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#14 日本人全員がカンフーやってると思ってそう

 翌朝──アルドールの町は、昨日までの職人気質な雰囲気とは打って変わり、異様な熱気に包まれていた。

 常に響いていたカンカンという鋼を打つ音はこの日ばかりは止み、代わりに笛や太鼓の軽快なリズムが風に乗って流れてくる。

 宿の一室では、窓から見える祭りの様子に、グレンが窓ガラスにへばりついていた。


「うおおお! すっげえ! 祭りだ祭りだ!」

「グレン、はしゃぎすぎだよ」


 フランが諌めるが、グレンは尻尾を振る犬のように振り返る。


「なあギョーザのオッサン! 俺らも行こうぜ! せっかく来たんだしよ!」

「ダメだ。遊びに来たんじゃねえ。俺達はマインを誘き出すためにここにいるんだ。後クギョウ教官な」


 クギョウ教官は即答で却下する。当然だ。

 だが、グレンは食い下がる。


「いいだろ! ちょっとくらい!」

「ダメだ」

「んだよケチ! ハゲ!」

「誰がハゲだ! 教官だぞ俺は! ちったぁ敬えヒヨガキが!」


 不毛なやり取りが続く中、ふとシキ教官が眼鏡の位置を直しながら口を開いた。


「……まあまあ、クギョウ教官。グレン君の言うことにも一理あるかもしれませんよ」

「あ?」

「宿にずっといるのは危険かもしれないという事です」


 シキ教官の言葉に、クギョウ教官が眉をひそめる。


「『木を隠すなら森の中』ですよ。仮面の群衆に紛れ、常に移動し続けた方が、的を絞らせないという意味では安全かと。それに……」


 シキ教官はチラリと、不安そうに固まっているハルやナツキを見た。


「子供達は初めての任務で不安になってる。その前に少しでも、彼らの緊張を解いてやりたい。張り詰めた糸は切れやすいですからね」


 その優しい笑顔に、俺は胸が締め付けられるような思いがした。

 シキ教官。あなたはどこまでも生徒想いだ。原作でも、その優しさで生徒を守り、命を散らしたんだから。


「え、お祭り行けるんですか!?」

「課外授業の一環として、是非この目で見てみたいです!」


 ハルやナツキまで目を輝かせ始めると、流石のクギョウ教官も根負けしたようにため息をついた。


「……チッ。分かったよ。ただし! 絶対に教官の側を離れるなよ。警護しやすいように三班に分ける」


 かくして、俺たちは祭りの人波へと繰り出すことになった。班分けは以下の通りだ。

 

 クギョウ班:俺、メイザー、レイジマン。

 シキ班:グレン、ナツキ、マフユ。

 ソニア班:フラン、ハル。


 通りに出ると、その熱気は想像以上だった。

 道の両脇には無数の出店が並び、香ばしい串焼きの匂いや、甘い果実酒の香りが漂ってくる。

 頭上には無数の炎型ランタンが浮かび、通りの中央では炎魔竜サラマドリアを模した巨大な竜の出し物が、爆竹の音と共に練り歩いている。まるで中華街の春節のような極彩色の世界だ。

縁日と中華が入り混じる混沌とした空間……日本と中国の見分けがついてないハリウッド映画みてー。


「ヒョウガ様とご一緒できるなんて、これはもはやデートですね♡」


 隣を歩くメイザーが、俺の腕をがっちりとホールドしてくる。


「ムフッ、よろしくお願いしますねェ」


 反対側では、レイジマンが不気味な笑顔で頭を下げてくる。

 背負った巨大な盾が邪魔で歩きにくそうだが、本人は気にしていないようだ。


「……チッ。邪魔な虫が一匹」


 メイザーがレイジマンを一瞥し、ボソリと毒づく。聞こえてますよメイザーさん。


「ムフフフ! 素晴らしい罵倒ありがとうございまァす!」


上唇をペロリと舌でなぞり、恍惚とした顔で肩を震わせるレイジマン。そうだった……こいつ、こういうキャラだった。

 原作でも何を考えているか分からないキャラだったが、生で見ると一層怪しいな。

 裏切りそうに見えて裏切らない枠だと知っているからいいものの、知らなきゃ真っ先に疑うレベルだ。


「縁日を見てみましょう。ヒョウガ様」


 気を取り直したメイザーに引きずられるように、俺たちは屋台が並ぶエリアへと進む。

 すると、先頭を歩いていたクギョウ教官が足を止めた。


「おいお前ら、まずは面を買うぞ。この祭りじゃ仮面をつけてない方が目立つからな」


 教官は懐から革袋を取り出し、俺たちにジャラジャラと硬貨を手渡してくれた。

 この世界の通貨は『エドル』。全世界共通通貨だ。

 銅貨が100エドル、銀貨が1000エドル、金貨が1万エドル。

 1エドル=約1円というシンプルなレートで、他にも1エドル硬貨や10エドル硬貨などの小銭もある。

 渡されたのは銀貨が数枚。太っ腹だ。


「何を買おうかな」


 俺達は近くの『炎面屋』の前に立つ。

 壁一面に飾られた仮面は、どれも口元が露出した半面タイプだ。目は見えないが、仮面を付けてる者には視界がハッキリ見えるという不思議な仮面だ。

 値段はピンキリで、子供用の100エドルの安っぽいものから、ガラスケースに鎮座し、宝石が散りばめられた1000万エドルの国宝級のものまである。


「俺はこれにするか」


 クギョウ教官が選んだのは、竜を模した先の尖った仮面。横から見ると完全にドラゴンな、立体感ある炎面……渋くて強そうだ。


「僕はこれにしますかね」


 レイジマンが手に取ったのは、毒々しい蝶々のような形をした仮面……うん、似合ってるけど不気味さ倍増だな。デスゲームのゲームマスターみたいだ。


「ヒョウガ様はどれになさいます?」

「んー……」


 俺は壁に並ぶ無数の仮面を見上げる。

 シンプルなものから派手なものまで多種多様で、優柔不断な俺には決めきれない。

 祭りでもお面とか買った事ないしな……アイスオブグレンのキャラがある仮面とかあれば買ってたけど。


「よろしければ、私が選んでもよろしいですか?」

「え? ああ、頼むよ」


 俺が承諾すると、メイザーは嬉しそうに店主と何やら話し込み、2つの仮面を購入して戻ってきた。

 1つは鮮やかな青色、もう1つは淡いピンク色。デザインは対になっており、流麗な羽飾りがついた美しい仮面だ。


「あ、あの……これを」


 メイザーは青い方の仮面を俺に差し出す。なぜか指先が震えており、顔が赤い。

 俺はそれを受け取り、装着してみる。視界が少し狭まるが、つけ心地は悪くない。


「……似合ってますわ、ヒョウガ様! とっても素敵です!」


 メイザーがぱあっと顔を輝かせ、うっとりと俺を見つめる。そこまで褒められると悪い気はしないな。


「じゃあ、私も……」


 メイザーがピンク色の仮面をつけようとした、その時だった。


「おっ、そこのお嬢ちゃん! すっげえ美人だね!」

「俺達と遊ばない? もっといい店知ってるぜ?」


 3人組の若い男たちが、メイザーを取り囲んで声をかけてきた。ナンパだ。まあ……美人だしなメイザーは。

 だが、メイザーの表情が一瞬で凍りつく。


「……失せなさい。あんたらなんかに1ミリも興味ないわ。ゴミが視界に入らないで」


 絶対零度の声。男達が反論する気もなくなるくらいの覇気だ……彼らはビクリとすくみ上がる。


「私には、心に決めた殿方がいるの」


 メイザーはピンクの仮面を装着すると、俺の方へと歩み寄り、愛おしそうに俺の仮面を撫でた。


「なっ……あれは……!」


 その光景を見た男達が、青ざめた顔で後ずさる。


「『比翼の仮面』じゃないか……!」

「こ、恋人同士……それも生涯を誓い合った仲ってことかよ……! ていうか、男の方は貴族じゃ……」

「マジかよ! 貴族の女に手を出したらヤベえぞ、逃げろ!」


 男達は脱兎のごとく逃げ出した。

 え? 今、なんて言った? 比翼? 生涯を誓い合った?

 俺が困惑していると、店主が豪快に笑う。


「はっはっは! モテ男だねえ、あんちゃん! その青とピンクの対になった仮面はね、この地方じゃ恋人用の仮面として有名なんだよ。しかも、ただのペアじゃない。女から男へ贈る場合、『生涯寄り添うことを誓う』っていう意味が込められてるんだ」 「は……はいぃぃぃ!?」


 俺は思わず裏返った声を出した。

 生涯の誓い!? ただの仮面じゃないのか!?  

 さっきの男達は、貴族であること以上に、その「重すぎる愛の誓い」を見せつけられて戦意喪失したってわけか。


「あ、あの……メイザーさん?」


メイザーは自身の頬を両手で包み、フルフルと首を振った。


「し、知りませんでした! たまたまデザインが気に入っただけで……深い意味なんて〜♡」


 真っ赤になって弁解するその姿。

 それが本当なのか、計算なのかは定かではない。

 だが──さっきの男達に向けた殺気と、今のデレデレ具合の落差よ……本当に君は、メインヒロインか何かなのか?

 俺は呆れつつも、内心で大きく深呼吸をした。

 魅了魔法のせいだと分かっていても、学園一の美少女にここまで真っ直ぐな好意(と重い契約)を向けられれば、男としてドキドキしないわけがない。


「行きましょう。ヒョウガ様♡」

「う、うん……」


 俺は一抹の不安と、くすぐったいような甘さを感じながら、祭りの喧騒へと足を踏み出した。

 心臓の鼓動が祭りの太鼓のリズムと重なって早くなっているのを、俺は自覚せざるを得なかった。

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