に頭を乗せるメイザー。

 その様子に周りが更にザワザワする。男子生徒が「どういう関係なんだよ!?」と頭を抱え断末魔を上げる。

 正直めちゃくちゃ恥ずかしいです。

 絶対、美少女を侍らせた、いけすかねえ貴族だと思われるじゃんか。


「お前……どんなメシだよそりゃ」

「お腹壊しちゃいそうだよ」


 メイザーのトレイには大盛りのアイス。

 偏食がすごいな……けど、トレイに茶色いデカい肉しか乗ってないグレンは人の事言えないと思う。


「ヒョウガ様。私があーんしてあげます♡」

「い、いや、いいよ……」

「……重傷だね」


 フランはピクピクと引きつった笑みを見せる。

 俺は重いため息をつきながら、先ほどのソニア教官の診断結果──通称『カフェオレ理論』を二人に伝えた。 

 結論から言えば、メイザーの魅了は解けない。

 吊り橋効果による本心と、オーグリンの魔力が複雑に癒着してしまっている為、無理に剥がせば彼女の精神が崩壊するリスクがある。

 つまり、俺はこのデレデレ暴走機関車と化したメイザーを、責任を持って管理しなければならないという事だ。

 原作での彼女は、クールで復讐に燃える水の魔女と呼ばれるキャラだったはずだ。それがどうだ。今は俺の腕に密着し、周囲の女子生徒を威嚇するだけの恋する乙女になってしまった。

 戦力としては申し分ないが、精神衛生上の負担が大きすぎる。


「ヒョウガ様。あーん、ですよ♡」

「……自分で食えるから」

「まあ、照れ屋さん。そんなところも素敵……♡」


 差し出されたスプーンを無心で回避する。

 周りからの「あいつ、あのメイザーとどういう関係だ?」という視線が痛い。


「そういえば、クギョウ教官は?」


 気まずい空気を変えようとしたのか、フランがキョロキョロと辺りを見回して尋ねてくる。


「メイザーの診察に付き合った後、すぐに出て行ったよ。座学なり訓練なり、暫くは学園内で修行を積めってさ」


 俺は声を潜めて答える。

 クギョウ教官は今、マイン教官──いや、元教官の後始末に奔走している。

 協会にスパイがいたという前代未聞の不祥事。それを公にせず隠蔽処理するための書類仕事や、逃げたマインの足取りを追うための捜索指揮。

 さらには、俺達のような事情を知る生徒への箝口令の徹底や、カリキュラムの大幅な見直しなど、やるべきことは山積みだ。


「しばらくは戻ってこないだろうな。俺達も覚悟しておいた方がいいぞ。今のうちに戦力を身に着けなければ」


 俺の言葉に頷く3人。

 教官が戻ってくるまでに、俺はある目標を立てる事にした。

 スタートラインにすら立っていない自分が今できる事──俺はメイザーの手を握る。

 メイザーはボンッと音が鳴る勢いで顔を紅潮させ、口をアワアワと動かす。


「は、あ、ヒョウガ様……?♡」

「頼むメイザー。俺に魔法を教えてくれ」

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