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#15 炎と共にダンシング

 日が落ちると、アルドールの町は幻想的な世界へと変貌を遂げた。

 無数に浮かぶ赤いランタンの光が石畳を照らし、広場の中央には巨大な篝火が焚かれている。軽快な笛の音と、耳に響く弦楽器のリズム。

 そして何より異様なのは、行き交う人々が全員異形の炎面をつけていることだ。

 人物、動物、異形のものまで様々──素顔を隠した群衆が影を重ね、揺らめく炎と共に踊っている。


「おお、すげえ人だ! みんな仮面つけてるから誰が誰だかわかんねえな!」


 合流したシキ班とソニア班の面々も、それぞれ思い思いの仮面をつけていた。

 グレンは赤い鬼のような面、フランは白い狐面、ハルは可愛らしい猫の面だ。


「……ソニア、見つけたか?」


 人混みの隅で、漆黒の竜面をつけたクギョウ教官が低い声で尋ねる。

 フランケンシュタインのようなツギハギの仮面をつけたソニア教官は、ゆるりと首を振った。


「んーん。でも、何かが蠢いているのは確かね」

「蠢いている?」

「ええ。腐ったような魔力の残滓が、あちこちに点在している。まるでカビの胞子みたいに拡散してんのよ。発生源が特定できないのさ」


 ソニア教官の不穏な言葉に、クギョウ教官の肩が強張る。

 だが、隣にいたシキ教官──シンプルな白い仮面をつけているシキ教官が、なだめるように呟く。


「まあまあ。流石にこれだけの衆人環視の中です、派手な騒ぎは起こさないでしょう。今は生徒達に息抜きをさせてやりましょう」

「……チッ。だといいがな」


 教官たちの会話を背中で聞きながら、俺はメインイベントである『炎面舞踏会サラマンダンス』の輪の中にいた。

 ルールは簡単。近くにいる人と手を取り合い、音楽に合わせて踊るフォークダンスのようなものだ。


「ああ……夢のようです。ヒョウガ様♡」


 俺の手を取るのは、青と対になるピンク色の仮面をつけたメイザーだ。

 仮面の下から覗く口元が、幸せそうに綻んでいる。


「この『炎面舞踏会』は、魔竜サラマドリアに踊りを捧げるだけではありません。こうして仮面で素顔を隠すことで、普段は言えない本音……心の奥底を吐露し合う場所でもあるのです」

「本音か……」

「はい。ですから、聞いていただけますか?」


 メイザーは俺の胸に、トンと頭を預けてきた。


「私、自分が『魅了魔法』にかかっていることは理解しています」

「えっ? 自覚あるのか?」

「なんとなくは……ですが。私の心の中がかき乱され、頭の中に靄があるような感覚がありますから……でも」


 彼女は俺の手をギュッと握りしめた。


「それが治るのが少し怖いのです。もし魔法が解けて、この溢れるような愛おしさが消えてしまったらどうしようって。例えこれが偽りの魔法だとしても、私はこのまま、貴方様をお慕いしていたい」

「メイザー……」


 その言葉は、狂気的でありながら痛いほどに純粋だった。

 魅了魔法なのは分かってるのか……解けたらどうなってしまうんだろう。急に俺のこと嫌いになるのかな。今のままはダメなのは理解してるけど、なんか寂しくもあるなそれは。

 彼女の献身に俺はどう答えるべきか。俺は仮面越しに彼女を見つめ返した。


「……俺も不安なんだ」

「ヒョウガ様?」

「遠く離れたこの場所での新しい人生。期待もあったけど、やっぱり怖いんだ。俺の選択が正しいのか、誰かを不幸にするんじゃないかって」


 これは俺の本音だ。転生してから不安じゃない日なんてない。思い悩む夜をずっと繰り返している。

 原作知識があるからこその恐怖だ。だけど、これだけは嘘じゃない。


「でも、グレンや皆の隣にいて、皆を守りたいという信念だけは変わらない……お前のことも、絶対に守り抜くつもりだ」

「──っ!」


 メイザーが息を飲む気配がした。

 彼女は感極まったように、俺の胸に顔を埋める。


「ああっ。私も、どこまでもお供しますわ。地獄の果てまで……♡」


 音楽のテンポが上がり、パートナーチェンジの合図が鳴る。

 俺はメイザーと離れ、次々と流れてくる相手と踊った。

 元気いっぱいに飛び跳ねるグレン、優雅なステップを踏むフラン、独特なクネクネした動きで翻弄してくるレイジマン、緊張を感じさせない軽快なハル。

 笑顔と熱気──誰もがこの瞬間を楽しんでいる。


「次は私と踊ろうじゃないか」


 不意に、俺の腕が強引に引かれた。

 力が強いわけではない。だが、絶妙な重心移動によって、抗う間もなく次のパートナーの元へとスライドさせられる。


「……ッ?」


 目の前にいたのは、道化師ピエロのような仮面をつけた長身の男だった。

 拒否しようとする俺を無視して、男は完璧なリードで俺を踊りの輪の中心へと誘う。


「いい夜だねえ。君もそう思いませんか? ヒョウガ君」


 名前を呼ばれた瞬間、背筋が凍りついた。

 この声。この粘着質な響き。

 俺は踊りながら、震える手で自分の仮面に触れた。


「な、まさか……!」


 男は仮面を少しだけ上にずらした。

 そこに現れたのは──病的なまでに白い肌と、糸のように細められた目。そして、三日月のように歪んだ唇。


「──ッ!?」


 マインだ──俺の思考が停止する。なんで、ここに。教官たちは気づいていないのか?

 俺が叫ぼうとした瞬間、マインは人差し指を唇に当てた。


「シィーッ……騒いではいけないよ。せっかくの舞踏会が台無しになってしまう」

「な、何故ここに……」

「おや、君に会いに来たんだよ?」


 俺に会いに来た? 突然の邂逅に、心臓が高鳴って耳が熱くなる。喉が焼けるようだ。

 目標が目の前に現れた千載一遇の好機──しかし、俺は動けなかった。魔法で応戦? 殴る? 逃げる? 無理だ。全く体が動かない。人間ってのは、本当の緊急時には固まってしまうもんなんだ。

 マインは軽やかにステップを踏みながら、まるで世間話でもするように語りだす。


「以前、君と対峙した時……君は口走ったよね。教団と」

「あ……」

「通常、一介の学生ごときが我々の存在を知る由もない。君は何を知っている?」


 一瞬だった。

 まるで全力で走行するダンプカーと正面から向き合ったかのような威圧感が、俺の体を突き抜ける。

 ここからすぐにでも逃げ出したい程に、その一瞬見せたマインの圧が凄まじかった。多分、これが殺気ってもんなんだろう。

 戦意喪失しちまった。本当に同じ人間かよ……コイツ。


「私はあくまで『協会の評判を下げる工作員』として動いていたのだから。故に興味が湧いたんだよ。君は何者なのかとね」


 俺の失言だ。原作知識があったせいで、本来知るはずのない単語を口にしてしまった。それが蛇を呼び寄せてしまったのか。


「……怯えさせてしまったようだね。ごめんね。代わりに教えてあげるよ。我々の崇高な目的を」


 マインの目が、仮面の奥で妖しく光る。


「我々が扱う『闇魔法』こそが、この星の原初の魔法なのです。炎や水といった四大魔竜の魔法は、そこから派生した不純物に過ぎない。我々の悲願は祖竜エーテリス様を復活させ、今一度世界を『真なる魔法』あふれる姿に戻すこと」

「世界を、戻す……?」

「そう。偽りの秩序を壊し、あるべき姿へ──」


 狂っている。だが、その口調には確固たる信念があった。俺はなんとか声を絞り出す。


「じゃあ、闇魔法を使えない人間はどうなるんだ?」

「愚問だね」


 マインは仮面を撫で、嘲笑うように言った。


「闇魔法を使えない者は、人間ではないよ」

「な……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で原作の設定がリンクした──そうだ。マインが教団員なのは知らなかったが、教団としての行動や思想は原作通りなんだ。

 しかし、闇魔法を使えない者は人間に非ずか……狂気的だな。


「ヒョウガ君。一つ伝えておこう」


 曲がクライマックスに向けて激しくなる中、マインは俺の耳元で死の宣告を囁いた。


「私は既に、この場にいる民衆に魅了魔法をかけた」

「なっ……!?」

「炎面舞踏会の素晴らしい所は匿名性だよ。性別も、年齢も、階級も……何も関係ない。抑圧された自我から解放され、本当の自分をさらけ出す。その瞳の奥に眠るのは野性か理性か。フフ、ワクワクしてくるね」


 俺は戦慄する。魅了魔法を見分けるのは瞳の色だ。けど仮面で目が隠れている以上、誰の目が『魅了の色』に染まっているか分からないんだ。

 こいつ、まさかそれに乗じて魅了魔法を……なんてやつだ。


 マインは俺の手を離し、くるりと回って雑踏へと消えようとする。


「あ、待て!」

「さあ、明けない夜の舞踏会の始まりだよ──」


 まばたきをしただけ。だが次に目を開けた時には、マインの姿は消えてなくなっていた。

 マインがいた箇所には、黒い塵。やがてそれも、踊る人々によって見えなくなった。

アイス・オブ・グレンを見るときは

部屋を明るくして テレビから離れて

ブックマークを押してから見るんだぜ! グレン

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