#24 ダンジョンって響きテンション上がるな〜
巨大な円形闘技場の威容に圧倒されながら、俺達は遺跡のふもとへと辿り着いた。
ここがスタート地点であり、ゴール地点でもあるわけか。
「おーい! ヒョウガ君! グレン君!」
塔を見上げていると、背後から懐かしい声がした。
振り返ると、そこにはボロボロになりながらも笑顔を浮かべるハルの姿があった。その後ろにはナツキ、マフユ、そしてレイジマンもいる──シキ班の面々だ。
「おお、ハルじゃねえか! お前ら、残ってたのか!」
「ああ、なんとかね。途中で脱落しそうになったけど、レイジマンが助けてくれたんだ」
「ムフフ。僕はただ、盾として前に立っていただけですよォ」
レイジマンが肩をすくめる。
この過酷な行軍で、一人の脱落者も出さずにここまで来たのか。彼らもまた、死線を潜り抜けてきたらしい。俺達は互いの健闘を称え合い、再会を喜んだ。
「えー、ゴホン」
やがて、遺跡の壇上に立った学園長が咳払いをした。
騒めきが収まり、ピリついた空気が流れる。
残った生徒はおよそ80名。4人1組のパーティーでおよそ20チームといったところか。
「これより、卒業試験の本番を開始する」
学園長の声が朗々と響き渡る。
「舞台はこの地下に広がる『インフェル地下迷宮』。全10階層からなる巨大ダンジョンじゃ。試験期間は3日間。合格条件はただ一つ──生きること、かつ『勇士の証』を一人一枚以上持ち帰ることじゃ」
メダル……やはりそう来たか。俺は固唾を呑んで続きを聞く。
「ただし、今回の試験は『深度オークション』と名付けられておる。その意味をよく理解せんと、全員死ぬことになるぞい」
学園長が指を立て、詳細なルール説明を始めた。
ルール1:各階層には『勇士の証』が隠されているが、その総数は決まっている。
上層(1〜3階)にあるメダルは極めて少ない。全チームに行き渡る枚数など到底ない。魔物もほとんどいない。
中層(4〜6階)、下層(7〜9階)と深く潜るほど、メダルの発見率と数は跳ね上がるが、出現する魔物も多く強力になる。
ルール2:逆行禁止。一度下の階層へ進むゲートをくぐると、そのゲートは閉ざされ、二度と上の階層へは戻れない。
地上への帰還ゲートは各階層に存在するが、それが起動するのは『試験終了時刻』のみ。
つまり、一度潜れば3日間その階層、あるいはそれより下で生き延びるしかない。
ルール3:階層ゲートを開くには、パーティーメンバー4人全員が必要となる。
誰か1人でも死亡、あるいはリタイアして欠けた場合、その時点でゲートは開かなくなり、残されたメンバーも全員失格となる。
「……以上がルールじゃ。水はガラス瓶一本のみ支給。食料は現地調達、もしくは他者からの譲渡のみ。奪い合い、協力し合い、己の力で生き残るんじゃよ」
説明が終わると、生徒達の間でどよめきが起こった。
相変わらず、えげつねえ試験だ……10代そこらのガキを、3日間も得体もしれねえダンジョンに入れるか普通。
3年生のパーティーから順に、巨大な迷宮の入り口へと吸い込まれていく。
俺達1年生は最後尾だ。待機列に並んでいると、不意にレイジマンが話しかけてきた。
「不思議ですねェ……」
彼は迷宮の入り口を見つめ、細い目をさらに細めていた。
「そもそも何故、こんな不毛な荒野の地下に、これほど巨大な迷宮があるのでしょうか。誰が、何の意図で作ったのか? 勇士協会発祥の地という割には、あまりに禍々しすぎませんか?」
「……確かに、違和感はあるな」
俺は言葉を濁す。
レイジマンは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「それに……噂では、10階層以降もあるみたいですよォ。とんでもない『モノ』が封印されているとか……まあ、ただの都市伝説ですがねェ」
レイジマンの言葉に、俺は原作を思い出した。そうだ……謎は結局明かされなかったんだ。
なぜここが発祥の地なのか。最下層には何があるのか。
噂レベルとはいえ、この世界の住人がそれを口にするのは初めて聞いた。
やはり、何かあるのか? 俺の知らない設定が。
「おいレイジマン。お前そういえば、あのでけえ盾はどうしたんだよ?」
グレンが不思議そうに尋ねた。
そういえばそうだ。いつもの盾を持っていない。
「おや、気になりますか? フフ……そんな重いもの、もういりませんよォ」
レイジマンがスッと右手をかざす。
すると手のひらから岩が出現し、彼の手元で凝縮された。
金属が擦れる音と共に形成されたのは、漆黒の輝きを放つ鋼鉄の大盾だった。
「なっ……魔法!?」
俺は目を見開いた。土魔法の上位互換──鋼魔法か!
物質を精製し、形状変化させる高度な技術。特訓もなしにこれが使えるのか?
「君達が教練場で特訓していたのを見て、僕達も触発されてね。血の滲むような特訓をしてきたんだよ」
ハルが一歩前に出て、自信に満ちた笑みを浮かべる。後ろのナツキ、マフユも力強く頷く。
「へえ……やるじゃねえか」
グレンが嬉しそうに笑った。
「置いてかれたかと思ったけど、ライバルは多いほうが燃えるぜ。負けねーぞ」
「こっちこそ! 絶対全員で合格しようね」
グレンとハルがガッチリと握手を交わす。
俺は……正直、驚愕していた。原作では、彼らは魔法など使えなかった。ポテンシャルはあったろうに、習得する前に無惨に散っていった。
だが今は違う。自分の力で戦える『勇士』になりつつある。
少しは安心できるか? いや、油断は禁物だ。相手はマインとAランク魔物。彼らが強くなった分、敵も容赦なくなる可能性がある。
「よし、行くぞ!」
俺達の番が来た。
暗い迷宮の入り口へ足を踏み入れる。ひんやりとした冷気と、カビ臭い空気が肌にまとわりつく。
「3日間生き残るだけなら、案外簡単なんじゃねーの? 魔物さえ倒せればいいんだろ?」
グレンが能天気に言う。
だが、それをメイザーが冷たい声で否定した。
「甘いわね。魔物なんて、この試験における『障害』の一部でしかないわ」
「え?」
「いい? この試験の本当の恐ろしさは、資源が枯渇するということよ」
メイザーが淡々と解説を始める。
「上層は安全だけど、80人に対してメダルは数枚しかない。当然、奪い合いになるわ。じゃあ下に降りればいいかというと、そこには『逆行禁止』のルールがのしかかる」
「あん? どういうことだよ?」
「一度降りれば戻れない。下の階層がどんな地獄か分からないのに、食料も水もない状態で飛び込まなければならない。その恐怖に耐えきれず上層に留まるチームが続出すれば……どうなると思う?」
メイザーは自身の首元を指でなぞった。
「飢えと渇き、そして焦燥感が理性を削り取る。昨日までの友人が、たった一本の水のために殺し合いを始める……それが本質なのよ。きっと」
グレンがゴクリと喉を鳴らす。
続けて、フランが眉をひそめながら口を開く。
「しかも……制限時間が3日間というわけじゃないんだよね。3日間生き残り、その最後の結果で決まるというのが怖いね。メダルを集めてても気が抜けないというか……」
「えー……? え? わっかんね。どういうことだ?」
そう──試験突破には、必ず3日間生き残る必要がある。これがこの試験の最も恐ろしいところだ。
「いいか、グレン。この試験の合格条件は『メダルを持って3日間生き残ること』だ。だが、ここには最大の罠がある」
俺は走りながら、グレンにこの試験の嫌らしい構造について説明を続けた。
自分のためにも、改めて確認しよう。
「例えば、俺達が実力で初日にメダルを確保したとする。普通ならそこで一安心だが……この試験では、それが地獄の始まりになる」
「なんでだよ? もうクリア条件満たしてるじゃねーか」
「違うんだグレン。手に入れた瞬間、俺達は『メダルを持ったカモ』になるんだよ」
俺は後方の暗闇を指差した。
「過度な暴力以外の略奪は認められている。つまり、寝込みを襲って盗むのも、罠に嵌めて脅し取るのもルール上はアリだ。早くクリア条件を満たせば満たすほど、残りの数十時間、血眼になった手ぶらの連中から狙われ続けることになる」
「あ……そっか。持ってる奴が一番狙われるのか」
グレンがハッとした顔をする。そう、これは早く見つける競争じゃない。最後まで持っていた奴が勝ちのゲームなのだ。
「かといって、奪われるのを恐れて様子見を決め込めば、限られたメダルは他所に狩り尽くされて『売り切れ』になる。3日間という時間は、逃げ切るには長すぎて、チャンスを待つには短すぎる絶妙な設定なんだよ」
上層でメダルを確保すれば、残りの時間は他の70人以上の生徒から逃げ回る『鬼ごっこ』を強いられる。
逆に遅れれば、メダルが枯渇して詰む。
「だからこそ、俺達は下層へ行く。上層はジリ貧の地獄だ。そこに留まるのは自殺行為に等しい。リスクを冒してでも、まだ誰も荒らしていない下層へ潜り、メダルと拠点を確保する。それが唯一の生存ルートだ」
俺の言葉に、3人は納得したように頷いた。
俺には死亡キャラを救うという目的がある。
だが、それ以前にこの試験をクリアしなければ話にならない。
10階層より下もあるという、レイジマンの噂も気になるが……今の俺の実力でそこまで行くのはリスクが高すぎる。まずは着実に、中層から下層エリアで足場を固めるんだ。
「行くぞ。地獄の底へ」
俺達4人は頷き合い、暗闇の奥へと続くゲートをくぐった。




