#19 卒業試験に向けて
学園の中庭──煙管の煙がくゆる中、クギョウ教官の鋭い視線が俺を射抜いていた。
「さて。ヒョウガ、お前に聞きたいことがある」
教官は膝に肘をつき、ゆっくりと口を開いた。
「お前、マインと何を話した?」
その問いに、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
だが、誤魔化せる相手ではない。俺は正直に、炎面舞踏会でのダンス中にマインが語ったことを話した。
教団の目的。闇魔法こそが真なる魔法であるという思想。そして、闇魔法を使えない者は人間ではないという選民意識……マインと交わした会話全てを。
「……なるほどな」
全てを聞き終えたクギョウ教官は、深く息を吐き出した。
「だが、どうも腑に落ちねえことがある」
「腑に落ちない……とは?」
「奴の目的だ。本当に『協会の評判を下げる』だけが目的なのか?」
クギョウ教官は指で机をトントンと叩く。
「あの野郎は狡猾だ。単なる嫌がらせなら、もっと効率的でリスクの低い方法はいくらでもあったはず。あの舞踏会での大層な魅了魔法……手段と目的が釣り合ってねえんだよ」
その言葉に、俺の思考が加速する。
マインは言っていた。『収穫はあった』『素晴らしい原石も見つかった』と。
原石……? 俺はハッとした。待てよ。原作のマインの動向は?
原作では、マインはモブキャラとして退場するはずだった。だが、裏設定としての教団は確かに存在する。
そして、原作後半でメイザーが闇落ちした際、彼女が所属することになる組織もまた──『エーテリス邪竜教団』だったはずだ。
「……っ!」
そうだ。俺は完全に失念していた。
メイザーは闇魔法の適性者だ。そしてマインは教団の幹部クラス。
奴が探していた原石とはメイザーのことなんだ!
「……気づいたようだな」
俺の表情の変化を見て、クギョウ教官が目を細める。
「奴らにとって評判失墜など、とるに足らない通過点に過ぎない。本丸はもっと深い闇……世界の理そのものをひっくり返すことにあるのかもしれん」
クギョウ教官の推測は、恐ろしいほど的を射ている。
マインはメイザーの資質を見定め、確信を持って帰っていったのだ。
つまり、メイザーは教団にマークされたということになる。
「ヒョウガ。お前、つくづく変な奴だな」
不意に、クギョウ教官が呟いた。
「え?」
「俺でさえ、マインの背後にある組織の実態を掴みかねている。若い頃は世界中を旅して、ある程度世界の裏も見てきたつもりだが……『教団』なんて名前すら知らなかった」
教官の目が、値踏みするように俺を見つめる。
「それなのに、ただの一生徒であるお前が、マインと対峙した際に『教団』という単語を口走ったこと。俺が五紫星だと知っても驚かず、誰にも言いふらさなかったこと」
心臓がドクリと跳ねた。
バレている……俺が知りすぎていることに。
だが、原作知識があるなんて言えるわけがない。実はこの世界は作りものなんですってか? 間違いなく尿検査が必要だと判断されるだろう。
俺が押し黙っていると、クギョウ教官はフッと表情を緩めた。
「まあいい。言いたくないなら無理には聞かん……お前の情報のおかげで、少し整理ができた」
教官は立ち上がり、俺の肩にポンと手を置いた。
「それともう一つ……卒業試験にお前らが参加することが決まった」
「えっ、俺達がですか?」
「ああ。上からの命令だ。今回の件で実力は証明されたと判断されたらしい」
俺は内心、顔を引きつらせた。
卒業試験。それは原作における『惨劇の章』だ。
本来ならまだ先のイベントだが、歴史の修正力によって前倒しになったのか。
大勢のキャラが命を落とす運命の分岐点……やるしかないか? 原作と流れが違うとはいえ、マインやキュクロープスが出てくる可能性は高い。
俺は拳を握りしめ、改めて覚悟を決めた。
「さてと、お見舞い行っとくか」
中庭を出た俺はそのまま医務室へと向かう。白いベッドの上で、メイザーはまだ眠り続けている。
あれから一週間。彼女の献身がなければ、俺達は今ここにいなかっただろう。
「メイザー……」
俺は彼女の冷たい手にそっと自分の手を重ねた。
すると──ピクリと彼女の指が動いた。
「んぅ……」
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。
そこには、いつもの澄んだ瞳があった。
「あ、ヒョウガ様……?」
「メイザー! 気がついたか!」
俺は慌ててソニア教官を呼んだ。
診察を終えたソニア教官が、額の汗を拭いながら安堵の息を吐く。
「峠は越えたね。あとは暫く安静にしていれば大丈夫かな」
「ご心配をおかけしました、ヒョウガ様……♡」
メイザーはベッドに体を起こし、上目遣いで俺を見つめる。そして何故か目を閉じ、唇を軽く尖らせてきた。
「……いや、しないよ?」
「あぁ、冷たいヒョウガ様……そんな所も素敵です♡」
元気そうで何よりだ。
だが、よく見ると──彼女の髪で隠れていた方の目の周囲に、ひび割れたような黒い痣が残っていた。
「……その傷」
「ああ、これは……未熟な肉体で闇魔法を酷使した代償ね。悪いけど、それは私にも治せない」
ソニア教官が痛ましげに言う。
メイザーは気にした様子もなく、その傷を手で隠すように微笑んだ。
「お見苦しいようで申し訳ありません……ですが、これはヒョウガ様をお守りした勲章ですから♡」
「メイザー……」
彼女は俺の手を取り、自分の頬にあてがってすりすりと甘える。
その一途すぎる愛情表現に、俺はふと疑問を抱いた。
「あの、ソニア教官」
「ん?」
「メイザーの魅了魔法って、いつになったら解けるんですか? もうマインはいないし、術者との距離が離れれば効果も薄れるはずじゃ……」
マインによる洗脳じみた魅了。それが解ければ、彼女も正気に戻るはずだ。こんな風に過剰に俺に尽くすこともなくなるだろう。
少し寂しい気もするが、それが本来の彼女だ──が、ソニア教官は「言いにくいんだけど……」と視線を逸らし、ポリポリと頬を掻いた。
「そんなもん、とっくに解けてるわよ」
「……は?」
俺の思考が停止した。
とっくに解けている? じゃあ、今のこのデレデレは? 俺の手を握りしめ、熱っぽい視線を送ってくる彼女は?
「いくら強い魅了魔法とはいえ、ここまで持続するわけがない。現にアルドールの住民はすぐ解けたし。いつ解けたのかは知らないけど、最近じゃないと思うよ」
「ええ!?」
「魅了魔法が解けた後も、記憶が刻まれて好きという気持ちが残ったのか……この子の脳が今のままでいたいって、無意識に選んだのかもね」
俺は恐る恐るメイザーを見る。
彼女は真っ赤な顔で、しかし幸せそうに微笑みながら、こくりと頷いた。
「確かに頭のモヤモヤが取れたような……でも、ヒョウガ様をお慕いする気持ちは変わりません♡」
マジか……マジっすか。俺は頭を抱えたくなった。
これじゃあ、俺が原作知識で知っていた氷の魔女設定が完全に崩壊しているじゃないか。
いや、もしかしたらこれが、俺が変えてしまった運命の副作用なのかもしれない。
別に悪い気もないし、正直ちょっとホッとした側面もあるけどさ……別の意味でも前途多難になりそうだなこりゃ。




