#3 教官まで性転換してたら流石に切腹案件だった
学園の大きな門を潜ると、既に大勢の入学希望者で溢れていた。
城壁に囲まれた大きな広場に、数百人の人影──全員が勇士を目指す若者だ。綺麗に整列するでもなく、ワラワラと試験開始の時を待っている。
「入学試験へご参加の方は、校舎へとお進み下さい!」
突然、前方からくぐもった声が響いてくる。石塔の上から、拡声魔法道具で呼びかけてくる男性──あれは確かマイン教官だ。名前付きのキャラにも関わらず、人気投票で驚異の0票を勝ち取ったモブ中のモブ。
「お、ギリギリセーフみたいだな」
グレンと合流した俺達が到着すると同時に、後ろの門が閉じられる。続いて前方の城門が開くと、人々は続々と城に入っていく。
「俺達も行こうぜ! 試験はなんだ? 誰かぶっ飛ばして強さを証明すりゃいいのか?」
「まずは筆記よ。読み書きはパパ……村長に教わったでしょ? ほら、行くよグレン」
フランはグレンの背中を押し、皆に続いて城へと入っていく。
いよいよ入学試験だ。基本的に落とされる事はないが……その試験内容によって入学後の対応が変わってくる。
勇士学園はクラスではなく、4人でチームを作る。そのチームに教官が1人付く形で、教官指導の下で研鑽を積む。教官が見事、立派な勇士だと認定してくれれば、その時点で卒業だ。
「ヒョウガ君も行こうよ〜」
「あ、ああ」
来る者拒まず、去る者追わず……この勇士学園を去る者は、ほぼ全員が自らの意思で去っている。入学は容易だが、卒業が難しいという場所なのだ。海外の大学みたいな感じだな。
「おい、何やってんだ? 来ないのか?」
「ああ……行くよ」
結論から言おう。筆記試験は死んだ。
だが言い訳をさせてほしい。俺はこの世界の原作知識は誰よりも持っている。女性キャラのスリーサイズから、ラスボスの正体、世界地図まで完璧に頭に入っている。
だが、試験に出たのは『歴代サラマドリア王のミドルネームを答えよ』だの『魔力の含有率算出の計算式を記せ』だの、ファンブックのQ&Aコーナーにも載っていないような一般常識ばかりだったのだ。
現代日本人の俺に、こちらの世界の算数が解けるわけがない。ヒョウガなら軽く突破するだろうに……こりゃヤバい。
「お、ヒョウガじゃねえか。お前、筆記どうだった? 俺は全然ダメだったぜ」
「え? ああ、俺も──」
「もうグレン。ヒョウガ君は貴族なんだよ。あんな子供でも分かる筆記なんて、簡単に解けた決まってるでしょ」
フッ……今の俺はガキ以下らしい。作品の人気No.1の天才キャラが、この世界の小学生レベルの問題も解けないアホとは、なんだか泣けてくる。
「次は教官の元で実技だね。あ、ヒョウガ君も一緒だ」
「え? 一緒?」
「うん。ほら、もらった紙の番号。同じだよ」
マジか。筆記はカスみてえな結果だったはずなのに、原作と一緒でグレン達と同じパーティーになるのか。うーむ……原作でも思ってたけど、やはりどういう基準で振り分けになってるのか分からんな。
「おっと」
「いたっ……」
何かにぶつかってしまう。だがそれはとても軽やかな感触であり、俺が倒れる事はなかった。
足元から聞こえる小さな悲鳴に、俺は人を倒してしまったのだと気付く。
「あ、ごめんなさい」
相手の顔を見る前に、俺は咄嗟に謝りながら手を差し伸べる。
「……」
相手は手を取る事なく、自力で立ち上がった。悲鳴から分かってはいたが女性だった。
片目が長い青髪で隠れた、目付きの鋭い女の子。俺を一瞬睨むと、短いチェック柄のスカートを払い、荷物を整えてその場から去っていく。
「なんだぁ? ぶつかっといて一言もナシかよ。平気か? ヒョウガ」
「……」
「ヒョウガ?」
俺は唖然としていた。彼女を知ってるからだ。
うおおお、マジか! あのメカクレの青髪に、人を殺せるような瞳! 絶対領域の太ももが眩しいクールビューティー! 間違いない──メイザー=フェインだ!
後々に出会う仲間の一人。高密度の水魔法を使う頼れるクールビューティー。人気投票は14位!
まさか今、会えるなんてよ! 興奮しすぎてクールビューティーって2回言っちまった!
「知り合いか? あの野郎……文句言ってくる」
「え? いや、いいよ。ちょっと見かけた子でな」
「ふーん……なんだ、同じ生徒か」
すぐ再会する事にはなるんだけどな。
いやーしかし、なんて美人なんだ……原作でもメイザーは学園一の美少女として描かれていたけど、ぶっちゃけ漫画のキャラの美人って、絵柄のせいで他女子キャラと造形が大差ないし、美人って伝わりにくいんだよな。
けど実物のメイザーを見たら分かる。こりゃ学園一だわ。他の生徒達も、男女問わず完全にメイザーに見惚れている。
「あ、そろそろ指定された教室だよ。同じチームになってよかったね」
「たのもー! 試験を受けに──」
グレンが部屋の扉を開けると同時に、グレンの体は吹っ飛び廊下の壁に叩きつけられる。
「ぐええええ!」
「グレン!」
メキメキと壁にめり込むグレン。うんうん、これも原作通りだ。扉から出てきた人影──前足を突き出しながら、グレンを見下ろしていた。
「いてえ! 何するんだテメエ!」
「まともにノックもできねえのかヒヨガキ」
煙管を咥えた銀髪オールバックの男。顎を覆う髭と、頬に刻まれた歴戦の傷跡。柄の悪い壮年の男が、ギラついた瞳で俺達を睨む。う、うおおおお! この人は〜!
「だ、誰?」
「お前らヒヨガキ共の、教官を担当する事になったクギョウ=トウザだ。よろしくな」
ふうっと煙を宙に吐く男──クギョウ=トウザ教官。本物のギョーザ先生だあ! グレンの生涯の師匠! 人気投票は4位の超人気キャラだ。
やべえ泣きそうだよ……ギョーザ先生に会えるなんて!
「言っとくが俺は優しくねえぞ。奴隷でも、一般人でも、貴族でもな」
俺達を交互に睨み、腕を組んでフンっと鼻を鳴らすクギョウ教官。
この身分差が全ての世界で、人を家柄で判断せず、全員平等に扱うクギョウ教官……かっけえぜ。
「近年、アマチュア勇士の死亡や失踪が相次いでいる。甘い幻想に浸り、本来は危険な職業だという現実を見ていない奴らが多すぎるんだ。だから俺が選別してやる。使えるゴミか、使えないゴミかをな」
「せ、選別……」
「試験で落とされる事はないとタカを括っていたのなら残念。内容次第じゃ、俺は容赦なくお前らを落とす」
今年は甘くないぞと言っているのだろう。主人公チームの教官が他と比べて厳しい人ってのは、やっぱ熱い展開だよなあ。
「試験内容も苛烈だ。絶対無傷じゃ帰れねえと言っておこう。ピクニックのつもりで来たなら、今すぐ帰って家業でも継ぐんだな」
俺達に向かって、そう厳しい口調で吐き捨てるクギョウ教官。だが、ここで言われっぱなしの主人公ではない。
「……へ、上等じゃねえか」
壁から抜け出し、クギョウ教官の前に躍り出るグレン。その瞳に恐れはない。あるのは、燻る事のない闘志の炎だった。
「俺が目指すのは世界一の勇士だ! 世界中を冒険して、世界中の秘宝を見つけ出す! そんで、世界中の人間に俺の存在を思い知らせるんだ!」
グレンは拳を掲げ、そうニヤリを笑みを浮かべる。最果ての村で拾われたグレンは、少年時代に旅の勇士と出会い、その冒険譚を聞いて勇士を目指す。
世界一の勇士を目指して──ただ駆け抜ける。俺は物語を見届けた者として、涙を堪える事が出来なかった。グレンの肩に手を置き、グッとサムズアップする。
「グレン……お前ならなれるさ!」
「お? おう! ありがとよ!」
グレンが言い放った野望に、クギョウ教官は小さくため息を吐く。
「世界一たぁ、こりゃまたとんでもねえバカがやってきやがったぜ。俺の前で大口叩きやがって……口先だけじゃねえだろうな?」
「当たり前だ! どんな試練だろうと乗り越えてやる!」
「ケッ、言いやがるぜヒヨガキ。いいだろう。そこまで言うなら自分自身でチャンスを掴んでみやがれ」
クギョウ教官は煙管の灰を落とし、すっと立ち上がる。
そんな教官に、フランは首を傾げる。
「あ、あれ? もう1人は? パーティって基本、教官を抜いて4人なんじゃ……少ないと色々とまずいんじゃないですか?」
フランの質問に、クギョウは不敵な笑みを浮かべる。
「へっ、何言ってんだ。この学園は少なくなるのが当たり前だろうが」
「ひ……っ!」
この一言だけで、勇士学園の厳しさを物語ってるよなあ。それ程までに勇士の門は狭く、険しい。
「安心しろ。すぐに来る」
その瞬間、扉が開けられ人影が入ってくる。
なんと、それはさっき出会ったメイザーであった。
「……」
「なんだあ? 挨拶くらいしろよ!」
「……何? 話しかけないでくれる?」
グレンを睨み、ぷいっとそっぽを向くメイザー。ツンツンしててかわいいなあ。
「かー、無愛想なヤツ! 大体なんだよその髪型。前見えてるのか?」
「ニワトリのトサカみたいな髪色してる奴に言われたくないわね。失せなさい、鳥頭」
「んだとぉ!?」
険悪な雰囲気になりかけると、俺とフランが同時に割って入る。短期間ながら、お互い理解しているようで……それを察し、俺達は見合って苦笑を浮かべた。俺にとっちゃ10年も見守ってきた存在だから、もう親心みたいなものだ。
「ったくグレン。喧嘩っ早いにも程があるぞ? 初対面の時もいい出会いじゃなかったし、仕方ないのかもしれないが」
「え? アイツと会った事あったっけ?」
この鳥頭が! さっき出会ったばかりじゃねえかよ!
「よし。これで全員集まったな」
ていうか、嘘だろ……原作と違うぞ! 本来はレイジマンっていう別のキャラが一緒のパーティーになるはずなのに。メイザーはもう少し後に登場するはずだぞ。
もしかして、俺が筆記で変な結果を出したから歯車が狂ってしまったのか?
「他のパーティも実技試験を開始している頃だ。さっさとついてこい」
「ほら、ヒョウガ君も行こうよ」
「は、はい!」
こうして、アイス・オブ・グレンの最初の長編である勇士学園編が始まった。
とりあえずやるしかないか……嫌なライバルではなく、グレンを支える相棒として、まずはこの長編を乗り切ろう。
やる事もあるしな……俺は決意を新たに、教官の背中を追うのであった。




