#30 死ぬ運命を救え!
上空──世界が二色に分断されていた。
全てを焼き尽くさんとする漆黒の業火と、万物を凍てつかせる絶対零度の蒼氷。
「ハハッ! 流石は元五紫星、老いてなお盛んですねえ」
マインが翼竜の上から腕を振るう。
彼の手元から放たれたのは、黒炎で形成された無数の槍だった。空気を焦がし、空間を歪めながら殺到する凶器の雨。
対する学園長は、空中に足場となる氷を作り出し、最小限の動きでそれを躱す。
杖を一閃──空間に描かれた氷の軌跡が、迫り来る黒炎の槍を弾き飛ばし、さらにカウンターの氷柱がマインへと襲いかかる。
「おっと」
マインは翼竜を乗り捨てて跳躍し、空中で身を翻して回避する。
翼竜は氷柱の直撃を受け、悲鳴をあげる間もなく氷塊へと変わり、地上へと落下していった。
「……ふむ」
学園長は空中に氷の足場を作り、静かにマインを見据えた。
「魔法の密度がなってないのう。実にぬるい炎じゃ」
「ぬるいですか……私の黒炎はダイヤすら溶かすんですが。手厳しいですね」
「闇の力に心酔するあまり、通常の魔法構築がお粗末すぎる。それに、お主が使う移動魔法や魅了魔法……あれらは練り上げた策略の中で使用してこそ脅威じゃが、こうした正面からの力比べになると実に脆い」
学園長の言葉は的確だった。
マインの強さは、その異質な魔法と狡猾な知略にある。だが、純粋な魔力出力と技術の勝負になれば、『凍賢神』と呼ばれた伝説の勇士に一日の長がある。
「お主、何が目的じゃ? 単なる愉快犯にしては手が込みすぎておる」
学園長の問いに、マインはふっと笑った。
空中にふわりと浮遊しながら、道化のような仕草で肩をすくめる。
「確かに……私の移動魔法は連発できませんし、魅了魔法も精神力が強靭なあなたには通用しないでしょう。正面からやり合えば、分が悪いのは認めますよ」
マインの瞳が、爬虫類のように細められた。
「けれど……私の力を行使する必要などない。私はあなた達『勇士』という生き物の決定的な弱さを知っているのですから」
マインが指を鳴らす。
瞬間、彼の手のひらに圧縮された、太陽のように巨大な黒い火球が出現した。
それを投げる──学園長に向けてではない。
遥か眼下、必死に魔物と戦っている生徒や、逃げ遅れた一般人がいる区画に向けて。
「なっ……!」
「守りたいんでしょう? 未来ある若者たちを」
卑劣。だが効果的だ。
学園長は即座に反応した。マインへの攻撃を中断し、急降下して火球の落下点へと割り込む。
「むぅんッ!!」
学園長が杖を掲げると、空中に何重もの分厚い氷の盾が展開された。
黒炎が氷盾に激突し、凄まじい爆発音が轟く。
黒と蒼の魔力が拮抗し、火花を散らす。
学園長は歯を食いしばり、全魔力を注ぎ込んで爆発を相殺しようとする──その時だった。
パリン──黒炎の圧力に耐えきれず、氷の盾に亀裂が入る。
そして、砕け散った氷の欠片の中から──黒い影が飛び出した。
「──隙あり」
マインだ。
自ら放った火球の爆風に紛れ、肉薄していたのだ。
手には、黒炎を圧縮して作ったノコギリのような刃が握られている。
「……ッ!」
学園長が反応するよりも速く、炎の刃が眼球スレスレに迫る。
ドゴォォォォォォォォンッ──!! 直撃する。上空で大規模な爆発が起こり、黒煙が視界を覆い尽くした。
「やれやれ……火遊びとは、悪戯好きにもほどがある。とんだ悪童じゃのう」
煙の中から、呆れたような声が響いた。
風が吹き、煙が晴れる。
そこには、マインの炎の刃を『片手』で受け止めている学園長の姿があった。
上半身の白いコートと服は焼け焦げ、消し炭となって剥がれ落ちている。
露わになったのは、老人のものとは思えないほど鍛え上げられた肉体だった。
岩石のように隆起した筋肉。無数に刻まれた古傷。その背中は、歴戦の勇士としての歴史そのものだ。
筋肉の鎧は、マインの黒炎ですら焼き尽くすことができなかったのだ。
「……化け物め」
マインは冷や汗を流し、バックステップで距離を取った。
服の塵を払いながら、学園長は鋼のような肉体を誇示するように胸を張る。
「私の炎は児戯ですか……そこそこの攻撃のつもりだったんですがね」
マインは苦笑しながらも、その余裕を崩さない。
「ですが証明された。あなた達勇士の弱さはそこにある。守るものがある者ほど弱いものはない。今の攻撃も、自分だけなら余裕でかわせたはずだ」
「……ふん」
「情愛、責任、使命……そういった美しい言葉で飾られた鎖が、あなた方の手足を縛り、判断を鈍らせる。滑稽ですねえ」
マインの持論に、学園長は静かに首を振った。
「若造が。知ったような口を利くでないわ」
学園長は拳を握りしめる。
「誰しも、守るものという名の『枷』を抱えて生きておる。それは弱さではない。地に足をつけるための重りじゃ」
「枷、ですか」
「お主だって、その歪んだ教団の使命という『枷』を抱えておるじゃろう? 何も守るものがない……何も背負っておらん者など、この世には存在せんよ」
諭すような口調。
それは敵に対する言葉ではなく、道を踏み外した教え子を導く教育者の響きだった。
マインは一瞬、虚を突かれたように目を丸くし──やがて、肩を震わせて笑い出した。
「くっ、くくく……いやはや、説教ですか。あなたにとって私は、まだ戦うに値しない童に見えますか」
マインは顔を上げ、冷たい瞳で学園長を射抜いた。
「興醒めですね。対等な敵ですらないとは」
「……」
「まあいいでしょう。この足止めも、魔物の襲撃も、私にとっては『第三の作戦』にすぎない。成功してあなた方が死ねばラッキー程度のことです」
マインの言葉に、学園長の眉が動く。
これだけの大規模な襲撃が、単なるついでだと? と睨む。
「……では、本命の目的はなんじゃ?」
「知りたいですか? ではヒントをあげましょう」
マインは人差し指を立て、足元の遺跡群を指差した。
「この地──インフェル古代遺跡群が、何故『勇士協会発祥の地』とされているか、ご存知ですか?」
唐突な問い。学園長は眉間の皺を深くした。
「……協会の創設者が当時、絶えなかった種族間戦争を止めるため、勇気ある戦士をこの地で募って試験をはじめたからじゃ。それが『勇士』の始まりとされておる」
「教科書通りの回答ですね」
「それ以上の理由は、文献にも残されておらんはずじゃが」
学園長が答えると、マインは嘲るように鼻を鳴らした。
「やはり、あなた方は何も知らない。歴史の裏側を。真実を」
「何が言いたい?」
「1000年前の戦争。人間、エルフ、ドワーフ、オーガ、マーメディ……5つの種族のことも。そして世界を統べる四大魔竜のことも……さらには、その頂点に立つ祖竜エーテリスのことも」
マインがコロシアムのある塔を見上げる。
「この遺跡の形状、よく見てください。円形に広がる闘技場と、天を突く塔……何かに見えませんか?」
学園長は改めて眼下の遺跡を俯瞰する。
円形に広がる遺構。そこから伸びる塔。そして地下深くまで続く迷宮──
「……剣、か?」
「ご名答。この遺構は、巨大な『楔』なのです」
マインは両手を広げ、演説するように語る。
「何かを封印し、決して地上へ出さぬように縫い止めるための封印機構。地下迷宮も、侵入者を阻むための鞘に過ぎない」
「封印……まさか」
「我々はそれを解放する。それが『第一の作戦』です。長年、解き方が分からず困っていたんですがね……ふふっ、とある優秀な生徒が解放してくれたおかげで、無事に回収することができましたよ」
マインはニヤリと笑い、背を向けた。
「第一の作戦は完了。そろそろ、第二の作戦を開始させてもらいましょうか」
「待てッ!」
「ごきげんよう学園長。せいぜい長生きしてくださいね。世界が闇に包まれるその時まで──」
マインの姿が蜃気楼のように揺らぎ、次の瞬間には完全にかき消えていた。
残されたのは、燃え盛る戦場と深まる謎。
学園長は拳を握り、激戦地へと視線を戻した。
氷の城壁の内側。
そこは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
空からはガーゴイルが飛来し、壁の隙間からは小型の魔物が侵入している。
生徒や教官、そして勇気ある一般人たちが武器を取り、必死の抵抗を続けていた。
「うらぁぁぁっ!」
グレンの拳が魔物を吹き飛ばす。
フランの風魔法が敵を切り刻む。
だが、数は減らない。それどころか、マインが去ったことで統率を失った魔物たちが暴走し、より凶暴化していた。
「ぐあっ……!」
「足が……足がぁ!」
悲鳴が上がる。
怪我人が続出していた。まだ死者は出ていないが、時間の問題だ。
「はぁ、はぁ……ッ!」
俺は、剣を振るいながら戦場を走っていた。
目の前のゴブリンを切り伏せ、周囲の状況を確認する。
酷い有様だ。原作よりも被害が大きいかもしれない。
(死亡キャラが出ないように……俺が頑張らないと!)
焦燥感が胸を焼く。
原作で死ぬはずのシキ教官、ハル、ナツキ、マフユ。彼らの姿を探す。
彼らは東側の防衛ラインにいるはずだ。あそこは一番魔物の圧力が強い激戦区……ヒョウガがいれば、俺がいれば助かるはず!
「グレン! フラン!」
「なんだ!」
俺は背中合わせになった二人に叫んだ。
「俺はハル達の援護に向かう! あっちが崩壊しそうだ!」
「分かったぜ! ここは俺達に任せろ!」
「ヒョウガ君も気をつけて!」
頼もしい返事を聞き、俺は東へ向かおうとする。
その時、隣に影が並んだ。
「私も行きます、ヒョウガ様」
メイザーだ。返り血を浴びているが、その体に傷はない。
メイザーは、本来ならシキ班に配属されている。原作でメンバーの死亡に関わるキャラだ。マインの標的でもあるし、隠れていてほしい所だが……その目に宿る決意は固そうだ。
「メイザー……頼む!」
「はい!」
俺とメイザーは戦場を疾走する。
目指すは東。死亡フラグが乱立する運命の場所へ。
(死なせない……絶対に!)
俺の脳裏に、原作のシーンが浮かぶ。
あんな未来は御免だ。俺が全てを救ってみせる。
「ハル! 今行くぞ!」
俺の叫びは、轟音にかき消されながらも確かに戦場へ響いた。
アイス・オブ・グレンを見るときは
部屋を明るくして テレビから離れて
ブックマークを押してから見るんだぜ! グレン




