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#23 インフェル古代遺跡群

 特訓開始から1ヶ月──いよいよ、運命の日がやってきた。記念すべき第一回開催の卒業試験が始まる。長いような短かったような……とりあえず、あり得ないくらい筋肉はついた。

 この1ヶ月間、マインからの接触は一切なかった。学園内という安全地帯、そしてクギョウ教官という最強のボディガードが常に張り付いていたおかげだろう。

 だが、そんな平和も今日で終わりだ。


「……行くか」


 学園の正門前。俺は空を見上げ、覚悟を決める。

 今日から始まる卒業試験。場所は『インフェル古代遺跡群』──勇士協会発祥の地とされる、サラマドリア最果ての秘境だ。

 マインは必ず来る。俺の予感というより、これは確信だ。

 俺には試験に合格する以外にも、絶対に果たさなければならないミッションがある。

 死亡キャラの救済。シキ教官、ハル、ナツキ、マフユ……そして何より、マインに狙われているメイザーを守り抜くこと。

 改めて考えると、難易度ハードモードすぎるだろ。やべえ、胃が痛くなってきた。


「おお、クギョウ班だ! 1年で卒業試験参加なんてすげーぞお前ら!」

「頑張れよ〜! 1年代表〜!」

「ヒョウガ様、素敵〜!」

「メイザーさん、ご武運を!」


 正門を出ると、黄色い歓声がシャワーのように降り注いだ。在校生達が花道を作り、俺たちを見送ってくれている。アルドールの一件以来、俺たちクギョウ班は学園のアイドル扱いだ。

 だが、その華やかな空気とは裏腹に、俺たちの表情は硬い。歩きながら、事前にクギョウ教官から叩き込まれた注意事項を反芻する。


『試験中の怪我、最悪の場合の死亡も全て自己責任だ』

『集団から一定距離離れた場合、即失格とする』


 自己責任……何度聞いてもエグい響きだ。

 そもそもテロリスト(マイン)に狙われている生徒を試験に参加させること自体が狂気の沙汰だが、協会本部からの圧力には逆らえないらしい。

 原作の流れには逆らえないってことか。まあ、細かいことを気にしていたら勇士なんてやってられない。


「お、既に集まってやがるぜ」


 集合場所に到着すると、そこには既に100人近い生徒が集まっていた。

 俺たち1年生はクギョウ班とシキ班の計8名のみ。残りは全て2年生、3年生の代表者達だ。

 彼らの視線は鋭く、そしてどこか俺達を見下すような侮蔑の色を含んでいる。

 周囲には護衛も兼ねた教官たちが配置されている。腕組みをして睨みを利かせるクギョウ教官、眼鏡を直すシキ教官、気だるげなソニア教官の姿も見える。


「えー、ゴホン」


 仮設の演台に上がったのは、白いシルクハットに白いロングコート、長い髭を蓄えたヨボヨボの老人だった。

 杖をつき、震える手でマイクを握るその姿は、風が吹けば飛びそうだ。

 イグニス勇士学園の学園長だ。

 名前……なんだっけ? いや、記憶が確かなら設定されてない。原作でもロクに出番がなかったから完全に忘れていたぞ。人気投票圏外のモブ爺さんだし。

 だが、その手の甲にはしっかりと『赤い紋章』が刻まれている。赤紋か……腐っても実力者ということだな。だが、マイン相手だと瞬殺されそうな予感がしてならない。頼むから死なないでくれよ。


「皆さん、よく集まってくれたのう。試験は一週間かけて行われる。内容は現地でその都度伝えるからの……では、インフェルへ出発じゃ!」


 学園長はニコニコと笑い、杖を掲げた。


「道中は険しいじゃろうが、しっかりついてくるんじゃよ。集団から離れたら失格じゃからのう──」

「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、場の空気がピリリと変わった。

 脱落しても後方には教官たちが控えているので安心してよいぞと爺さんは付け加えたが、その目は笑っていなかった──全員が察しただろうな。

 この移動そのものが、既に試験の一部なんだ。

 俺はグレン達と目配せをし、無言で頷き合った。


「ふう、ふう……」


 町を出て、平原をひたすら走る。

 移動速度は速い。馬車に乗った学園長を先頭に、生徒達は自らの足で追随する。

 俺たちクギョウ班の4人は固まって走っていたが、背後から嫌な気配が近づいてきた。


「おいおい、1年生が随分といいご身分じゃねえか」


 声をかけてきたのは、3年生の集団だった。

 体格も良く、装備も高価なものを身につけている。典型的なエリート崩れといった風貌だ。


「今回が初めての合同試験だ。世界中が注目してるんだぜ? お前らのような1年坊がチョロチョロしてると、学園の恥になんだよ」

「だからよォ、ここで脱落しとけや!」


 一人がニヤリと笑い、走りながら掌を向けた。

 放たれたのは高圧の水流魔法。無防備な背中を狙った卑劣な一撃だ。だが──


「あ?」


 グレンは軽く片手を振った。

 ボウッっと紅蓮の炎が噴出し、迫り来る水を一瞬で蒸発させる。

 白い蒸気が視界を覆う中、グレンは既に踏み込んでいた。


「なっ……!?」


 3年生が反応する間もなかった。

 炎を纏ったグレンの拳が、男の腹に深々とめり込む。


「がはっ……!!」


 男は砲弾のように吹き飛び、地面に激突して白目を剥いた。


「もう脱落者が出ちまったぜ……こういうのも自己責任だよな? センパイよォ」


 グレンは拳から立ち上る煙をフゥーッと吹き、獰猛な笑みを浮かべた。

 残りの取り巻きたちは「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、脱兎のごとく逃げ出した。


「……ははっ」


 俺は走りながら乾いた笑いを漏らすしかなかった。

 強い。強すぎるぜグレン……水の魔法を炎で蒸発させて相殺するなんて、出力差が桁違いじゃないと不可能だ。

 原作のこの時期より、明らかに強くなっている。これが特訓の成果か……!

 その後も、行軍は過酷を極めた。

 野を超え、山を越え、休憩なしで進み続ける。

 スタミナ切れで倒れる者、足場の悪い崖で滑落する者、そして生徒同士の足の引っ張り合いで脱落する者──100人いた集団は、見る見るうちに数を減らしていく。


「殺伐としていますね」


 隣を並走するメイザーが、涼しい顔で呟く。


「自身の肉体疲労だけでなく、周囲の敵意にも気を配らなければならない。常に気が抜けない恐ろしい試験です」

「まったくだな。精神的にも削られるよ」

「でもご安心ください、ヒョウガ様」


 メイザーは俺の方を向き、氷のように冷たく、それでいて美しい笑みを浮かべた。


「ヒョウガ様を蹴落とそうとする不遜な輩は、私が全て溺死させて差し上げますから♡」

「……お前が一番殺伐としてるよ」


 俺は苦笑いでツッコミを入れたが、内心では驚いていた。

 もう丸一日近く走り続けているのに、多少は疲れてるものの何故か走れる。

 以前の俺ならとっくに脱落していたはずだ。クギョウ教官との地獄の特訓が効いてるっぽい。基礎体力が桁違いに上がっているんだ。これならいけるぞ!

 やがて、視界が開けた。俺達は息を呑み、足を止めた。


「こ、これは……」


 そこに広がっていたのは、この世のものとは思えない光景だった。

 見渡す限りの広大な岩と砂の渓谷。

 赤茶けた大地が果てしなく続き、巨大な岩のアーチや、奇妙な形に侵食された断崖絶壁が空を切り裂いている。

 点在するオアシスや川の水面が、太陽の光を反射して宝石のように輝いているが、生物の気配は一切ない。

 あまりにも広大無辺──地に足をつけているのに、その圧倒的なスケール感に平衡感覚が狂い、空に放り出されたような錯覚を覚える。これが『インフェル古代遺跡群』か!


「到着したぞい」


 先頭の馬車から学園長が顔を出す。

 あれ? そういえばこの爺さん、原作でも会場についてきてたっけ?


「ここが勇士協会発祥の地──卒業試験会場となるインフェルじゃ」


 渓谷の中央──そこには、古代の遺構が円形に美しく広がっていた。

 そしてその中心に、天を突くようにそびえ立つ巨大な建造物がある。

 下部は円錐状に広がる塔のような構造をしており、その頂上には皿のような形をしたコロシアムが鎮座している。


「でけぇ……」


 グレンが口を開けて見上げている。俺もまた、その威容に圧倒されていた。

 原作で見た景色と同じだ。だが、実物の迫力は紙面や映像とは比べ物にならない。

 俺達はその死地へと足を踏み入れるのだ。


「よし、行こうぜグレン」

「おう、ヒョウガ!」


 風が吹き抜け、古代の砂埃が舞い上がる。

 俺は拳を握りしめ、コロシアムを睨みつけた。

 さあ、始めようか。運命の卒業試験を。

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