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#25 勝手に開くんじゃねえよゴマ

 インフェル地下迷宮──第5階層。

 カビと土埃、そして微かな腐臭が混じり合う冷たい空気。進めば進むほどに薄気味悪いダンジョンだ。

 上層を早々に見限り、俺達クギョウパーティーはリスクを承知で一気に深度を稼いだ。

 結果としてそれは正解だったようだ。ここまでは順調そのもの。だが、その順調さが逆に不気味でもあった。


「おい、なんか変な部屋に出たぞ?」


 先頭を歩いていたグレンが足を止める。

 俺達の目の前に現れたのは、人工的に整備された広大な円形ホールだった。

 中央には巨大な天秤のような石像が鎮座しており、その周囲には既に先客がいた。


「あ? なんだお前ら」

「チッ、別のパーティーかよ……!」


 そこにいたのは4人の生徒達。だが、彼らの装備や制服の着こなしはバラバラだ。見た感じ2年生と3年生の混成チームっぽいな……俺達と同じく、下層を見限ったパーティーのようだ。

 お互いに距離を取り殺気立っている。どうやら仲間割れの真っ最中。あー、原作でもいたわ。


「ここはお前が行けよ! 俺はさっき見張りをしただろ!」

「ふざけんな! お前が言い出したことだろうが!」

「あーもう! これだから寄せ集めは嫌なんだよ!」


 罵声が飛び交う。俺は一瞬で状況を理解した──『即席パーティー』だ。

 今回の試験は4人1組が条件だ。だが、過酷な実戦形式の授業や試験で、入学時のパーティーがそのまま維持されているケースは稀。脱落、退学、あるいは仲違いによる解散。

 彼らはそうした余り物同士が、試験のために無理やり組まされた仮初めのチームなのだろう。

 例え試験までパーティーが続いても、第一試験で脱落者がいればパーティーは変わる……そこには信頼も連携もない。あるのは自分だけは助かりたいというエゴだけだ。


「よう。随分と揉めてるみたいだな」


 俺が声をかけると、彼らはビクリと肩を震わせ、敵意むき出しの視線を向けてきた。


「あ? なんだ1年坊かよ。失せろ、ここは俺達が見つけた場所だ」

「いや、俺達もここを通らないと先に進めないんでね」


 俺は視線を中央の石像に向けた。台座にはルールが刻まれている。


『天秤の試練。二つの器に魔力を注げ。協調は恵みを、対立は奪掠をもたらさん』


 原作と同じ……典型的な協力ギミックだ。

 二つのパーティーが同時に台座に魔力を注げば、両者に報酬が与えられる。

 だが、片方が魔力を注ぎ、もう片方が攻撃を選べば、攻撃した側が相手の魔力を奪い取り、報酬を独占できる仕組みらしい。

 俺の脳裏に、前世で読んだ漫画の1ページが蘇る。

 原作でのヒョウガは、ここでどうしたか──


──

────


『やったぞ! これで1枚確保だ──』


 相手が手を伸ばした、その瞬間。

 ヒョウガの手から放たれた氷の礫が、相手の手元を弾き飛ばした。

 さらに、鋭い氷柱が相手チームの足元を凍りつかせ、地面に縫い止める。


『うわぁっ!? な、何しやがる!』

『悪いな。だが、これもルールだ』


 ヒョウガは無表情のまま、転がった2枚のメダルを全て拾い上げた。相手の分まで、躊躇なく。


『てめえ! 協力するって言ったじゃねえか! 騙したのか!』

『騙してなどいない。俺達は協力してギミックを解除した。そこまでは契約通りだ……だが、報酬の分配については合意していない。お前達はただの鍵だ』


 ヒョウガの手には既に、出現したばかりの2枚のメダルが握られている。


『てめえ……ふざけるなよ!』

『口約束を信じるからだ。それに、この試験のルールを聞いてたのか? 過度な暴力以外の略奪は認められている。つまり、騙される方が間抜けなんだよ』


 ヒョウガは冷笑と共に背を向ける。

 背後で男達がわめき散らすが、異議を唱えたのはその者らだけではなかった。


『おいヒョウガ! 騙すことないだろ! 正々堂々とな──』

『喚くな雑草。俺は効率を求めているだけだ。雑魚に分け与える慈悲はないんだよ。覚えておけ』

『んだとォ!? それでも勇士を目指す者かてめえ!』


 憤るグレンに、レイジマンは肩に手を置く。


『心情的には君に同意しますよォ。けど、ヒョウガさんの行動はルールに抵触していません。それに、敵にリソースを与えることは、巡り巡って自分達の首を絞めることになる。戦略としては……ある意味、正しいです』

『クソ……納得いかねえよ!』


 一同は渋々、その場を去った。

 相手チームの絶望と憎悪に満ちた視線を背中に浴びながら──


────

──


(……で、結局その後、恨みを買ったあいつらに寝込みを襲われて、メダルを全部奪われるんだよなあ)


 俺は心の中で溜息をついた。

 まさに因果応報。原作のヒョウガは目先の利益と効率を重視するあまり、最も重要なリスク管理を怠った。

 結果として全員が不幸になる結末……当時の俺は「ざまぁw」と笑っていたが、実際にその立場になってみると笑えない。

 だからこそ今回は、正真正銘の協力でいく。それが生存への最適解だ。


「……で、どうするんだ? やるのかやらないのか」


 グレンが指をポキポキと鳴らしながら前に出る。

 その掌から漏れる熱気に、相手チームの顔色が青ざめる。


「ひっ……こ、こいつら、クギョウ班か!?」

「あいつは『氷徹の貴公子』ヒョウガ……!」

「やべえよ、勝てるわけねえ!」


 おい、誰だ氷徹の貴公子とか恥ずかしい二つ名を広めた奴は! 中学生かよ! 後でシメよう。そうしよう。

 相手チームはパニック状態だ。ただでさえ仲間割れしていたのに、格上の登場で完全に萎縮している。このままじゃ暴発して、原作通りの泥沼になりかねない。


「落ち着け。俺達は争いに来たわけじゃない」


 俺は努めて冷静に、両手を挙げて敵意がないことを示した。極限の緊張感の中だからこそ、必要なのは圧倒的な強者からの提案だろう。


「簡単な話だ。協力すれば、俺達もあんた達もメダルが手に入る。リスクを冒して戦う必要なんてない。そうだろ?」

「だ、だが……お前らが裏切らない保証は……」

「ないよ。だが俺達がその気なら、こんなギミックを使わなくてもあんた達を全滅させて身ぐるみ剥ぐことだってできる。そうしないのは、俺達が効率を求めているからだ。違うか?」


 俺は淡々と言い放つ。

 脅しではない。事実としての戦力差を突きつける。それが一番の説得材料だ。


「……ちっ、分かったよ。乗りゃあいいんだろ」


 相手のリーダー格らしき3年生が、渋々といった様子で頷いた。

 俺達は石像の左右に分かれ、同時に台座へ手をかざす。


「いっせーの……せっ!」


 ブォン! と魔力の光が溢れ出し、天秤が水平に釣り合う。ゴゴゴゴ……と台座が割れ、中から2枚の金貨が出現した。


「お、おお! 本当に出た!」

「やったぞ! これで1枚確保だ!」

「ほらよ」


 俺がメダルを渡すと、相手チームは歓声を上げ、逃げるように去っていった……あの調子だったら奪うこともできたかもしれないが、嫌な奴は卒業したからな。これでいい。


「ふぅ。とりあえず、これで1枚確保だな」

「んだぁ? 呆気ないなあ。もっと燃えるゲーム期待してたぜ」


 本来はもっと泥沼になるんだよな……俺は手に入れたメダルをポケットにしまいホッと息を吐く。

 原作の失敗ルートを回避し、スマートにクリアできた。やはり俺達のチームワークは最強だ。

 同じ教官の下で、同じ釜の飯を食った仲間。即席チームとは土台が違う。


「よし。ここからは無理に進まず、まずは食料と水の確保を優先しよう」

「賛成〜。お腹すいちゃった」

「ヒョウガ様の仰せのままに♡」


 俺達は探索を開始した。

 中層から下層にかけては魔物の出現率が跳ね上がる。原作では苦戦必至のエリアだったはずだ。


「遅せぇよ!」


 グレンの炎を纏った右ストレートが、蜥蜴の顔面を粉砕した。哀れな魔物は悲鳴を上げる間もなく絶命し、崩れ落ちる。


「……よえーな」


 グレンがつまらなそうに腕を振る。

 その後も、襲い来る魔物達は俺達の敵ではなかった。


「なんかさぁ、下層って聞いてたからビビってたけど……こんなもんか?」

「魔物が弱いんじゃないよグレン。僕達が強くなってるんだと思う」


 フランが肉を解体しながら答える。


「そもそも、この学年でここまで自在に魔法を扱えるパーティーなんて存在しないわ。クギョウ教官のしごきに耐えた私達の基準が、既に異常なのよ」


 メイザーの言葉に、俺は内心で深く頷いた。

 そうだ。この世界の勇士は必ずしも全員が魔法を使えるわけではない。特に学生レベルでは、身体強化や武器の扱いに長けた者が大半だ。

 魔法は選ばれた才能。それを全員が行使できる俺達は、いわばレベル50でレベル20のダンジョンに挑んでいるような状態なのだ。


(……過剰に警戒しすぎていたか?)


 マインの影に怯え、死の未来に怯え、準備をしすぎたのかもしれない。これなら、最下層まで行ってもなんとかなるんじゃないか?

 7階層──その夜、俺達は焚き火を囲んで休息を取った。肉を焼き、交代で見張りを立てる。

 順調だ。順調すぎる。だが、俺の胸中には小さな棘が刺さったままだ。


(ここまで進んだのに……メダルが、ギミック報酬の1枚しかない)


 どう考えてもおかしいよな。

 ルール説明では下層に行けば行くほどメダルは増えるはずだった。

 なのに、道中の宝箱は全て空だった。まるで、誰かが先回りして回収した後のように。

 翌日──俺達は第9階層に到達していた。空気も重くなり、魔物の気配も濃くなる……はずだったが、相変わらず静まり返っている。不気味だ。


「おお、こんな深い場所まで来ているパーティーがいるとはな」


 暗がりから声をかけられ、俺達は一斉に身構える。

 現れたのはローブを着た男だった。顔に見覚えはない……誰だ?


「あ、あなたは?」

「ああ、警戒しないでくれ。私はリタイアする生徒を救助するために配置されている教官の一人だよ」


 モブの教官は人の良さそうな笑みを浮かべ、肩の力を抜いて見せた。


「知らないのか? この試験は過酷だが、死なせるのが目的じゃない。各階層には我々のような監視役がいるんだよ」

「そ、そうだったんですか……」


 俺は安堵して剣を収める。あー、そういえば原作でもそんな設定があった気がするな。


「現状はどうなっていますか?」

「既に5パーティーがリタイアしたよ。幸い死亡者はいないが重傷者は数名出ている。特に中層での同士討ちが酷くてな……」


 教官は痛ましげに首を振る。


「だが、君達クギョウ班の躍進は素晴らしい。我々教官の間でも話題になっているよ。無理をせず、このまま頑張ってくれ」


 激励の言葉を残し、モブ教官は姿を消した。

 ふう、と息を吐く。監視の目があるというのは少し心強いかもな。

 そして──俺達はついに、第10階層の入り口に辿り着いた。行き止まりの巨大な空間だった。


「なんだよ、何にもねえじゃねえか」


 グレンが不満げに声を上げる。

 だだっ広い空間には、崩れた柱と瓦礫が散乱しているだけ。メダルの入った宝箱も見当たらない。

 魔物すらいない……やはりおかしいぞ。


「おかしいわね。下層ほど報酬が多いはずなのに……まさか、既に他のパーティーが回収した後とか?」

「いや、俺達より先行していた奴はいないはずだ」


 俺は広間の壁を見回す。ここまで何もないのは不自然すぎるぞ。


「あ! おいヒョウガ! ここ見てみろよ!」


 壁際でグレンが叫んだ。

 彼が指差した石壁には、不自然な亀裂が入っていた。微かに風が吹き込んでいる。


「壁の向こうに空洞があるぜ。へへっ、この奥に隠し部屋があるんじゃねえか? 大量のメダルが眠ってるかもな!」

「待てグレン。迂闊に触るなよ」

「いーや、俺の勘がそう言ってる! オラァッ!」


 俺の制止も聞かず、グレンは炎を纏った拳を壁に叩き込んだ。

 爆音と共に壁が崩落する。土煙が晴れた先に現れたのは──メダルの山ではなかった。


「……なんだこれ」


 そこには、巨大な扉が鎮座していた。10メートルはあろう鈍い銀色の扉。

 表面には精巧なレリーフが刻まれている。

 5つの人型の絵が手を取り合い、輪を作っている姿。

 だが異様だったのは、中央のヒトの顔以外が、えぐり取られていることだった。


「気味が悪いわね……」


 メイザーが眉をひそめる。

 俺はその扉に近づき、刻まれた古代文字を読んだ。


『我が生涯の友、その名を問う』


 この扉……原作の卒業試験編で登場したか? いや、ないな。グレン達はそもそも10階層に到達してなかったし。

 だが、このフレーズには聞き覚えがあるぞ……そうだ。ラスボスが死ぬ間際に言っていた言葉だ。


「……我が生涯の友」


 俺は無意識のうちに、その言葉を口の中で転がしていた。


「……レグレ・ヴァディア・エーテリス」


 ラスボスが口にした謎の言葉──俺は思わず呟いてしまった。

 これがなんだったのか、結局知らないままだったな。未回収なのか……なんかしらの意味があったのか。

 考察スレや動画を見る暇もなく、死んじまったからなあ──


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…………!!


 その瞬間、地響きと共に扉のレリーフが淡く発光した。

 重厚な金属音が響き渡り、扉はゆっくりと内側へ開き始める。


「え……?」


 俺は全身の血の気が引くのを感じた。

 開いた? 俺の声で?

 待て、待て待て待て! これ、絶対開けちゃいけないやつだろ! 変な言葉口走ったせいで開くはずのない扉が開いちまった!


「おお! 開いたぞ! すげえ!」


 だが、グレンはそんな俺の心境など露知らず、目を輝かせて歓声を上げた。

アイス・オブ・グレンを見るときは

部屋を明るくして テレビから離れて

ブックマークを押してから見るんだぜ! グレン

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