#4 転生後はどうやらハードモードのようです
学園から離れた町の郊外。クギョウ教官に連れられ、俺達は人気のない路地をひたすら進む。
「なあ、オッサン。実技試験って何すんだよ? なんで学園の中でやんねーんだ?」
「実技は外で行う。安心しろ、死なせはしねえよ。あと、クギョウ教官な」
町の喧騒からは外れた静かな区画。辺りを見渡すと、枝のようにやせ細った子供や座って俯く老人など、その寂れ具合が顕著になっていく。
「ここ、なんだか怖いですよう……」
狭い路地裏へと肩を滑り込ませながら、その薄暗い通路へと入っていく。
油と鉄屑に塗れた裏路地。俺達が目にしたのは、少し開けた広場で、羽虫のたかるゴミ溜めを漁るやせ細った子供だった。
「あ、子供が……」
「ひでえな! なんで町の奴らはこういう子供を助けないんだ!?」
「これがスラムってもんだよヒヨガキ。大都市の栄光に隠された影の部分。一部の貴族や商人に集中する富、税金を貪る領主……政治なんてそんなもんさ」
虚ろな瞳で、一心不乱にゴミ溜めを漁る幼い少年。きっと食べ物でも探してるんだろう……その細い体と乾いた唇を見れば明らかだ。
「いいか? 勇士ってのは世界を見るもんだ。綺麗事ばかりじゃねえ。むしろ、こういう汚え部分に立ち会う事が多いだろう」
「そんな……」
「言っとくが、こんなのまだ生易しい方だからな。お前らはこれから、こういう場面に嫌ってほど出くわすだろう。勇士を目指すなら、その覚悟はしておけよ」
貧困、圧政、奴隷、差別……この漫画の世界は、少年誌故に明確に描写はされていなかったが、設定資料集などを見るとかなりダークな世界なのが伺える。
キャラの明るさやギャグ回の多さで隠れてはいるが、ストーリーも基本的に暗いからな……死人も海外ドラマかってくらい多いし。
教官はこういう現実を見せる為に、外で実技を行ったのかもしれない。日本という温室で育った俺にとって、こうして実際にその場面を目撃すると、かなりくるものがある。
「ん……」
「え……?」
俺の手は自然に動いていた。何故かポケットにあったのは、小袋に入ったドライフルーツ。それを子供に差し出す。
そういや、ヒョウガの好物だったか。ヒョウガなら絶対こんな事はしないが、今の俺は違う。
「……!」
子供は俺から小袋を奪うと、そのまま奥へと駆け出していった。なんだ、意外と元気そうじゃん。
「あ、行っちゃった……」
「……ま、気休めにしかならないだろうが、無いよりはいいだろ」
感謝こそされなかったが、別に求めてもいない。
ああいう子供がいる世界なんて、日本じゃあり得なかったからな……気を引き締めないと。
「いい奴だな、お前。気に入ったぜ!」
俺の肩に手を置くグレン。グレンの『気に入ったぜ!』は旅で出会った人々に言う、口癖みたいなものだ。直接言われるなんて感慨深いなあ。
「……ほう。お前、貴族にしちゃ変わった奴だな。俺が知ってる貴族は、そんな施しなんてしねえぜ」
一部始終を見ていたクギョウ教官は、煙管を咥え直しつつ、意外そうに目を丸くする。
そりゃそうだ、中身は一般市民だし……って、そういえば俺はグレン達と一緒に登校したから、教官とは面識はないはずだが。
「あれ? クギョウ教官、なんで俺が貴族だって?」
「その襟に着けた勲章……そりゃ、ウェンデル執政貴族の証だろ? 大した坊ちゃまじゃねえか」
襟? ああ、この雪の結晶の形をしたバッジか。そういえばそんな設定あったわ。
四大国家の特別な貴族の証……ヒョウガのウェンディール家って、本来めちゃくちゃすごい家なんだよなあ。
「ま、だからって言って特別扱いはしねえがな。ここじゃ貴族も平民もねえ。お前は平等にただの生徒だ。分かったな?」
「はい!!!!!」
「……いい返事だ。ったく、変な貴族様だぜ。従順ならそれはそれでいいがな」
俺の頭をワシャワシャと撫でるクギョウ教官。ああ、褒められた……嬉しい。
グレンとフランは、教官に続いて路地裏を進む。俺も続こうとした時だった。
「点数稼ぎのつもり?」
ずっと最後尾で様子を見ていたメイザーが、俺に冷ややかな視線を送っていた。
毛先を弄りながら、小さく鼻を鳴らすメイザー。
「よりによって貴族と一緒のチームになるなんて。最悪ね」
彼女は俺の襟にある勲章を睨んでいた。実はメイザーが貴族を嫌いになったエピソードは知らない。何故貴族を恨んでいるのかは、明かされていないのだ。
やっぱ庶民にとって、貴族ってのは印象良くないんだろうな。まあ、実際クソみてえなのが多いし、俺も貴族であるヒョウガが嫌いなんだし。
「どうして貴族が嫌いなんだ?」
「あんたには関係ないでしょ」
だろうな。家族が絡んでいるのは示唆されてたけど。やっぱ気になるな。
「どうしたら教えてくれる?」
「そうね……じゃ、私の好きな食べ物でも当ててみて」
どうせ当たらないだろうと、適当にあしらうつもりで無理な問題をふっかけるメイザー。
けど残念だったな。俺は君のスリーサイズまで知ってるぞ。
「アイスクリームだろ? ブルーチェリー味の」
「は……?」
メイザーは驚いた顔を見せる。自分で言った手前あれだけど、味まで当てるのはちょっとキモすぎたな。
流石に動揺するメイザーだったが、やがてバツが悪そうに口を開く。
「……私の家族は、貴族に殺されたのよ」
やっぱそうか……そういう話だよな。
「私の両親はキャラバンの隊商を率いていた。幼い頃は私もよく乗っていたわ。けどある日の移動中に、砂漠の魔物に襲われ隊商は壊滅……でもそれはよくある事よ。最悪なのは魔物じゃなく、同伴していた貴族」
メイザーはグッと拳を握り、下唇を噛みしめる。
「同伴していた貴族は、自分だけが助かるように護衛に指示した。そしてあろう事か貴族は私が乗っていた馬車を切り離し、私を魔物に食わせてその隙に逃げようとしたのよ……それを助けた両親は、私の目の前で食われたわ」
語られたメイザーの過去。両親を目の前で……わざと話させるような内容じゃなかったかも。
メイザーの震えた声で直接聞かされると、漫画で見るよりくるものがある。
「だから私は誓った。あの時の貴族を見つけて殺すと。勇士になるのも、情報が手に入りやすくなるからってだけよ」
貴族全員がそうじゃないんだぞ──とは、今は言えないな。小さい頃の世界なんて親が全てだったはず。その凍りついた心を溶かすのは、復讐しかないのかもしれない。
「おーい、お前ら何やってんだ? 早く来いよ」
「ああ。行こうぜメイザー」
「……命令しないで」
原作ならば、この後はオーグリンと呼ばれるゴブリンっぽいモンスターの討伐依頼を受ける事になる。
「そうだ、この中で魔法を使えるものは?」
魔法──正式には『魔竜式法』と呼ばれる術式。
それは、この世界に存在すると言われる『魔竜』と呼ばれる存在から力を借り、その属性エネルギーを現世へと召喚する魔術だ。
魔竜から直接的に力を借りる訳ではなく、空気中に漂う魔竜の力を操る事を指す。基本属性は、炎・水・風・地の4つ。
「……」
「……誰もいないな?」
もっとも、この世界で誰もが魔法を使えるわけではない。現代の人類には、ごく微量の魔力しか宿っておらず、それだけでは魔法を発動するには足りない。魔竜の残滓を捉え、その属性を自在に操る術を身につけなければ、火ひとつ灯す事さえできないのだ。
さらに厄介な事に、使える属性は生まれ持った才能に大きく左右されるという。わずかな魔力と個人の資質──すべては先天的な素質に依存している。だからこそ、使い手は少ない。だが一度でもその力を手にした者は、間違いなく最強の存在となる。
「ヒョウガ、お前はどうなんだ? 貴族なんだし」
「え?」
全員の視線が集まる。
やっべえどうしよう……俺って魔法使えるのか?
いや、ヒョウガは現時点でも使えるよ勿論。水魔法の上位魔法である氷を、自由自在に操る天才魔法使いだから。でも今の中身は凡夫の俺。
作中じゃ簡単に出してたけど、魔法の出し方なんて分からねえぞ……でも、ウェンディール家の貴族が魔法使えないなんてあり得るのか?
「うん? なんだ使えないのか?」
「え? あの……い、いや……」
「まあいい。ヒヨガキに魔法なんて期待はしてねえ」
苦笑いを浮かべるクギョウ教官に、俺は何も言えなかった。
皆で平原を歩く中、こっそり手をかざしてみたりもしたが……氷なんて出るわけもなく。
魔法の出し方も分からないままキュクロープス戦なんてハードすぎるぞ。
「さあ、とっとと行くぞ。俺から離れるなよ、ヒヨガキ共」
教官は行き先も告げぬまま、街の外へと俺達を先導していくのだった。
歩く事数時間──そろそろアキレス腱が爆発しそうだ。皆すげえな……息を切らしてるのは俺だけだ。
徒歩の移動が当たり前の世界じゃ、こんな長距離移動なんて日常なんだろう。チャリや電車で移動してた俺にとって、慣れるのはまだ時間かかりそうだ。漫画だと2ページくらいで終わる描写なのに、普通に歩いてるだけでとんでもない労力だ。
いや、こんなんでへこたれちゃダメだな。俺は歩んでるのは第二の人生なんだ。これが生きているという事なんだから。
「……辛そうだな。貴族の坊っちゃんに徒歩は酷だったか?」
「教官……す、すみません……」
体力はある方だったはずだが、思ったより足のダメージがすごい。コンクリートで舗装されてない土道がこんなにも辛いとは……俺は暫く、息を整える事しか出来なかった。
「ははは! 大丈夫かよ? もっと体力つけねーとこの先やべーんじゃね?」
「ちょっとグレン! ヒョウガ君は温室育ちの貴族なの! 体力ないのは仕方ないでしょ?」
フラン……そういうフォローが一番傷付くんだぜ。




