#29 死の気配
学園長の放った極大氷魔法は、押し寄せる魔物の第一波を完全に封じ込めていた。
数百のリュカーオーンが一瞬で氷の彫像と化し、その光景に生徒たちは言葉を失う。
「す、すげぇ……!」
グレンが目を輝かせて叫ぶ。
「爺さん、あんなすげぇ魔法使えたのかよ! めっちゃすげえじゃねえか!」
「ああ……」
俺は震える声で答えた。
イグニス勇士学園の学園長──名前すら明かされなかったサブキャラが、こんな強かったなんて!
原作ではほとんど出番がなかったが、その実力は本物だ!
「……おかしいのう」
氷の塔の上で、学園長が目を細めた。
眼下には、地平線を埋め尽くすほどの魔物の大群。いくら氷漬けにしても、後から後から湧き出てくる。
「魔物が尽きることがない。一体どれほどの数を従えておるんじゃ?」
「学園長! 報告します!」
「東側の壁、損傷率大! 魔物の侵攻を抑えきれません!」
「西側、一部侵入を許しました!」
教官たちが悲鳴のような報告を上げてくる。
数千、数万の軍勢に対し、防衛側は数十人の教官のみ。多勢に無勢すぎる……ヤバいぞ。
「まずいのう……流石にワシでも、壁を維持しつつ四方から雪崩れ込む魔物全てを制するのは、老体には堪える」
学園長は眉をひそめる。
その時──上空から楽しげな声が降ってきた。
「これはこれは、想定外でしたねえ」
見上げると、夜空に浮かぶ真っ白な影があった。
竜のような白い生物の背に乗り見下ろしているのは──細目の男、マインだ。
「まさか元、五紫星──『凍賢神』のあなたが出てくるとは。魔物ではなく私とも遊んで下さいよ。ああ、引退した老人相手では、遊ぶと言うより介護ですかね?」
挑発的な言葉に、学園長はふんと鼻を鳴らした。
元……五紫星!? そんな事実知らないぞ。どんだけつえーんだよあのじーさん!
「久しいのう小僧。耄碌しておるのは否定せんが、気をつけたほうがよいぞ……泣き叫んでも耳が遠くて聞こえんからの」
学園長は塔から飛び降り、俺達生徒の前に降り立った。
マインが指を鳴らすと、空から無数の闇の弾丸が降り注ぐ。
「うおおぉーっ!?」
防ぎ切れないと思ったが……学園長は杖を一振りし、氷の壁を変形させてドーム状の盾を作り出し、生徒達への攻撃を防ぐ。
「おやおや、守ってばかりでは勝てませんよ?」
「ちぃと場所を変えるとしようかのう──」
マインと学園長の戦いが始まった。
伝説級の魔法の応酬──だが、それが意味するのは学園長が、マインに釘付けにされるということだ。
抑えが効かなくなった魔物の群れが、一気に勢いづく。
「うわあああ! 壁が! 壁が登られるぞ!」
「撃ち落とせ! 中に入れるな!」
教官たちが必死に迎撃するが、圧倒的な物量の前に戦線が崩壊しつつある。
ズゥゥゥゥンッ──!! その時、大地が割れるような轟音が響いた。
北側の城壁。ヨルド教官が作り、学園長が氷で補強したはずの鉄壁が、外側からの衝撃でひしゃげた。
破壊された穴から、巨大な手がぬっと現れる。
岩のような皮膚。丸太のような指……う、嘘だろ……!
「俺ッチの壁はともかく、学園長の氷まで破壊するとか……やべ〜……」
壁をこじ開けて侵入してきたのは、体長20メートルを超える単眼の巨人──『キュクロープス』だった。
その一つ目がギョロリと動き、逃げ惑う生徒たちを捉える。
「グルオォァァァァァーッ!!」
咆哮だけで鼓膜が破れそうだ。
Aランクの怪物。今の戦力で止められる奴なんているのかよ……! キュクロープス。多くのキャラを死に追いやった最悪の魔物だ!
俺が絶望に足を震わせた、その時だった。
巨人の一つ目に、紅蓮の炎弾が直撃した。
「グオォウッ!?」
不意の一撃に、キュクロープスがたたらを踏んで一歩下がる。
土煙の中から現れたのは、右腕に炎を纏った少年だった。
「ちっ、効いてねえな……硬すぎだろデカブツ!」
「グ、グレン!?」
グレンは不敵に笑い、巨人の前に立ちはだかった。
「俺が相手だ! かかってこいや!」
「馬鹿者! 何をしている!」
シキ教官が血相を変えて叫ぶ。
「相手はAランクだぞ! 生徒が敵う相手じゃない! 早く逃げなさい!」
シキ教官がグレンの腕を引こうとするが、グレンはその手を乱暴に振り払った。
「離せよ! このままじゃ後ろの一般人が死ぬだろ!」
「っ! しかし……!」
「俺達は勇士になるためにここに来たんだ! 目の前で人が襲われてるのに、尻尾巻いて逃げるのが勇士かよ!?」
グレンの叫びが、戦場に響き渡る。時が止まったように、パニックになっていた生徒達も釘付けになっていた。
「試験前に誓ったはずだろ! 死んでも構わねえって! 俺達全員、その覚悟でここに立ってるんだよ!」
グレンは振り返り、震える生徒たちを睨みつけた。
「お前らだってそうだろうが! ここで逃げて、一生後悔して生きんのか!?」
その言葉に、生徒たちの顔つきが変わった。
恐怖に支配されていた瞳に──炎が宿る。
「……そうだ。僕達だって!」
ハルが一歩前に出る。ナツキとマフユも続く。
「魔法を使える僕達も前線に出る! グレン君だけにいいカッコさせないぞ」
「お、俺達だって!」
リタイア組の生徒たちも、武器を構えて駆け寄ってくる。
「魔法は使えねえけど、サポートくらいはできる!」
「一般人を守るのも勇士の務めだ! まだ見習いだけどな!」
「うおおおおおっ! やるぞお前ら!」
一人、また一人と前線へ躍り出る。
恐怖を勇気に変え、格上の怪物に立ち向かうその姿は、紛れもなく『勇士』だった。
グレンの一言でここまで鼓舞されるなんて──声だけで、言葉だけで勇気が湧いてくる。
これがグレン……これが主人公なのか!
「……はは」
シキ教官は呆然と彼らを見つめ、やがて困ったように笑った。
「子供達だと思っていたのに……いつの間にか、すっかり成長していたんですね」
シキ教官は眼鏡の位置を直し、覚悟を決めた表情で指揮を執った。
「よし! では君達にも前線に立ってもらいます! 魔法を使える者は前へ! 使えない者は後衛へ回り、避難誘導とサポートを!」
「はいッ!!」
「魔物は必ず4人以上で挑むこと! 単独行動は厳禁です! 危なくなったら即時撤退するように! いいですね!」
「了解!!」
グレンが拳を突き上げる。
「よっしゃあ! 待ちに待ったガチンコバトルだ! 気合い入れろオラァッ!」
呼応するように、生徒たちが雄叫びを上げる。
絶望的な状況下で、若き勇士達の闘志が燃え上がる……素晴らしいシーンだ。
だが──その熱狂の中で、俺だけが冷や汗を流していた。
(……マズい。完全に原作通りの流れだ)
生徒たちの奮起。シキ教官の指揮。
一見すると熱い展開だが、俺は知っている。
この後、無謀な突撃をした生徒達が次々と魔物の餌食になり、彼らを守るためにシキ教官が命を落とすことを。
(死者が出る……このままじゃ絶対に!)
どうする? 俺に何ができる?
思考を巡らせろ……知識を使え! ああ、クソ、何も考えられない。今はとにかく体を動かすしかない!
俺は震える手で剣の柄を握りしめ、戦場の全体図を脳裏に描いた。
「……やるしかないのか」
俺はメイザーとフランに目配せをし、グレンの背中を追った。
運命を変えるための戦いが──始まろうとしていた。




