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#7 序盤に現れていい敵ではない

 朝日に照らされたその男を見て、俺は驚愕に目を見開いた。

 マイン教官って……人気投票欄でも、素材が一コマしかないから顔がガビガビになってたアレだろ?

 そんなモブキャラがキュクロープスを従えてるって? どういう展開だよ。


「グルルルルゥ……」


 地響きのような唸り声。

 森の木々をなぎ倒して現れた怪物に、俺とメイザーは凍りつく。


「オイ、お前ら何があった!?」

「なんだぁ? あの怪物は」


 騒ぎを聞きつけたクギョウ教官達が、急いで駆け付けてくる。


「……チッ、嫌な胸騒ぎの正体がこれかよ」


 教官は瞬時に状況を把握し、腰の剣に手をかけた。だが、俺の視線はキュクロープスではなく、その足元でニコニコと笑っているマイン教官に釘付けだった。 

 俺の中で、原作の知識と今の状況が急速に繋がり始めていた。

 本来の歴史では、この時期に近くの村がオーグリンの群れに襲われ、壊滅する悲劇が起きる。原作では『森の奥から強い魔物に押し出されて人里に降りてきた』と語られていたが……違う。

 意図的に操られていたんだ。こいつの手によって。


「……マイン教官。さっきのオーグリンをけしかけたのは、アンタか?」


 俺の問いかけに、マインは目細め、あっさりと肯定した。


「ご名答。いやあ、素晴らしい洞察力だね」


 悪びれる様子もない。その態度に、俺の背筋が冷たくなる。

 

「本来はね、この近くの村を襲わせて壊滅させる予定だったんだよ。でも、君達が近くにいたから予定を変更したんだ」

「……は?」


 俺達がいたから? ターゲットが変わった?

 俺は拳を強く握りしめた。


「勇士協会認定の教官が裏切りとはな……何が目的だ? 何の恨みがある?」

「恨み? まさか。別に深い恨みはありませんよ」


 マインは肩をすくめ、事務的に答える。


「ただ命令だったから行っただけ。村を壊滅させ、『勇士協会は何をしているんだ』と世論を誘導し、協会への不信に繋げる。それだけです」


 それだけ?

 たったそれだけの理由で、村一つを消そうとしていたのか。

 その言葉の軽さに、吐き気が込み上げてくる。


「……何のためにそんな事をする。何をしようとしている?」

「権謀術数だよクギョウ教官殿。私の所属する組織が、勇士協会を邪魔に思っているだけの話さ」


 マインは視線をクギョウ教官へと移し、ペラペラと語りだした。


「間者として内部から勇士協会の評判を下げ、ひいてはサラマドリアの国力低下に繋げる。それが私の任務です」

「組織、だと……?」

「まさか、『教団』か?」


 思わず俺の口から漏れた単語に、マインの動きがピタリと止まる。

 糸目がわずかに開き、その奥から爬虫類のような瞳が俺を射抜いた。


「へえ。君、面白いことを知っているね」


 図星か。

 エーテリス邪竜教団──邪竜と呼ばれる竜を信仰し、復活を目論む組織。学園を卒業し、最初に敵対する中ボス的な立ち位置にある。

 まさか、マイン教官がその構成員だったなんて。原作知識を持つ俺ですら知らなかった事実だ。


「おい、マイン」


 低い、地を這うような声が響く。

 クギョウ教官が、怒りを押し殺した表情でマインを睨みつけていた。


「てめえの受け持ちの生徒はどうした」


 マインの班の生徒たちがいない。この状況で、マイン一人だけがここにいる意味。

 マインはわざとらしく「ああ」と声を上げ、悲しそうなフリをした。


「残念ながら、事故に遭ってしまいましてね。全員、このキュクロープスの餌になってしまいましたよ」

「──ッ!」


 クギョウ教官の額に青筋が浮かぶ。

 ブワッ、と濃密な殺気が広がり、空気が震えた。


「スパイだかなんだか知らねえが……姿を現してベラベラ喋ったのは失策だったな。五体満足で帰れると思うなよ」


 教官が剣を抜く。クギョウ=トウザという男は、本来勇士学園の教官になど甘んじていい存在ではない程の、作中最強格のキャラだ。

 マインに裏があったとしても、彼が本気になれば、マインなど瞬殺だろう──だが、マインは余裕の笑みを崩さない。


「おやおや。教官にスパイがいたと報告するのですか? それは協会にとっていい恥さらしですねえ」

「……なに?」

「それに、ここで私とやり合いますか? このキュクロープスの拘束を解けば、そこの可愛い生徒さん達は全滅でしょうね。お荷物を守りながら戦えるんですか?」


 マインの視線が、俺達──特に俺を守るように立っているメイザーに向けられる。

 その目は、獲物を値踏みするような、粘着質な熱を帯びていた。


(こいつ……わざと姿を現したのか?)


 本来なら姿を見せる必要はない。だが、マインはあえて俺達の前に現れた。

 勇士学園の教官に、生徒を死に追いやった裏切り者がいたと報告しても、問題ないからだ……というか、それが思う壺なんだ。

 勇士協会は身内の不祥事を見抜けなかった無能集団として世間に叩かれ、信頼が地に落ちる。かといって報告しなければ、マインの悪行は止まらない。

 既に犠牲者も出てしまってる……最悪だ。


「チッ……挑発するためにわざと現れたのか」

「まあ、挨拶ですよ。面白い『原石』も見つけられましたしね」


 マインがパチンと指を鳴らす。

 すると、キュクロープスの巨体が黒い霧に包まれ始めた。


「待て! 逃がすかよ!」


 クギョウ教官が踏み込むが遅かった。刹那の時の中、マインの歪む口角から、確かにそれは聞こえていた。


「また会いましょう。クギョウ教官殿──」


 マインとキュクロープスの姿が、黒い霧となって溶けていく。

 闇魔法による転移。物理的な干渉を無視して消え去るその術に、音速を超えるはずの教官の剣は空を切った。


「クソッ……闇魔法か!」


 教官が悔しそうに地面を殴りつける。

 静寂が戻った森に、俺たちの荒い呼吸だけが残された。

 逃げられた。最悪の敵に、顔と名前を覚えられたまま。


「……あ」


 俺は消え去った空間に向かって、大事なことを思い出し叫んだ。


「待てえ! メイザーの魅了魔法解けって〜!」


 俺の悲痛な叫びは、虚しく森にこだまするだけだった。

 

「……ヒョウガ様。敵はいなくなりました。さあ、私がお守りします♡」

「だめだこりゃ……」


 マインの脅威は去ったが、俺の貞操の危機は去っていなかった。


「クギョウ教官、どうしますか……? 協会に報告しなくちゃ……」

「……クソ、いい恥さらしだな。協会認定の教官が工作員だったとは。とりあえず帰るぞ。忙しくなりそうだ」

 

 俺達は重い空気を背負ったまま、学園への帰路につくことになったのだった。

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