表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/34

#17 死闘、そして

「クソッ、離せ! 俺に酒をかけるんじゃねえ!」


 広場の外縁。そこはカオスを極めていた。

 クギョウは顔をしかめ、まとわりつく群衆を腕だけで強引に振り払う。

 だが、払っても払っても、ゾンビのように湧いてくる市民達に苛立ちを隠せないでいた。


「飲みましょうよぉ。お兄さん強そうだし!」

「ほら、あーん」


 媚びるような笑顔で、得体の知れない油ギトギトの肉料理を口に押し付けられる。

 クギョウのこめかみに、どす黒い血管が浮き上がった。


「シキ……俺はもう我慢の限界だ。コイツら、全員ぶっ飛ばしていいか?」

「ダメに決まっているでしょう。そんなことをすれば大問題になります。マインの思う壺ですよ」


 シキ教官が冷静に、しかし必死に制止する。彼もまた、数人の女性に囲まれて身動きが取れずにいた。

 クギョウは盛大に舌打ちをする。


「チッ……! 分かってはいるがよ」


 民衆の様子が明らかに不自然だとクギョウは眉をひそめる。自分やシキへの殺到の仕方が、単なる歓迎のレベルを超えていると。


「……まさか」


 クギョウは群がってくる男の一人を捕まえ、強引にその仮面を剥ぎ取った。

 露わになった男の目は──毒々しいピンク色に染まり、焦点が合っていなかった。


「やっぱりか……! 魅了魔法だ!」


 クギョウが歯噛みする。

 物理的な拘束なら力尽くで破れる。魔法による攻撃なら相殺できる。

 だが、守るべき市民そのものを武器にされた場合、勇士はあまりにも無力だった。


「ソニアのような転移魔法でも使えれば別だが……クソッ、あいつら無事だろうな!」


 ────

 ──


 広場の中央──俺とグレンは、圧倒的な死の予感と対峙していた。

 時間を稼ぐ? 俺らが?

 剣を構えながら、冷や汗で滑る柄を握り直す。

 相手はあのクギョウ教官すら警戒する闇魔法の使い手。1分? いや、10秒もつのか?


「行くぞヒョウガ!」


 グレンが恐れ知らずに突っ込む。俺もそれに続くしかない。

 泥臭くてもいい。メイザーの魔法が完了するまでの壁になれれば──!


「──遅いよ」


 視界がブレた。

 気づいた時には、俺の体はくの字に折れ、地面に口づけをしていた。


「あ……が……っ」


 鳩尾に走る激痛。息ができねえ。

 魔法ですらない。ただの拳による一撃。それだけで、俺の意識は飛びかけた。

 いてぇ……涙が滲む。怖い、怖い、怖い。

 こんな暴力を振るわれたのは小学生の喧嘩以来だ。

 漫画やゲームのバトルとは違う。骨が軋む音、肉が潰れる感触、そして圧倒的な死の匂い。

 俺の体はガタガタと震え、立ち上がることすら拒絶していた。


「これが勇士の世界だよ、ヒョウガ君」


 マインが俺を見下ろし、慈悲深い神父のように微笑む。息もできない激痛の中、マインはゆっくりと語り出す。


「弱者は蹂躙される。理不尽に、一方的にね。まあ、そんな世界ももうすぐ我々が滅ぼす。安心していいよ」


 マインの視線が、横で同じように倒れていたグレンに向く。

 だがグレンは、震える足で立ち上がろうとしていた。


「……まだだ」

「ほう?」

「まだ、終わってねえ……!」


 鼻血を流し、ふらつきながらもマインに向かって拳を構える。

 俺はもう指一本動かせないのに。なんでお前は立てるんだよ……どうやっても勝てない相手に、勝つことしか頭にない。自分が負けるなんて微塵も思ってない。だから絶対諦めない。

 漫画で見る主人公としての当たり前が、実際見るとこんなにも眩しいなんて……俺には無理だよ。

情けなさと羨望。主人公グレンの凄まじさを、俺は特等席で見せつけられていた。


 屋根の上。

 そこでは別の静絶な戦いが繰り広げられていた。


「ぐ、うぅぅぅぅ……ッ!!」


 メイザーの口から、悲鳴とも咆哮ともつかない声が漏れる。

 彼女の美しい顔は苦悶に歪み、額や首には青筋が不気味に浮き上がっていた。

 限界などとっくに超えている。

 目、鼻、口──あらゆる穴から鮮血が流れ出し、服を赤く染め上げていく。


(……信じられない)


 背中から魔力を送るソニアは、戦慄していた。

 メイザーの肉体は崩壊寸前だ。いつショック死してもおかしくない。

 だというのに──彼女の中で練り上げられる魔力は、衰えるどころか爆発的に増幅している。


(この歳で、これほどの闇魔法適性……将来、この子は本当にとんでもない逸材(魔女)になるわ……)


 ガシャーン!

 梯子がかけられ、屋根の上に魅了された市民たちが這い上がってくる。

 その光景に、ソニアはしまったと冷や汗を流すが、人々の前に影が立ちふさがる。


「おやおや、ここでお待ちくださいねェ」


 レイジマンが大盾を構え、入り口を塞ぐ。

 押し寄せる民衆を必死に押さえる。

 その顔にはいつもの不気味な笑みが張り付いているが、額からは滝のような汗が流れていた。


「早くしてくださいねェ……腕がもげる前に」


 地上──マインは、何度も立ち上がってくるグレンを見て、呆れたように鼻を鳴らした。


「ヒョウガ君はともかく、君は自分と相手の戦力差も測れないアホなんだね」


 マインが前髪をかき上げる。

 その時、俺の目はある一点に釘付けになった。

 露わになったマインの左手の甲。そこに刻まれていたのは──


「あ、あれは……」


 勇士協会認定の『勇士』の証──赤い勇士の紋章だ。そうか……腐っても元教官。教官は勇士6段階の上位3紋の勇士しかなれない存在だ。


「まずは相手の力量を知ることだよ」


 マインの拳が、グレンの顔面へと迫る。終わった──そう思った、瞬間。

 パシッっと乾いた音が響いた。

 グレンの左手が、マインの拳を受け止めていた。


「……なに?」


 マインの目が驚愕に見開かれる。

 次の瞬間、グレンの右拳が炎を纏って唸りを上げた。


「おおおおらぁッ!!」

「っ!」


 ドゴォッ! と鈍い音と共にマインの顔面が弾かれる。炎の拳が直撃し、マインがよろめいて後退った。

 馬鹿な! 俺は我が目を疑った。あのマイン相手に、グレンが魔法戦で渡り合っている!? 

 ていうかこんな序盤でグレンが魔法を!? そうか……原作とは違い、訓練ではなく本物の戦いという逆境がグレンを強くしたんだ。

 グレンはペッと血の混じった唾を吐き捨て、不敵に笑った。


「お前なんて知らねえよキツネ野郎」

「……なんだと?」

「俺は世界一の勇士になる者だ! キョウダンだかションベンだか知らねえが、コソコソ這い回る小物に用はねえんだよ!」


 グレンは親指を下に向けて突き出した。


「相手を知るだ? お前なんて、知らねえままで十分だ」


 その挑発に、マインの表情から余裕が消えた。


「気丈だね。まあ、それも嫌いじゃない」


 マインは首を振り、ため息をつく。

 そして右手に、どす黒い漆黒の炎を宿した。


「あまり使いたくはないんだけどね」

「なっ、黒い炎……!?」

「不思議かい? 私も当然魔法は使える……相手をいたぶる折檻用だけどね」


 ドガッ! バキッ!

 黒い炎を纏った拳が、グレンを襲う。

 今度は受け止められない。防戦一方となり、グレンの体があちこち焦げ、吹き飛ばされる。


「が、ぁ……ッ!」


 瀕死の状態になり、それでも立ち上がろうとするグレン。

 俺は……俺は、何をしているんだ?

 地面に這いつくばって、特等席で見学か? 主人公がボロボロになって戦っているのに、俺は泥を舐めているだけか?


(ふざけるな……!)


 ヒョウガ=ウェンディールが、地面を這うなんてあり得ない。俺は歯を食いしばり、よろめきながら立ち上がった。


「俺は……ヒョウガ=ウェンディールだァァッ!!」


 もう知らねえ。よく分からんが全部凍っちまえ!

 咆哮と共に、俺は地面を叩きつける。

 すると地面から、天を穿つような巨大な氷の棘が無数に出現し、マインへと殺到した。


「む?」


 マインは咄嗟に炎でガードする。

 だが、氷の切っ先が炎を突き破り、マインの頬と掌を切り裂いた。鮮血が舞う。


「……面白いね」


 マインは頬の血を舐めとり、不敵に笑った。

 直後、俺の視界が揺らいだ──顔面への一撃。

 俺は人形のように吹き飛び、地面に叩きつけられる。


「あ、が……」


 意識が飛びそうだ……強すぎる。

 原作だと、3年後にこいつら教団と全面戦争になるんだぞ?

 本当に勝てるのかよ、こんな化け物集団に。


(でも……)


 視界の端で、グレンがまだマインを睨んでいる。

 あいつが諦めないなら、俺も諦めるわけにはいかない。


「さて、そろそろ遊びは終わりだよ。生徒達」


 マインの手元に、炎が収束する。

 それは拳ではなく、鋭利な刃の形をしていた。

 完全に生物を殺める形。殺気の種類が変わった。

 マインが炎の刃を振り上げた、その時だった──


 屋根の上──メイザーの体は、限界を超えていた。

 毛細血管が破裂し、白い肌の至る所から血が滲み出している。

 レイジマンの防御も限界だった。盾が弾かれ、民衆が雪崩れ込んでくる。


(意識が……消える……)


 メイザーの視界が暗くなる。

 だが、その暗闇の中で、彼女は見た。

 眼下で、炎の刃に晒されるヒョウガの姿を。


「──ッ!!」


 愛する人が、死ぬ。

 その恐怖が、消えかけた意識を爆発的に覚醒させた。


「ヒョウガ様のために……うあああああぁぁーッ!!」


 絶叫──それは祈りであり、呪詛であり、愛の告白だった。メイザーの体から、爆発的な黒い靄が放出される。

 それは屋根を飲み込み、広場を飲み込み、アルドールの街全体を包み込む。黒い霧が、人々に降り注ぐ。

 バタバタッと糸が切れたように、暴れていた民衆達がその場に倒れ込み、深い眠りへと落ちていく。踊り続ける人、暴れる人……全員が安らかな寝息を立て始めた。


「は、ぁ……」


 それを見届けたメイザーは、糸が切れたように後ろへ倒れた。ソニアがそれを慌てて抱きとめる。


「全く……大した子だよ。あんたは」


 ソニアは深く息を吐き、意識を失った少女の頭を撫でた。

 横では、レイジマンも眠った民衆の下敷きになりながら「お見頃ですよォ」と言い残し、笑いながら気絶する。


 マインの炎の刃が、グレンの首へと迫っていた。

 グレンは動けない。だが、その目は死んでいなかった。最期までマインを睨みつけ、闘志を燃やしていた。

 グレンが死ぬ……ダメだ、それだけはダメだ! 主人公がこんな場所で死んでいいわけねえだろ!

 物語だから死なない? いや、ここはリアルな世界だ。ああ、なんとかしねえと!

 俺が枯れ切った声を出そうとした時──ピタリと、刃が首の皮一枚で止まった。


「……?」


 マインは周囲を見渡す。狂乱していた人々が、静かに眠っている。あれ? なんか皆が寝てる……って、まさか!

 俺とマインは、同時に視線を屋根の上へと向けた。


「……素晴らしい」


 マインは邪悪で、それでいて歓喜に満ちた笑みを浮かべた。全身が凍りついた。横顔からでも確認できるその笑顔に。

 奴の視線は、ソニアに抱えられたメイザーに向けられていた。


「とりあえずは成功だ。素晴らしい……最高傑作だよ」


 マインは炎の刃を消し、踵を返した。

 なんだ? いったい何の話をしてるんだ。緊張と恐怖と痛みで頭がクラクラして、回らねえ。

 マインは俺とグレンの方へ向き直り、何かを言いかけた。


「そう──」


 それを言い終えることはなかった。奴が一瞬にして消えた。

 石造りの建物の壁に激突し、轟音と共に深くめり込むのを見て、初めてマインが吹き飛ばされたことに気付く。

 何が起きたのか分からない俺達の前に、湯気を立てる拳を振り抜いた男が立っている。

 鬼のような形相だった。額に青筋を浮かべ、全身から殺気を垂れ流すその男は、低く唸るように言った。


「俺のヒヨガキ共に何してくれてんだ──テメエは」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ