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#12 訓練だと思ったらガチ任務でした

 アルドールに到着したのは、太陽が昇りきった頃だった。

 そこは、赤い岩山に囲まれた、鍛冶が盛んな石の町だった。

 岩肌をそのまま削り出して造られた無骨な建物が軒を並べ、カンカンとリズミカルに鉄を打つ音が、町の至る所から響いてくる。

 大通りに出ると、バザールの軒先には打ちたての剣や鎧、そして加工されたばかりの宝石が所狭しと並べられ、多くの冒険者や職人たちで賑わいを見せていた。


「くぁ……ねっむ……」


 活気ある大通りを歩きながら、グレンが大きく口を開けて欠伸をする。

 まあ無理もないか。夜明け前の早朝に学園を出発して、数時間かけてようやく到着したんだ。

 俺たちの眠気は長時間の徒歩移動による筋肉痛で多少覚めているが、元来朝に弱いグレンにとって、この集合時間は拷問に近いんだろう。


「締まりないわねえグレン……私は緊張して仕方ないよ」


 隣を歩くフランは、不安そうに溜息を吐きながら周囲を警戒している。

 本来なら、今回のような敵の追跡なんて危険な任務は、プロの勇士が出払って処理すべき案件だ。

 まだ入学して間もない学生が、命懸けの現場に放り込まれる。緊張感を抱くのは当たり前だし、むしろそれが健全な反応だ。


「今回の作戦は本格的な実戦よ。生半可な覚悟なら、今のうちに帰ったらどう?」


 そんな2人に対し、メイザーが冷ややかな視線を投げかける。

 彼女は長い髪を払い、氷のような声で言い放つと──くるりと俺の方へ向き直り、瞬時に表情を崩壊させた。


「もちろん、私がヒョウガ様をお守りしますからご安心くださいね♡」

「……お前はもう少し緊張感を持て」


 俺はメイザーを腕から引き剥がしながら、改めて自分たちがこの作戦に選ばれた理由を整理する。

 理由は大きく分けて3つ。

 1つ目は、俺たちが既にマインと接触しており、奴の顔や手口を知っている事。

 2つ目は、今回の不祥事を公にしたくない協会側が、秘密裏に動ける『少数精鋭』を求めた事。

 そして3つ目は──俺たちクギョウ班と、合同相手のシキ班が、今年の新入生の中で最も成績や評判が良いからだ。

 勇士学園は実力主義だ。入学から1ヶ月弱。厳しいカリキュラムと実戦形式の試験により、既に同期の半数以上が退学(死亡者もいるが)している。

 そんな中で生き残り、頭角を現しているのがこの8人ということになる。


「着いたぞ。お前ら、先に入ってろ」


 大通りに面した、一際大きな石造りの建物の前で足が止まる。

 先導していたクギョウ教官は、俺たちに入ってろと顎で指示をする。シキ教官、ソニア教官と話し合いでもするんだろう。

 岩を削って建てられたその宿屋は、外観こそ無骨で要塞のようだが、一歩中に足を踏み入れると別世界が広がっていた。

 床には鮮やかな幾何学模様の民族風絨毯が敷き詰められ、壁にはこの地方特産の宝石で作られた装飾品が飾られている。荒々しい外見とは裏腹に、高級感を醸し出す落ち着いた空間だ。


「いらっしゃいま──あ、き、貴族!?」


 店主は俺を見てすくみ上がる。勲章で察したらしい……やはり、どこでも貴族ってのは腫れ物扱いだな。

 この勲章──貴族の中でも相当な位なんだろう。普通だったら、こうやって皆と行動してるのもあり得ないんだろうし。

 動揺していた店主だったが、俺が遠慮しないように言うと、やがて安心したように深く息を吐いて、落ち着きを取り戻してくれた。

 この反応からしても、普段の貴族の態度が伺えるってもんだな。完全に畏怖されている。


「勇士学園の方々ですね。話は伺っております」


 事情を知っていたのか、宿屋の店主はすぐに俺達8人を2階の部屋へと案内してくれた。


「こちらが皆様のお部屋になります」


 通されたのは、10人は余裕で寝られそうな大広間だった。

 部屋の端に簡易的なベッドがズラリと8つ並べられている。


「……ここ一部屋だけ?」


 メイザーが眉をひそめると、店主が申し訳なさそうに姿勢を低くする。


「は、はい……急なご予約でしたので、大部屋しか空きがなく……」

「信じられない。男女で部屋が分かれていないなんて、プライバシーどうなってんの?」


 メイザーは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ごもっともだ。年頃の男女を雑魚寝させるとか、修学旅行でももう少し配慮があるぞ。

 だが次の瞬間、メイザーは俺の腕をガシッと抱きしめる。


「仕方ないわね……では、私はヒョウガ様と同衾いたします♡」

「どんな貞操観念だよ! 文句言ってた舌の根も乾かぬうちに!」


 俺のツッコミも虚しく、結局部屋割りはこの大部屋で確定した。

 荷物を置き、一息ついたところで、シキ班のメンバー──ハル、ナツキ、マフユ、レイジマンと、俺達クギョウ班の面々で、改めて自己紹介をすることになった。

 車座になって座り、それぞれの名前を名乗り、これまでの経緯を話した所で、ハルがふと口を開いた。


「皆はどうして勇士学園に入ったんだ?」


 その純粋な問いかけに、場が一瞬静まる。

 最初に口を開いたのはグレンだった。


「俺は世界一の勇士になるためだ!」


 グレンはニカっと笑い、隣に座るフランを親指で指す。


「俺とフランは同じ村の出身でさ。俺は捨て子で、村長──フランの親父さんに拾われて育ったんだ」

「そうそう。血は繋がってないけど、僕達は兄妹のように育ったんだよ」


 兄妹ってどっちがどっちだよ。お前らだと余計に分かりにくいなオイ。


「ガキの頃に村に来た旅の勇士の話を聞いてさ。すっげえワクワクしたんだ。世界は広い……だから見たくなったんだ。俺もあんな風に旅して、誰もが知ってる英雄になりてえって決めたんだ」


 少年漫画の主人公らしい、直球で熱い動機だ。

 ハル達は「へえー、すごいね!」と目を輝かせている。


「私は……そうね」


 次に口を開いたのはメイザーだった。彼女は長い睫毛を伏せ、少しだけ声のトーンを落とす。


「貴族への復讐……いえ、見返すためよ」

「えっ……」


 メイザーが語る凄惨な過去に空気が凍る。

 だが、メイザーはすぐに俺の腕に頬を擦り寄せ、とろけるような笑顔を見せた。


「でも、ヒョウガ様は別ですわ♡ ヒョウガ様のような素晴らしい方にお仕えする事が、今の私の生きる意味ですもの♡」

「あ、ああ……そうか……」


 復讐という物騒なワードを、愛というオブラートで強引に包み込んだな。

 メイザーとシキ班の面々を交互に見る。本来、メイザーはシキ班に入るはずだった。卒業試験まで一緒だったメンバー。冷たいメイザーにも、彼らは温かく接した……だからメイザーも、卒業時は打ち解けていたんだ。

 けど、そんな卒業試験にて、貴族であるヒョウガとすれ違いを起こしてしまい、仲間を危機に晒す。

 貴族との確執で生まれた自らの過失。それに耐えられず、結果としてメイザーは闇落ちし、敵組織の手先として再登場する。

 あの葛藤を語るコマは名シーンだったな──



 ──

 ────


『クソ、なんて凶暴な魔法だ……』


 ヒョウガの氷魔法に対し、どす黒く変質した高密度の水魔法で対抗するメイザー。

 彼女の攻撃は荒々しく、まるで自分自身を傷つけるかのようだ。


『もう止めろメイザー! それ以上はお前の体がもたねえぞ!』

『こんな形で再会するなんて……私達同じ学園の生徒だったのに……どうしてこうなっちゃったの……』


 グレンの制止もフランの悲痛な叫びも、メイザーには聞こえていなかった。

 激しい魔法の応酬。メイザーの魔法がヒョウガの頬をかすめる。


『あの日……試験中で、あんたが正しい提案をした時、私は反吐が出るほど腹が立った。あんたの言葉一つひとつが癇に障ったのよ。だから私は、あんたの指示を無視した。あんたに頭を下げるくらいなら、死んだほうがマシだと思ったから!』


 一瞬、攻撃の手が止まり、彼女の表情が歪む。


『でも、その結果はどう!? 死んだのは私じゃなかった! ハルが……ナツキが、マフユが! 私のくだらないプライドの生贄になったのよ!』

『フン、自覚はあるのか』

『逃げろって叫ぶハルの声が、今でも毎晩聞こえるの。マフユが最期に呼んだのは、私じゃなかった……お母さんだった。キュクロープスの咀嚼音の中で、私はただ震えて……!』


 メイザーは涙を流しながらも、殺意を込めた魔法を放つ。

 ヒョウガは既の所で避けるが、その額には汗が滲んでいた。


『分かってる……全部、私のせいよ! 貴族が憎いからって、目の前の現実から目を逸らした私が、あの子達を殺したんだわ!』

『それは違うぞメイザー! もうこれ以上自分を責めるんじゃ──』

『私が私を許してしまったら、あの子達の無念は誰が晴らすの!? 私が生きている意味なんて、もうこの怒りしかないのよ! だから憎ませなさいよ! あんたを殺して、全ての貴族を殺して……そうやって狂っていなきゃ、私は自分が一番許せないんだからァァァッ!!』


 ────

 ──


 隣にいるのは、俺にだけ笑顔を見せるメイザー。この状態がいいのか悪いのか……今の俺には分からないな。

 そして、皆の視線は俺に向けられた。


「ヒョウガ君はどうして? ウェンディール家って言ったら、遠い北の大国でしょ? 執政貴族の御曹司が、なんでわざわざこんな遠く離れたサラマドリアの学園に来たの?」


 ハルの問いに、俺は言葉に詰まる……答えられない。 

 俺がここに来た理由は、単に転生した先がここだったからだ。

 だがヒョウガ=ウェンディールとしての理由は?

 名門貴族の嫡男が、自国のエリートコースを蹴ってまで、他国の、しかも実力主義で死人が出るような野蛮な学園に入学した理由。


「……この国は魔法学が盛んだからな。家のしがらみなく、最先端の技術を学びたかったんだ」


 俺は当たり障りのない漠然とした理由を口にした。嘘ではない──だが、真実でもない気がする。


「ふーん、勉強熱心なんだね」


 ハルは納得してくれたようだが、俺の胸には小さな棘が刺さったままだった。


(……本当は何をしに、ヒョウガはこの学園に来たんだろうな)


 原作でのヒョウガはただの嫌味な悪役だった。

 けれど、わざわざ国を出てまでここに来た『本当の動機』が、もしあったとしたら?

 俺がまだ知らない。ヒョウガというキャラの深層。

 それを考える間もなく、部屋の扉がノックされ、クギョウ教官の声が響いた。


「おいお前ら、作戦会議だ。降りてこい」


 休息の時間は終わりだ。俺達は顔を見合わせ、重い腰を上げた。

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