#2 この世界は性別詐欺がトレンドらしい
グレンが女の子だったなんて……空前絶後の歴史的新真実なんだが。一人称俺だし、口調も荒っぽい。
作中でも性別を示唆する描写はなかったが、少年誌だから普通に男かと思うだろ! これが噂の叙述トリックってやつか!?
「ぜ、絶対他の奴には言うなよ!? 言ったらぶっ飛ばすからなテメー!」
俺の襟を掴んで焦ったように唾を飛ばすグレン。
正直、この世界に転生してきたってだけで、まだ頭の整理が追いつかないというのに。
「グレ〜ン! どこ行ってるの〜!」
甲高い声が近付いてきた。
部屋に飛び込んできた人影は、美しい金髪を靡かせる。
「ちょ、ここ貴族様の部屋じゃん! 何やってんのグレン!」
「ぐえええ! 締まる! 締まってる!」
グレンを羽交い締めにする利発そうな少女──フラン=ロージオン。この作品のヒロインだ。村長の娘でグレンとは幼馴染。
人気投票は7位……メインヒロインにしては低いが、それも仕方ないと思う。現に彼女はあまり特徴がないし、原作でも活躍する場面は数える程だ。
性格も活発で優しい女の子って感じで、いかにも普通のヒロインだし。
「あ、あの!」
フランは俺に向き直る。
騒ぎを聞きつけ、勝手に貴族の部屋に入ったグレンを窘めるという流れは変わらないな。
「ど、どうも失礼しましたっ! 貴族様の部屋に──」
フランの顔がボッと赤くなる。ヒョウガの顔を見て一目惚れをする流れも、原作と一緒だ。
俺の顔じゃないのに、女の子こう反応されるとやっぱ嬉し恥ずかしいな。
「あ、あの……ここの寮にいるって事は、あなたも勇士学園に入学希望なんですよね? お名前、聞いてもいいですか?」
乙女ちっくな瞳でそう質問してくるフラン。ヤバい……生のフランってこんな可愛いのか。
ヒョウガは確かここで──
──
────
『お名前、聞いてもいいですか?』
『気安く話しかけるな。下民の女』
『え……あ、あ……ご、ごめんなさい……』
あまりのショックに言葉を失うフラン。泣きそうな顔を必死に堪えながら俯く。
『オイ! 名前も言えねえのかよテメーは! 貴族だか裸族だか知らねえが、お高く止まってんじゃねーぞ!』
『野蛮な……だから下民は嫌なんだ。粗暴で粗野で実に野性的。言葉を交わすのも馬鹿馬鹿しい』
ヒョウガは呆れたように鼻を鳴らすと、グレンの肩を押しのけて部屋を後にする。
『あ、待ちやがれテメー!』
『い、いいよグレン……仕方ないよ。僕達みたいな村出身の平民と都に住む貴族じゃ、会話すら交わせない程の身分差なんだから……』
『クソ、あの野郎。次、学園で出会ったらぜってーぶっ飛ばしてやる!』
────
──
いや、やっぱファーストコンタクトは何度思い出してもムカつくな。自分で自分を殴っちまいそうだ。身分差があろうと、女の子にあんなの言わねえだろ普通。
「……俺はヒョウガ=ウェンディール。君の名前は?」
俺は原作通りにはせず、微笑を浮べてフランに挨拶をする。
と言っても、名前なんて知ってるけど。
「あ、わ、僕はフランって言います! ただのフラン。よ、よろしくお願いします……♡」
フランはにこやかに名乗る。原作ヒョウガとは違い、傷つける事なく挨拶を交わせた。
フランか……なんで幼馴染なのに作中じゃグレンとくっつかず、恋愛的な描写も一切ないんだと疑問に思ってたが、そりゃあるわけないもんな。
2人は、最近まで一緒にお風呂に入ってたというシーンに、かつて少年だった俺は悶々としたもんだが……ただ同性同士で入浴してただけってわけだ。
「ていうかフラン、なんでここに来たんだよ?」
「それはグレンの声を聞いて……って、ゆっくりしてる暇ないよ。入学試験に遅れちゃう」
「お、そうだった! 俺は勇士になる為に、この都会に来たんだからな。なあ、お前も一緒に行こうぜ」
グレンが俺の肩に手を置く。
ああ、そうだった。学園編の最初は試験からだったな。断る理由もないし、俺は素直に頷く。
「え!? お、恐れ多いですよ! 貴族の方とそんな……」
「コイツがいいって言ってるんだし、いいんじゃねえか?」
「グレン!」
揉み合いを始めるグレンとフラン。まあ、本来あり得ない状況だからな……まだ学園編なのに、ヒョウガが2人と仲良くしてるなんて。
「学園は首都の中心街だったな。行こうぜ!」
「あ、うん……」
寮の外に出ると、眩しい光が俺を照らす。そこに在るのは、美しい街並みであった。
統一された赤い屋根の家々が軒を連ね、石畳が敷かれた街並み。様々な衣装に身を包んだ人々は、変わらないであろう日常を謳歌している。それはまさに、絵画の世界に迷い込んだようだった。
まあ事実、漫画のファンター世界ではあるんだけどさ……こうして見ると、本当に転生してきたんだと実感する。
「綺麗な街だ……」
「そうですね〜。僕達がいた村とは全然違う」
サラマドリア王国領──イグニスの町。第一章の舞台となる学園がある大きな商業都市。
魔法学が盛んであり、世界中に点在する勇士学園の中でも、その規模は随一。グレン達が青春を過ごす事になる場所だ。
「ねえ、ヒョウガ様──」
「様はいらない。ヒョウガでいいぞ。敬語も止めてくれ」
「え? あ、はいっ……じゃなくて、うん!」
街道を歩きながら、フランは嬉しそうに頷く。
ヒョウガじゃ絶対言わねえセリフだったな……けどこれでいいんだ。俺はもう原作のヒョウガとは違い、他者を傷付けない事に決めたから。
「僕達は遠くの山村から来たんですけど、ヒョウガ君はどこから?」
「ああ、俺は……ウェンデル公国からだ」
ウェンデル公国──サラマドリア王国がある大陸とは、正反対に位置する場所にある。国名とヒョウガの家名が似ているのは、公爵家の分家とか、そんな家柄だからのはず。
ちなみにこの2つの国は、世界4大国家に数えられる巨大な国だ。響きから察せるだろうけど、国名の由来は四大精霊から取っている。
「ウェンデル? 随分遠くから来たんだね」
「まあ……魔法が有名だしな」
本当の理由は、ウェンデルから離れたかったからだ。家族はいるが、作中でも回想として少し描写されたくらいだったな。家庭の事情はあらゆる場所で考察されてはいたが、真偽は不明だ。
待てよ? ヒョウガの過去の真相って、今の俺なら知る事が出来るのか。いや、興味があるとか、そういうんじゃないけどさ。本当に、うん。
「へえ……なんか意外だなあ」
「ん?」
「貴族って僕達とは住む世界が違うし、皆かなり傲慢で嫌な人って聞いたから。ヒョウガ君、貴族なのに親しみやすいんだね」
そりゃそうだ。中身貴族じゃないし。実際ヒョウガは傲慢で嫌な奴で、平民を見下している。
「ん、なあ。オイ! 学校見えてきたぜ!」
暫く歩いていると、グレンが声を張り上げて前方を指差す。町の中心に聳え立つ巨大な城──勇士学園だ。漫画で見たまんま。
「うあー、すごーい! こんな大きい建物見た事ないよ!」
水堀で囲まれた白い建物からは、いくつもの塔が伸びており、町全体を見下ろしている。
学校かあ……つい数ヶ月前に高校卒業したばっかだってのによ。なんか急に腹が痛くなってくた。
「勇士学園か……へへ、俺は目指すぜ。五紫星を越えた世界一の勇士に!」
グレンは学園に向かって拳を突き出す。
勇士──勇士協会という組織が定めた、この世界におけるプロの冒険者の事だ。協会が各地に設立した勇士学園を卒業する事で、そのライセンスが与えられる。
勇士は6段階にランク付けされており、勇士協会が出すクエストをクリアするなどの功績を残せば、ランクアップ出来る。ランクは色で分けられていて、下から順に黒、白、黄、赤、青、紫……となっている。黒が最低ランクで紫が最高ランク……完全に冠位十二階だ。六色紋章という正式名称があるが、略して呼ぶ事が多く、当該の勇士は黒紋や白紋と呼称される。
ちなみに、グレンが言った五紫星とは世界に5人しかいない紫紋勇士の事を指す。世界最強の勇士5人……どんな奴らなんだろうなと、当時はワクワクしたもんだ。
「よっしゃー! 入学試験なんて俺がぶっ飛ばしてやるぜ!」
グレンはそう叫ぶと、学園へと駆けて行く。うんうん……この熱血バカな所が、グレンの魅力なんだよな。
「あ、待ってよグレン! ヒョウガ君、僕達も行こう?」
「ん、ああ。幼馴染……なんだよな。一つ聞いてもいいか?」
「うん、何?」
俺は原作でもずっと知りたかった事を聞く事にした。
「フラン。君はグレンの事が好きなのか?」
「え? うん。大好きだよ」
「そうか……それはやっぱり、女の子同士の友情とか、そういうの?」
俺の問いにフランは少し驚いた様子を見せる。まあ、そりゃそうか。何を聞いてるんだか……恋心なんてある訳がないんだ。幼馴染の女の子同士なんだから。
「んー、女の子同士ってのはちょっと違うね」
「え? いや、でもグレンは女の子で……って、まさか知らないのか!?」
「ああ、そうじゃないんだよ。僕──男の子だから」
思考が停止する。聞き間違いかな? 今、フランが自分を男の子だと言って気がしたんだが。
「お、俺の耳がイカれたのかな? 今、君が男の子だって聞こえたんだが」
「うん、そうだよ。僕、男なんだ」
「はあああああぁぁーっ!?」
フランが男!? どんな世界線だそりゃ!? どっからどう見ても金髪美少女なんですけど!?
「あはは。これ知ってるの両親とグレンだけだけどね」
無邪気に笑うフランに、俺は建物の壁に頭を打ちつける。ヒロインが男の少年漫画なんて聞いた事ねえよ! なんだ、俺は歪んだアイス・オブ・グレンの世界に来たのか!? 男だと思ってたグレンが女で、女だと思ってたフランが男!? どんな逆転世界だ!
「し、信じられねえ……うおおぉ……っ」
「あー、言っただけじゃ分からないか。じゃあ、えい♡」
フランは俺の手を取ると、徐ろに自分の胸へと宛てがった。
「な、んなぁ!?」
「ほら、僕胸が全く無いでしょ?」
俺の手が触れているのは崖だった。柔らかさや突起も全くない水平線だ。発育中であろう15歳でこれは確かにおかしいが。
「そ、その。めちゃくちゃ貧乳ってパターンは?」
「えー? だとしたら、君は今女の子の胸を鷲掴みにしてる事になるね」
お前から宛がってきたんだろうが!
「君が触ってるのは男の子の胸板か、女の子のおっぱいなのか……どっちなんだろうね♡」
「ぐふっ……」
「まー、君が女の子がいいって言うなら、僕も女の子になってあげるよ」
口角を歪め、小悪魔的な笑みを見せるフラン。どんな性癖破壊人間だそりゃ……両性具有ってか。
でもしかし……本当に男なのか? フランっていえば、俺の少年期の一部を支えてくれたヒロインなのに。こんなの、裏切られた気分だ。
「あ、グレンに恋心とかはないよ? 僕が好きなのはカッコいい男の子だから……さ♡」
「ぐあー! 体を押し付けるなァーッ!」
フランは俺の腕に絡みつき、体を押し当ててくる。
ヤバイ! 太もも当たりにあってはいけない感触が! 女性に付けてはいけないモッコリとした感触が! 女性に生やしていいもんじゃねえからな! それ許すの一部の変態だけだからな! 俺は絶対認めねえからなァァーッ!!!!!
俺は再び、頭を壁に激しく打ちつけるのであった。
「……ふう、行くか。入学試験が始まる」
「うわ、すごい血が……大丈夫?」
「ああ、問題ない。少し取り乱したが、もう大丈夫だ」
出血なんて、体内にある血管の長さを合わせると、地球を2周半できる事に比べれば大した事はない。
多少ショックは受けたが、グレンとフランの事は、好意的に考えれば新事実を知れたという事。転生した事によって、物語の新しい視点が発見できる……これはファンからしたら素晴らしい体験だろう。
「あ、グレンが手を振ってる。行こっか、ヒョウガ君」
「うん……」




