表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/34

#33 囚われし美女

 インフェルの悪夢から1週間。

 学園は休校となり、束の間の休日が訪れていた。

 俺は男子寮の自室のベッドに寝転がり、天井のシミを見つめながら物思いに耽っていた。


(……シキ教官の葬儀も終わった。けど、何も終わっちゃいない)


 平和ボケした日常が戻りつつあるが、俺の心は鉛のように重い。

 原作よりも早い段階で動き出した教団。クギョウ教官すら殺しきれなかった捕虜。そして、俺が開けてしまったパンドラの箱──考えるべきことは山積みだ。

コンコンっと、不意に窓ガラスを叩く音がした。

 ん? 窓?

 俺は体を起こし、訝しげにカーテンを開ける。


「……うおッ!?」


 そこには、窓枠に器用に張り付いた男がいた。

 咥え煙草の紫煙をくゆらせながら、不機嫌そうに蹲踞の姿勢でこちらを睨んでいる。クギョウ教官だった。


「よお。開けろ」


 俺は慌てて鍵を開ける。教官は「よっこらせ」と土足で部屋に侵入してきた。


「おいヒョウガ。今からメイザーを連れて地下室へ来い」

「は? 地下室? なんでまた急に……」

「いいから来い。グレンとフランには言うなよ。お前ら2人だけだ」


 教官はそれだけ言うと、用件は済んだとばかりに窓から飛び降りていった。

 シュタッ、という着地音が聞こえる。あの、ここ3階ですけど……忍者かよ。

 俺は女子寮へ向かい、メイザーの部屋をノックした。


「メイザー、俺だ。ちょっといいか?」


 返事がない。留守か?

 鍵はかかっていなかったので、少し隙間を開けて中を覗く。


「ヒョウガ様……私と、私と……」

「…………」


 部屋の中央で、メイザーが背中を向けて座っていた。

 彼女の手には、2つの手作り人形が握られている。

 一つは、ツンツン頭の水色の髪をした男の子。もう一つは、長い青髪の女の子。

 彼女は人形の顔同士をコツコツと合わせ、裏声を使って一人芝居に興じていた。


「いやんヒョウガ様ったら大胆♡」

「……何やってんだメイザー」


 俺が声をかけると、メイザーの肩がビクゥッ! と跳ね上がった。


「ひょ、ひょひょ、ヒョウガ様ッ!?」


 バッ! と振り返ったメイザーの顔は、熟したトマトのように真っ赤だった。

 人形を背中に隠して、しどろもどろになる。


「ご、ごめんなさい気付かなくて……」


 俺は聞かなかったことにして、クギョウ教官からの呼び出しを伝えた。

 人形を使ってキスなんて乙女すぎる……重い。愛が重いよメイザーさん。

 俺達は学園の地下深く、厳重な封印が施された特別区画へと降りていった。カビ臭く、冷たい空気が漂う通路の奥で、クギョウ教官が待っていた。


「来たか」

「教官、用件ってのは……?」

「捕虜の女だよ。そいつがお前ら2人と話したいと言ってきやがった」


 クギョウ教官は忌々しげに舌打ちをする。


「警告しておくぞ。絶対に飲まれるな。あいつは言葉だけで精神を汚染してくる。何かあったら俺がすぐに介入するが、基本的には手を出さん。それが条件だからな」

「……分かりました」


 重厚な鉄扉のロックが、いくつもの音を立てて解除される。

 ギギギ……と扉が開いた瞬間、鼻をつくような鉄錆の臭いが溢れ出した。


「うっ……」


 俺とメイザーは思わず口元を覆った。

 部屋の中は──凄惨だった。

 床、壁、天井に至るまで大量の鮮血が飛び散っている。拷問部屋? いや、クギョウ教官がそこまでするとは思えないし。

 その血の海の中心に、一脚の椅子が置かれていた。


「あら、いらっしゃい♡」


 そこに縛られていたのは、傷一つない絶世の美女だった。

 赤紫の縦ロール。妖艶な真紅の唇。豊満な肢体を強調するようなボンテージ風の衣装。

 部屋中の血が彼女のものだとしたら、彼女は既に致死量の血を流しているはずだ。

 なのに、彼女の肌は滑らかで、切り傷一つ存在しなかった。

 不謹慎にも、その美貌に俺は息を呑んだ。

 彼女はゆっくりと顔を上げ、長い睫毛を揺らして俺を見た。


「意外と可愛い顔してるのね。まだ子供じゃない……食べちゃいたい♡」


 ペロリと舌なめずりをする。その仕草だけで、脳髄が痺れるような色気が放たれる……すごい女性だ。


「この女が……マインと同じ組織の幹部?」


 メイザーが警戒心を露わにする。

 女はメイザーを一瞥し、俺に向けて微笑む。


「ねえ坊や。この縄ほどいてくれない? お姉さんとキモチイイことしましょ♡ 手取り足取り教えてあげるわよ♡」

「なっ……!」


 彼女が誘惑した瞬間、メイザーの表情が一変した。

 警戒心から、剥き出しの嫌悪感へ。


「なんなのこの淫乱女は……! ヒョウガ様、耳を貸してはいけません! 汚らわしい!」


 俺はメイザーを制しつつ、心の中で情報を検索していた……知ってるぞ、この女。

 原作にも登場した敵キャラだ。出番は3話程度しかなかったが、そのエロス溢れる強烈なキャラクターで、読者の間でカルト的な人気を博したキャラだ。

 アルドール邪竜教団の神官──ドラスフィル。人気投票26位。回復魔法のスペシャリストにして、不死身の肉体を持つマゾヒスト!

 原作ではウェンデルでフランと戦い、フランを精神的に追い詰めた難敵だ……まさかこんな所で会うとは。


「何の用だ?」


 俺は努めて冷静に尋ねた。

 ドラスフィルはつまらなそうに頬を膨らませ、次いでニヤリと笑った。


「用があるのは私じゃないわ。そっちでしょ? 扉を開けたのは、あなたね?」

「……そうだとしたら?」

「ふふっ、素直でいい子ね」


 ドラスフィルは嬉しそうに身をよじった。


「お礼を言いたかったのよ。あなたのおかげで、我々の『第一の目的』が達成できたわ。あの扉、教団総出でも全然開かなかったから困ってたのよ。おかげで無事に『回収』できたわ。ありがと♡」

「……ッ!」


 回収……その言葉に、最悪の想像が確信に変わる。

 10階層の空洞。そこに何かが封印されていた?

 クソ……俺が開けたせいで、奴らはそれを手に入れたんだ。一体なんだ? 何があそこに眠っている!?


「何を見つけた? 目的は何だ?」

「あら、それを聞くの? 野暮ねえ」


 ドラスフィルは口元に指を当て、悪戯っぽく笑う。


「具体的なことは内緒……でも、いいことを教えてあげる」


 彼女の雰囲気が一変した。

 甘ったるい空気が消え、底冷えするような殺気が部屋を満たす。


「このまま勇士の道を進むのなら……あなた達は、必ず破滅するわよ」

「……!」

「勇士協会というシステム自体が、世界を歪める元凶なの。あなた達はその歯車として、使い潰されるだけの運命」


 真剣な眼差し──それは嘘やハッタリには見えなかった。

 メイザーは「戯言ね」と鼻を鳴らしたが、俺は内心否定できないでいた。

 原作のラスボス……そして教団の目的である世界の変革。視点を変えれば、彼らなりの正義があるのかもしれない。


「だからさぁ?」


 ドラスフィルはパッと顔を緩め、満面の笑みを浮かべた。


「二人とも、こっちに来なさいよ。大歓迎するわ。坊やは特別幹部待遇、そっちの娘も可愛いから可愛がってあげる♡」

「あり得ないから」


 メイザーが即答する。


「私達は勇士を目指す者。貴様らのようなテロリストに与するつもりは毛頭ないわ」

「つれないわねえ……フフ、でもおねえさん分かってるのよ。あなたには闇の素質がある。光がある所に必ず闇があるように、闇は決してあなたを離さない──」


 ドラスフィルは甘い言葉で揺さぶりをかける。

 だが、俺達の意志は固い。


「断る。俺達は俺達のやり方で、世界を守る」

「あら残念。まあ、焦らなくてもいいわ」


 ドラスフィルは艶然と微笑んだ。


「また明日いらっしゃい。ここ、退屈で死にそうなの。仲良くなったら……坊やが知りたい『秘密』も、少しは教えてあげるかもよ?」

「……っ」


 俺達は逃げるように面会を終え、地上に戻った俺達はクギョウ教官に全てを報告した。


「……なるほどな。勧誘か」

「はい。あと、やはり扉の奥にあった『何か』を回収したことは認めました」

「チッ、面倒なことになりやがって」


 クギョウ教官は煙管を噛んだ。


「だが、パイプが繋がったのは好機だ。あいつは情報を餌にお前らを誘惑するつもりだろうが……逆もまた然りだ」

「え?」

「お前らなら、あいつから情報を引き出せるかもしれん……面倒だが、毎日あの女のところへ通え」

「ええ……マジですか」

「毒を食らわば皿までだ。とことん利用してやれ」


 まさかの定期面談という任務を課せられてしまった。

 メイザーは「あの女と毎日会うなんて……」と露骨に嫌な顔をしているが、背に腹は代えられない。

 昼食の時間。

 俺とメイザーは、食堂でグレン、フランと合流した。


「おうヒョウガ! どこ行ってたんだよ、探したぜ!」

「悪い悪い、ちょっと野暮用でな」

「野暮用ってデートか? お前ら仲いいな〜」


 グレンがニヤニヤ笑い、フランが「グレンったら!」と怒る。いつもの平和な光景。だが、話題はすぐに真剣なものへと変わった。


「そういえば聞いた? 最終試験の日程が決まったらしいよ。来月だって。中止になった試験を最終まで残ったメンバーだけでやり直すみたい」

「来月……か」

「ギョーザ先生は、焦らず次の試験まで修行するのも手だぞって言ってたけどな〜。俺は修行してもいいかなって思ってるが──」


 俺は箸を止めた。

 原作では、この事件の後、ほとぼりが冷めるまで3年間の修行期間が設けられた。

 グレン達はその期間を経て成長し、満を持して勇士になったのだ。

 だが、今回は違う。事態は切迫している。


(3年も待っていられない)


 教団は動いている。原作ではあり得なかった、次の手を打ってくるだろう。

 悠長に学生生活を送っている場合じゃない。権限と力を手に入れ、世界を飛び回る必要がある。


「……受けるぞ」

「え?」

「俺は来月の試験を受ける。そして最短で勇士になる」


 俺の決意に、3人は驚いた顔を見せた。


「お、おいおい、急だなヒョウガ。自信あるのかよ?」

「あるさ。それに……世界は待ってくれない気がするんだ」


 俺の言葉に、グレンは少し考え込み──やがて、ニッと白い歯を見せた。


「気に入ったぜ! なら俺も乗る! 俺達4人で、最短記録作ってやろうぜ!」

「ふふ、そうだね。僕達ならやれるよ!」

「ヒョウガ様が行くなら、地獄の果てまで」


 フランとメイザーも頷く。

 運命の歯車が、加速していく音が聞こえた。

 原作崩壊上等だ……ここからは、俺達がシナリオを作る番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ