#26 波動砲でも発射するのか?
開けた門の先。
鈍く光る扉をくぐり抜けた俺達が目にしたのは、メダルの山なんかではなかった。
「……嘘だろ」
思わず声が漏れる。
そこにあったのは、想像を絶する超巨大な空洞だった。いや、巨大なんてもんじゃない。
直径100メートルは優にある円柱形の空間が、地の底へと垂直に伸びている。東京スカイツリーがすっぽりと収まりそうなほどの広さと深さだ。
螺旋階段が空間の内壁に沿うように、どこまでも続いている。
底は見えない。ただ漆黒の闇が広がっているだけだ。恐らく軽く数キロはあるだろう。見ているだけで平衡感覚が狂い、吸い込まれそうな錯覚に襲われる。
これがレイジマンが言ってた……? 原作でも出てこなかったぞ、こんな場所。
「な、なによこれ……」
フランが恐ろしそうに震えながら、壁に手を触れる。
「凹凸が一つもない……石? と思ったけどなんか違う。継ぎ目すらないよ。どういう技術で作られてるんだろう?」
壁は黒く滑らかで、触れるとひんやりと冷たい。
よく見ると、青白く光る幾何学的なラインが、血管のようにあちこちに走っていた。
まるでSF映画に出てくる宇宙船の内部だ。明らかにオーバーテクノロジー。科学が発展した現代ですら、こんな建造物はないだろう。
原作だと、創造者に思い当たることが一つだけあるが──
「ヒョウガ、ここヤバいぜ!」
グレンが珍しく焦った様子だ。その本能が危険を察知しているのだろう。俺も同感だ。
原作知識にもない未知のエリア。開けてはいけない扉の先。
ここに足を踏み入れたことは、取り返しのつかない間違いだったのかもしれない。
「戻ろう。ここは入っちゃいけない場所だ」
俺が踵を返そうとした時だった。
「でもよぉ! ここまで来て手ぶらってのも癪じゃねえか? ちょっと下覗いてみようぜ!」
グレンが好奇心を抑えきれずに身を乗り出した。
その瞬間──ガガガッ! っと、グレンが足を乗せた階段の一部が、脆くも崩れ去った。
「うおぉぉぉーっ!?」
「グレン!!」
咄嗟に手を伸ばす。
指先がグレンの腕を掴んだ。だが、足場が悪すぎる! 俺の体もバランスを崩し、そのまま奈落へと投げ出された。
「うわあああああああーッ!!」
落ちる……あの時と同じように。風切り音が耳をつんざく。
内臓が浮き上がるような浮遊感と、迫り来る死の予感。もうまた死ぬかよ俺は!
暗闇の中で景色が回転する。こえぇ。死にたくねえよ! このままじゃグレンも俺もミンチだ!
ギュッと目を瞑った、その瞬間──脳内にノイズが走った。暗闇の中に、鮮烈な映像がフラッシュバックする。
──激しい雨が降っていた。
──焼け焦げた大地。崩れた瓦礫。
──その中心で、誰かが泣き叫んでいる。
それはヒョウガだった。
ヒョウガは泥水の中に膝をつき、動かなくなった『何か』を抱きかかえ、喉が裂けんばかりに慟哭していた。
(……なんだ、今の?)
一瞬の走馬灯。キョトンとした頃には、声だったのか、景色だったのかも曖昧になっていた。
「ヒョウガ様ぁぁぁぁぁッ!!」
上空からの悲鳴で現実に引き戻される。
見上げると、メイザーが階段から身を乗り出し、大量の水を操っていた。
水流が鞭のように伸び、俺とグレンの体に巻き付く。
「ぐおぉっ!?」
「捕まえた!」
凄まじい水圧と遠心力で、俺達は一気に引き上げられた。ドサッ、と階段の上に放り出される。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「い、生きてる……」
「何やってんのよグレン!」
フランが鬼の形相でグレンに飛びかかり、後ろから首を絞め上げる。
「ぐえええ! 悪かったって! ギブギブ!」
「グレンの馬鹿! アホ! 脳筋!」
「ああ、ヒョウガ様……ご無事でよかったです……!」
メイザーが涙目で俺に抱きついてくる。
俺は彼女を受け止めながら、まだ震えている自分の手を見つめた。
さっきのは一体……? 単なる死の恐怖が見せた幻覚か? それにしては、あまりにもリアルな『喪失感』な気がしたが。
「……とにかく、戻ろう。ここは危なすぎる」
俺達は這々の体で扉の入り口まで戻った──10階は前と違ったものがある。扉のすぐ脇に、小さな木箱が置かれていた。
さっき通った時には絶対になかったはずのものだ。
恐る恐る開けてみると、中には金色の輝きが詰まっていた。
「メダルだ! しかも8枚もある!」
グレンが歓声を上げる。
え、なんで? 誰が置いた? 誰かが置いていったとか……いや、ありえんだろ。
疑問は尽きないが、まあ今は素直に喜ぶべきだろう。
「やったね! きっと私達が見落としてたんだよ!」
「おう! これでノルマ達成じゃねえか!」
フランとグレンがハイタッチをする。
俺もホッと胸を撫で下ろした。これで全員分のメダルが揃ったな。あとは3日間生き延びて、地上へ戻るだけだ……ん?
俺はピタリと動きを止め周囲を見渡す。
ここは第10階層の入り口。広大な石造りの広間だ。
瓦礫と崩れた柱があるだけで他には何もない。
水場もない。食料になりそうな動植物も、魔物すらいない。
そして第9階層へ戻るゲートは『逆行禁止』のルールで既に閉ざされている。
「……あ」
俺の顔から、サーッと血の気が引いていくのが分かった。
「……水と食料、なくね?」
俺の呟きに、全員が凍りついた。
そうだ。この階層は『行き止まり』だ。
メダルはある。だが、生存に必要なリソースが一切ない。
残り時間はあと丸2日。水一滴ないこの空間で、どうやって生き延びろと? 無理ゲーでは?
「やべええええええッ!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
「詰んだ! 完全に詰んだ! あと2日もどうすんだよこれ!」
「肉ぅぅぅぅぅ!」
グレンが空腹のあまり獣のような声を上げる。
「腹減った……死ぬ……おいフラン、お前の腹の肉を分けてく──」
「肉なんてないからッ!!」
鈍い音がしてフランの拳骨がグレンの脳天に炸裂する。
「ヒョウガ様……♡」
不意に、メイザーが荒い呼吸で俺に擦り寄ってきた。
その瞳はトロンと潤み、手は自分のブラウスのボタンを外しかけている。
「私をお召し上がりになりますか? 煮るなり焼くなり……あるいは生のままでも♡」
「やめろ馬鹿! そういう意味じゃねえよ!」
俺の悲痛なツッコミが虚しく広間に木霊した。
メダルはあるが水はない。黄金はあるがパンはない。
これぞまさにミダス王の悲劇! 俺達のサバイバルは、ここに来て最大の危機を迎えていた。
一方、地上──日はとっぷりと暮れ、夜空には不気味なほど赤い月が浮かんでいた。
コロシアムの周辺は、昼間とは打って変わって異様な熱気に包まれていた。
「おい、水だ! 脱落者に水をやれ!」
「担架を持ってこい! 早く!」
リタイアゲートから次々と吐き出される生徒達。
彼らは一様に消耗しきっており、中には大怪我を負っている者もいる。
クギョウは煙管をふかしながら、その惨状を冷ややかに見下ろしていた。
「……来ると思うか?」
隣に立つソニアに、短く問う。主語はないが、その意味は明確だった。
「アンタの教え子なら問題ないでしょ。あの子達、しぶといもの」
ソニアは肩をすくめて答える。
クギョウは鼻を鳴らし、紫煙を吐き出した。
「ヒヨガキ共の心配なんてしてねえよ。奴の方だ」
「……愚問ね」
ソニアは小さく笑った。
コロシアムの外周には、続々と観客が詰めかけていた。
簡易テントが立ち並び、勇士協会の新聞記者が筆を片手に教官や生徒に押し寄せ、露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。完全にお祭り騒ぎであった。
「最終試験が行われる3日後には、万単位の見物人が押し寄せる見込みだという。初の試みとはいえ、この熱気は異常だ。情報が拡散され、サラマドリア中から人が集まってきている」
勇士協会は各国の税金で成り立っている組織。民衆が「見たい」と言えば、無下に断ることはできない……それが学園長が下した苦渋の決断だった。
「……これも全てマインの策略なんじゃねえかとすら思えてくるぜ」
クギョウは舌打ちをする。
人が集まれば集まるほど、混乱が起きた時の被害は甚大になる。
クギョウはこの騒ぎに乗じて『何か』を仕掛けようとしている気配を感じ取っていた。
「……ねえ、クギョウ」
ソニアがぽつりと呟いた。
「昔、闇魔法の研究をさせられていた時に読んだ禁書を思い出したんだけどさ」
「あん?」
「勇士協会が設立された当初……1000年前にも、同じように試験があったって話。その時も、今日みたいな赤い月だったそうだよ」
ソニアは赤い月を見上げる。クギョウも赤月を眺めつつ、煙管の灰を落とした。




