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#34 さよなら勇士学園

 地下牢のドラスフィル詣では、結局のところ徒労に終わった。

 毎日通えというクギョウ教官の命令に従い、俺とメイザーは足繁くあの血塗られた地下室へ通ったのだが、彼女はのらりくらりと核心をはぐらかすばかり。

「あら坊や、もう帰るの? お姉さん寂しいわあ♡」

「私のスリーサイズ? 教えてあげてもいいけど……代わりにあの子(メイザー)の恥ずかしい秘密を教えてくれたらね?」といった具合で、まともな情報は得られなかった。ただ精神を摩耗させるだけの1ヶ月だったと言っていい。

 その間、俺達は各々特訓に励んだ。

 来るべき最終試験、コロシアムでの決戦に向けて。

 グレンは炎の出力を上げ、フランは風の制御を極め、メイザーは精神的な脆さを克服し、俺は……原作知識と魔法の融合をさらに推し進めた。

 そして今日、ついに決戦の日──のはずだった。


「──以上をもって、君ら8名を勇士と認め、本校の卒業を認定する」


 学園長室。重厚なデスクの向こうで、学園長が厳かに告げた。

 俺達クギョウ班の4人と、シキ班のハル、ナツキ、マフユ、レイジマンの計8名は、キョトンとした顔で並んでいた。


「……は?」


 誰かの間の抜けた声が漏れる。多分俺だ。


「じーさん。最終試験のトーナメントは?」


 グレンが身を乗り出す。

 学園長は書類に判を押しながら、さらりと言った。


「行わん。中止じゃ」

「はあああああ!? なんでだよ! 俺戦うの楽しみにしてたんだぞ! 試験やるって嘘ついたのか!」

「強いて言えば、受けると頷くのが試験じゃのう。君達は勇士の世界を……現実を見てきたはず。その辛く険しい世界に足を踏み入れる覚悟があるのか、知りたかっただけじゃ」


 俺は平静を装って相槌を打ったが、内心では絶叫していた。


(嘘だろおい! 全カット!? 修行編からのトーナメント編って少年漫画一番の盛り上がり所だろ! 俺とグレンの熱い決闘は!? 友情と拳の語り合いは!?)


 俺の脳内で組み上げられていた最高の演出がガラガラと崩れ去っていく。

 こんなあっさり終わるのかよ……!


「不満そうな顔じゃのう」


 学園長は好々爺の笑みを浮かべ、窓の外へ視線を向けた。


「必要ないのじゃよ。第1試練、第2試練……そして先日の『インフェルの悪夢』。あの死線を潜り抜け、民を守り抜いた君らの働きは、コロシアムでの見世物試合などより遥かに価値がある」

「それは……」

「命を賭して守るべきものを守った。その覚悟と実力は、既に世界で通用するレベルにあると判断したのじゃ」


 学園長は立ち上がり、俺達一人一人に卒業証書を手渡していく。合格は嬉しいが……複雑だな。


「よいか、子供達よ」


 全員に行き渡ったところで、学園長は杖をつき、彼方を見据えるように語りかけた。


「勇士という肩書など、ただのきっかけに過ぎん。大切なのは、君達がその力でこれから何を成すかじゃ」

「何を成すか……」

「世界を見るといい。広大で理不尽で、美しい世界を。その足で歩き、その目で確かめ、己の魂に従って生きるのじゃ。卒業、おめでとう」


 学園長の言葉は、短くも温かく、俺達の背中を押してくれた。


「正規の学園で認定証をもらった者は、勇士の手続きにも融通がきく。この後、イグニスにある協会の支部へ行って手続きをするといい。晴れて『黒紋』の勇士として登録されるはずじゃ」


 学園長室を辞した俺達は、中庭のベンチに座り込んでいた。

 春の風が吹き抜ける。

 手元には卒業証。明日からはもう、この学園の生徒ではない。

 あまりにあっけない幕切れに、実感が湧いてこなかった。


「……終わっちまったな」


 グレンがベンチの背もたれに体を預け、空を見上げる。


「なんかこう……もっと派手なフィナーレがあると思ってたんだけどな。俺がヒョウガをボコボコにして優勝! みたいな」

「逆だろ。俺が勝つ予定だったんだよ」


 フランが証書を大事そうに抱きしめて微笑む。

 メイザーは無言で、しかし力強く証書の文字を見つめていた。


「……ねえ。私達、本当にこれで勇士になれるのかしら」


 メイザーがポツリと漏らす。


「授業も試験も終わった。ここを出たら、もう守ってくれる先生もいない。全部、自分の責任になるのよね」


 その言葉に、空気が少し沈む。

 プロの世界。死と隣り合わせの日常。

 俺達は本当にやっていけるのか? マインのような化け物が跋扈する世界で。


「……浮かねえ面だな、ヒヨガキ共」


 不意に、聞き慣れたしゃがれ声が降ってきた。

 見上げると、中庭の木の枝に、クギョウ教官が座っていた。

 いつものように紫煙をくゆらせ、気だるげに俺達を見下ろしている。


「教官……」

「めでたく卒業したってのに、なんだそのツラは。お通夜か?」


 クギョウ教官は軽やかに枝から飛び降り、俺達の前に立った。

 その威圧感は相変わらずだ。だが、どこか憑き物が落ちたような穏やかさも感じる。


「俺達……これからどうすればいいのか、少し不安で」


 俺が正直な気持ちを吐露すると、教官は「ハッ」と鼻で笑った。


「どうすればいいだァ? そんなもん、いちいち人に聞いてんじゃねえよ」

「え?」

「いいか。お前らはもう学生じゃねえ。テストの解答用紙みたいに、決まった正解なんてどこにも転がっちゃいねえんだ」


 クギョウ教官は煙管を懐にしまい、俺達一人一人の目を強く見据えた。


「右に行くも左に行くも、止まるも進むも、全部テメェで決めろ。誰かの指示を待つな。誰かの敷いたレールの上を走って安心するな。それは『家畜』の生き方だ」


 教官の言葉が熱を帯びる。


「勇士は違う。道なき道を切り拓くのが仕事だ。泥を啜ろうが、誰に指差されようが、自分が『こうだ』と信じた道を突き進む……それが強さってモンだろ」


 その言葉は、雷魔法のように俺の心臓を貫いた。

 原作知識に頼り、シナリオをなぞろうとしていた俺への戒めのようにも聞こえた。


「俺から見りゃ、テメェらはまだまだケツの青いヒヨッコだ。実力も覚悟も足りてねえ」

「うぐっ……」


 クギョウ教官は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「だがな。その翼はもう飛べるように出来てる。世界は広いぞヒヨガキ共。美味いモンもあれば、クソみてえな地獄もある。選択肢は無限だ。好きな場所へ行って、好きなように暴れてこい」


 そして、教官は背を向け、片手をひらりと挙げた。


「絶対に驕るな。常に疑え。そして──せいぜい、死ぬんじゃねえぞ」


 短く乱暴で、けれど最高に温かい餞の言葉。

 それが、雷神クギョウからの卒業証書だった。


「……ッ!」


 俺は弾かれたように立ち上がり、その背中に向かって深く頭を下げた。


「短い間でしたが……ありがとうございましたッ!!」

「あー、うるせえ。さっさと行け」


 教官は振り返らなかった。

 その背中が滲んで見えるのは、春霞のせいだけじゃないだろう。

 俺達は顔を上げた。不安は消えていた。あるのは、これから始まる未知への高揚感と固い決意だけ。


「行こうぜ。俺達の伝説の始まりだ!」


 グレンが拳を突き出す。

 俺、フラン、メイザーもそれに拳を合わせた。


「ああ。行こう!」


 俺達は校門をくぐり、振り返ることなく歩き出した。

 イグニス勇士学園。俺達が最強のパーティーとして生まれた場所。

 その門が背後で遠ざかっていく。

 さようなら短い学生時代。

 そしてこんにちは──過酷で残酷で、最高に自由な『勇士』の世界。


 俺達の冒険は、ここから本当の意味で始まるのだ。

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