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#13 闇魔法はえげつない

 宿の一室。アルドール周辺の地図が広げられたテーブルを囲み、重苦しい沈黙が漂っていた。

 作戦会議にはクギョウ、シキ、ソニアの3教官と、俺達生徒8名が参加している。


「単刀直入に言う。今回の作戦目的は逃亡した元教官マインの捜索、および捕縛だ」


 クギョウ教官が低い声で切り出す。


「ただし相手は特級の危険人物だ。抵抗された場合、あるいは捕縛が困難と判断した場合は──即時抹殺も許可されている」

「まっ、抹殺って……殺すって事ですか?」


 ハルが怯えたように声を上げる。

 無理もない。俺達はまだ入学して間もない学生だ。人を殺すという選択肢を提示されて、平然としていられるはずがない。


「安心しろ。お前らの役割はあくまで後方支援だ。マインと直接交戦するのは俺達教官がやる。奴と対峙したら全力で逃げろ。いいな?」


 戦闘は教官が行い、生徒は後方支援か……見てろって事だろうな。見学授業みたいなものって捉えていいのか? だったら危険は少なそうだけど。


「……あの、一つよろしいですかァ?」


 手を挙げたのはレイジマンだった。首を直角に曲げつつ視線を移す。


「なんで僕達なんでしょうかァ? そんな危険な相手なら、協会のプロ勇士たちをもっと呼べばいいと思いますけど」


 その問いに、クギョウ教官は不愉快そうに舌打ちをした。


「……上が動かねえんだよ」

「え?」

「本部には要請したさ。だが、返答は『却下』だ。『たかが地方の学園の一教官の不祥事。そんな些少な事件に割く人員はない。あなたがいるなら十分だろう』とな」


 クギョウ教官は苛立ちを隠そうともせず、煙管を灰皿に叩きつけた。

 教官や生徒が死傷している事件を些少と切り捨て、現場に丸投げする。それが世界を統べる勇士協会の回答だった。


(……こりゃ、まさか)


 俺は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 この対応は、単なる組織の腐敗や無能ゆえじゃない。

 俺は知っている。この『アイス・オブ・グレン』という物語において、勇士協会という存在がどんな組織かを。

 この放置は、単なる組織の合理的判断という物事で片付けていいのだろうか? いや、そんなわけない。いくらクギョウ教官は強いからって……そんなの横暴だ。だってあの協会は──


「で、肝心のマインの居場所は?」


 シキ教官が眼鏡の位置を直しながら話を戻す。

 それに答えたのは、けだるげに欠伸を噛み殺していたソニア教官だった。


「詳しい場所は分からない。けど、この町にいるのは確実よ」


 迷いのない断定だった。


「なんで分かるんだ?」

「私の鼻よ……同類の痕跡は、腐ったような匂いが残るの」


 ソニア教官は自嘲気味に笑う。

 学園唯一の闇魔法使いである彼女にしか分からない感覚なのだろう。


「てか、そもそも闇魔法ってなんなんだ? すげーのか?」


 グレンが素朴な疑問を口にする。

 確かに、一般的には珍しい魔法程度の認識しかない。だが、ソニア教官の表情は一瞬で真剣なものに変わり、纏う空気が重くなった。


「すげーなんて言葉じゃ片付かないわね」


 彼女はため息混じりに、自身の胸元に手をかけた。


「口で説明するより、見た方が早いわね」

「えっ、ちょっ、ソニア教官!?」


 ハルが慌てるのを無視して、ソニア教官は着崩した白衣の下にあるシャツを捲り上げ、その白い肌を露わにした。

 豊満な乳房の下から、下腹部にかけて──


「ひっ……」


 誰かが息を飲む音が聞こえた。

 そこには、白い肌を侵食するように、どす黒く変色し、まるで枯れた大地のようにひび割れたおぞましい『跡』が刻まれていたからだ。

 怪我の傷跡ではない。何かもっと根源的な……生物としての在り方がねじ曲がったような痕跡。


「これが『闇魔法』の代償よ」


 ソニア教官は淡々と告げ、服を戻した。


「通常の四属性魔法は、大気中の魔竜の力を借りて『自然現象』を起こすもの。対して闇魔法は、世界のルールそのものを書き換える異端の力……だからこそ、人の道を外れる」

「人の道を……」

「そ、闇の魔力はとても貪欲なの。術者の魔力、精神、生命力……全てを燃料にして理をねじ曲げる。制御を一つ間違えれば、術者は魔力に食い尽くされて死ぬわ」


 彼女は自身の腹部を服の上からさする。あの傷がまだ痛むかのように。


「習得には想像を絶する苦痛が伴う。全身の血管に焼けた鉛を流し込まれるような激痛と、精神を削り取られる恐怖……私は一つ習得するだけで、このザマよ」


 その言葉の重みに、俺たちは言葉を失った。

 闇魔法──それはゲームの隠しスキルみたいな便利なものじゃない。身を滅ぼす呪いそのものだ。


「そして何より残酷なのは、これが完全に『才能』に依存する事。どんなに努力しても、耐性がない人間は扱えない。選ばれた異常者だけが、痛みに耐えてようやく扱える禁忌の力なの」


 ソニア教官はクギョウ教官へと視線を移し、声を震わせた。


「……ねえクギョウ。マインの野郎は、オーグリンやキュクロープスを操った『魅了』に加え、最後にアンタの前から消えた『転移』を使ったのよね?」

「……ああ、間違いない」


 その肯定に、室内の温度が急速に下がっていくのを感じた。


「……信じられないわねえ」


 ソニア教官が深く息を吐く。


「奴は少なくとも、2つの系統を実戦レベルで操っていることになる。1つ習得するだけでも死にかける、あの闇魔法を2つも……」

「……相応の使い手という事だな」


 ただの悪い教官だと思っていた男の評価が、底知れない怪物へと書き換わっていく。

 あのひび割れた傷跡が一つ増えるだけでも致命的なはずなのに、マインは平然と複数の闇魔法を行使している。

 得体の知れない恐怖が、じわりと足元から這い上がってくるようだった。

 マイン……原作では全く活躍しなかった影の人物。底しれないな。


「全員、心してかかろう。敵は我々の常識が通じない相手だよ」


 シキ教官の警告に、俺達は無言で頷くしかなかった。


「よし、では解散だ。明日からに備えて休んでおけ」

「あれ? ギョーザ教官はどこ行くんだ? 部屋こねーの?」

「個室だ。あとクギョウ教官な」

「えー! 大人ばっかりずりーぞ!」


 俺達は部屋に戻り、それぞれのベッドで装備の点検や、心の準備を始める。

 俺は硬いベッドに寝転がりながら、チラリとシキ班の方を見る。

 ナツキとマフユが不安そうに身を寄せ合い、ハルがそれを優しく励ましている……死なせたくないな。

 俺の知識アドバンテージはこの為にあるんだから。


「よう、ただいま!」


 重苦しい空気を切り裂くような明るい声。

 振り返ると、いつの間にか部屋を抜け出していたらしいグレンが、両手に何やら香ばしい匂いのする包みを持って立っていた。


「グレンお前……こんな時にどこ行ってたんだよ」

「ん? 腹減ったから下の酒場に行ってたんだよ。そしたら面白い話を聞いてさ!」


 グレンは買ってきた串焼きをフランやハルたちに投げ渡しながら、ニカっと笑った。


「明日、この町で年に一度のデカい祭りがあるんだとよ! えーっと……なんて言ったっけ。サラマン……サラダ……サラウドンポンズ?」


 俺はその響きにピクリと耳を動かす。


「まさか……炎面舞踏会(サラマンダンス)?」

「そう、それだぜヒョウガ! なんでも、この国を守護する炎魔竜サラマドリア様に感謝の踊りを捧げる神聖な儀式らしいぜ」


 グレンの説明に、皆が首を傾げる。


「サラマンダンス……?」

「おう。参加者は全員、色んな形をした仮面を被って、広場で夜通しダンスを踊るんだと。身分も性別も関係なくな! 楽しそうじゃね?」


 無邪気に語るグレンの言葉に、俺の記憶の底にある情報がリンクした。

 そうだ、思い出した。原作の『アルドール編』には、そんな背景設定があった。原作では語られなかったけど、アニメ版でちょこっと描写があったな。

 だが、今の俺の脳裏に浮かんだのは、そんなロマンチックなダンスシーンではない。

 仮面、不特定多数の群衆……そして、身分を隠して誰もが混ざり合うカオス。もし俺がマインなら──こんな絶好の舞台を見逃すだろうか?

 町中の人間が集まり、全員が顔を隠しているその状況。テロリストにとって、これ以上の人質と隠れ蓑はない。


(……待てよ。マインがここに潜伏しているのも、まさかこの祭りに合わせる為だったのか?)


 串焼きの匂いと祭りの熱気。

 その裏で蠢くドス黒い悪意の予感に、俺は思わず身震いした。嫌な予感がする。

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