#11 原作死亡キャラ
バタンッ! と豪快に扉が開いた。
脱衣所の入り口に仁王立ちしていたのは、一糸纏わぬ姿のグレンだった。
「おう! 俺も混ぜてくれよ!」
「……は?」
俺とフランが呆気にとられている間に、グレンは脱衣所を我が物顔で通り過ぎ、そのまま浴室へと飛び込んでくる。そして、その背後から──
「ヒョウガ様。お背中、私がお流しします♡」
白いバスタオルを一枚だけ巻いたメイザーが、頬を赤らめながらしずしずと入ってきた。
湯気越しに見える2人の肢体は、健康的でありながらも艶めかしく破壊力が凄まじい。
いや、待て。そうじゃない。
「ちょ、ちょっと待て! お前らなんで入ってこれたんだよ!?」
俺は思わず湯船の中で立ち上がりかけ、慌てて肩まで沈んだ。
ここは男子寮の大浴場だぞ? なんで女子がいる? いや、そもそもなんでグレンまで?
「なんでって……ヒョウガの名前を出したら『ああ、お連れ様ですか。どうぞ』って通されたぜ?」
「ザル警備かよ! いや、そうじゃなくてだな。そもそもなんで男湯に来たんだよっ!」
俺のツッコミに、グレンはきょとんとして首を傾げた。
「オトコユ? なんだそれ?」
「……え?」
その純粋無垢な反応に、俺の思考が停止する。
男湯を知らない?
嫌な予感がして、俺は脳内の引き出しをひっくり返す。前世で読み漁った原作設定資料集の、建築設定のページを浮かべる。
イグニス勇士学園の大浴場は、古代遺跡の発掘によって再現された『古代サラマドリア様式』を採用しており──当時の文化を尊重し、浴槽は巨大なものが一つ存在するのみであると。
「……あ」
俺は頭を抱えた。
見落としていた。いや、読み飛ばしていた。
この世界に男湯女湯という概念はない。あるのは浴場という施設のみ。つまり──ここは混浴だ。
「さあさあヒョウガ様、まずは体を清めましょう♡」
「うわあぁっ! 寄るな! タオルがずり落ちそうだぞ!」
「あら、ヒョウガ様になら見られてもいいですよ♡」
メイザーが迫り、俺が逃げ、グレンが豪快にダイブし、フランがはしゃいでと泳ぎ出す。
「ヒョウガ様。戦闘で体は疲労しているはず。湯船に浸かるだけでなく、マッサージでも如何でしょうか?」
メイザーが腕を絡めつつ、その豊満な胸を押し当てる。
ていうか、なんだこの発育の良さは……15歳だよな?
「い、いや! そういうのはしなくていいから!」
「まあまあ、そう仰らずに……って、あ」
揉み合う中で、俺は足を滑らせる。
前のめりに倒れるが、その先にはメイザーのメイザーズが待ち構えているではないか。
「あ、やば──」
「ヒョウガ様、危ない♡」
抵抗しようとするが、メイザーはなんと俺の頭を抱きかかえ、そのまま自分の胸に押し当ててくる。確信犯だろオイ!
「んむぅ!?」
「ああ、大丈夫ですか? ヒョウガ様♡」
メイザーの豊満な胸で窒息しそうになる。メイザーは甘やかすような声で俺の頭を抱え、髪を優しく撫でてくれる。
こんな事許されていいのか? いや、ダメだろ。倫理的に。
「ちょっとぉ〜。何イチャイチャしてんの?」
やや怒った口調でフランが近付いてくる。俺の背後から腰を掴んで、グイグイ引っ張って引き寄せようとする。
なんか、見えないけど絵面的にヤバい姿勢じゃね? ていうか俺のケツになんか当たってるんですけど! 立派なフランのフランが!
「お? 何遊んでんだ? ハッハッハ! 俺も混ぜろよ!」
続いてグレンが俺の背中にしがみついてくる。遊んでんじゃねえよ! ていうか当たってる! グレンのグレンズが背中に!
「ちょ、ヒョウガ様に触らないで!」
「こっちのセリフだよ〜!」
「ギャハハハ! もっと動け動け〜!」
「って、あら?」
ようやく解放される。
ふと、メイザーの視線が一点に固定されていることに気づいた。
彼女は、お湯の中で揺らめくグレンの下半身と、フランの下半身を交互に見つめている。
そして、彫像のようにフリーズした。
「……え?」
メイザーの口から、困惑の声が漏れる。
彼女は目をこすり、もう一度グレンとフランの2人を見る。
「あ、あら……? あんたにはなくて……あんたには……ご立派なものが……?」
メイザーの世界観が崩壊していた。
ああ、なるほどな。彼女はずっとグレンを男、フランを女だと思っていたらしい。
それが逆だったという事実に、脳の処理が追いついていないようだ。
「何よこのパーティー……はっ! ま、まさか──ヒョウガ様も女の子なんですか!?」
「んなわけあるかァ!!」
魔法を訓練しつつ、こうしてアホみたいな日常を過ごすこと一週間。
マインの一件による学園内の厳戒態勢も少しずつ落ち着きを取り戻し、俺たちの特訓も板についてきた頃だった。
俺達クギョウ班の4人は、帰還したクギョウ教官によって寮の中庭へと呼び出されていた。
夕暮れ時。茜色に染まる花壇の縁に座り、教官はいつものように煙管を吹かしている。
だがその表情はいつになく真剣で、どこか寂しげだった。
「──今日で、このパーティは解散だ」
紫煙と共に吐き出された言葉は、あまりにも唐突だった。
解散? 俺たちはその言葉の意味がすぐには理解できず、暫し呆然としていた。
沈黙を破ったのは、グレンの叫び声だった。
「はあああぁぁーっ!? どういう事だよギョーザのオッサン!」
グレンが詰め寄るが、教官は静かに首を振る。
「俺は別件で長期任務ができちまった。お前らの子守は終わりだ。ま、すぐ後任の教官が来るから心配するな。あとクギョウ教官な」
クギョウ教官が俺達の教官を辞める!?
そんな展開、原作にはない。俺の知る物語では、クギョウ教官は卒業まで俺達を導いてくれるはずだ。
何が起きている? もしかして、あの時マインと接触したせいか?
「教官……別件ってもしかして……」
「……ああ。マインの件だ」
教官の目が鋭く細められる。
「俺が奴の捜索と捕獲を、協会から直接依頼されてな」
面倒くさそうに後ろ髪を掻く教官。どこか顔もやつれており、ここ最近ずっとその事案に追われていたのが伺える。
マインというスパイを始末するために、教官が動かざるを得なくなったのか。
「納得いかねえよ!」
俺が口を挟む前に、グレンが異議を申し立てる。
「なんでオッサンだけアイツを追うんだよ! 俺達だって関係ある!」
「アホか。相手はプロだぞ。勇士ですらないお前らが行った所で、足手まといになるだけだ。殺されるのがオチだぞ」
「殺されねーよ! 『自分でチャンスを掴め』って言ったの、オッサンだろうが! 俺はなんと言われようとついていくぞ!」
引き下がらないグレンに、教官は深く溜息を吐く。
だが、その口元は微かに緩んでいた。
「……ま、そう言うとは思ってたけどな」
教官は煙管の灰を落として立ち上がった。
「いいだろう。だが、お前らだけでは行かせん。危険すぎる。だから──同じ学園にいる別のパーティとチームを組み、合同でマインを追う事にした」
「……え?」
「マジか!? 共同作戦!?」
最初から俺達を連れていく手筈だったのか。
全く、この人は素直じゃないというか……俺達を試したのか。しかし、共同作戦か。
「ソニア教官と共に痕跡を追って1週間……ようやく奴の足取りを掴む事ができた。明日、アルドールの町で現地集合となっている。作戦に備え、必要なものは今の内に用意しておけよ」
「おう!」
「は、はい!」
「承知しました」
グレン達が元気よく返事をする横で、俺の背筋には冷たいものが走っていた。
アルドールの町……!
今ので確信した。この流れは原作に沿っている。
経緯こそ違うが、オーグリン討伐後は『アルドールの町』で他班との共同訓練を行う回が存在する。原作はただの訓練だったけど、今回は本格的な作戦……つまりガチだ。
本来のシナリオなら、そこでグレン達は初めてメイザーというキャラと出会うはずなんだ。
「……」
「ヒョウガ様?」
俺はチラリとメイザーを見る。視線が合った彼女は、頬を染めてにっこりと微笑み返してくれた。
すでに彼女はここにいる。歴史は変わった──だが、大まかな流れは修正力のように原作へと回帰しようとしている。
(……待てよ。今回の合同相手ってまさか)
俺の脳裏に、嫌な予感がよぎった。
原作におけるアルドール共同戦線。そこでクギョウ班と組むことになるのは──
「噂をすれば、なんとやらだ」
クギョウ教官が視線を中庭の入り口へと向ける。
そこには、夕闇に溶け込むようにして立つ複数の人影があった。
「ごきげんようクギョウ教官。明日現地集合とはいえ、顔合わせにと来ちゃいましたよ」
「はあ、前線なんて趣味じゃないんだけど」
爽やかな、しかしどこか神経質そうな声と共に現れたのは、ローブを纏った長髪の優男だった。
その後ろには、白衣をだらしなく着た女性──ソニア教官の姿もある。
「シキ教官……それにソニア教官まで」
「やあ。君たちが話題のクギョウ班だね。初めまして、今回の合同任務に参加するシキだ。よろしく頼むよ」
シキ教官は屈託ない笑顔で手を差し出してきた。
だが、俺の視線はその笑顔に釘付けになり、背筋が凍りついていた。
(嘘だろ……シキ教官……!)
シキ=フォーシーン。
原作において、彼は卒業試験中に生徒を庇い、魔物の牙に倒れる最初の犠牲者だ。
彼の死が、グレン達にプロの覚悟と世界の残酷さを植え付ける。そんな悲劇のトリガーとなる人物。
「さあ、お前たちも挨拶しなさい」
シキ教官に促され、後ろに控えていた4人の生徒たちが前に出る。
「よろしく! 僕はハル!」
「……マフユです。よろしく」
元気ハツラツな桜髪の少年ハルと、グレー色の髪で両目が隠れた、無口な完全メカクレ少女マフユ。
「私はナツキです。以後、お見知り置きを」
緑色のツインテールが特徴の、おっとりとした口調の少女ナツキ。そして──
「僕はレイジマン。よろしくお願いしますねェ」
そして最後に、背中に巨大な盾を背負った長身痩躯な少年が告げる。流したエメラルド色の髪。顔には常に不気味な笑みが張り付いている。
その4人の顔ぶれを見た瞬間、俺の思考は真っ白に染まった。
レイジマン=ジョニージョン──人気投票9位の人気キャラだ。彼は原作ならクギョウ班に加わり、4人目の仲間として、グレン達と共に青春を過ごす事になっていた。
だが歯車がズレてメイザーが仲間になっているので、ここだけ立場が入れ替わっているんだな。
だが、問題はそこじゃない。
俺の視線は、無邪気に笑うハルと、静かに佇むナツキ、マフユ、そしてシキ教官を行ったり来たりしていた。
(ハル、ナツキ、マフユ……それにシキ教官……)
吐き気がした。全員死亡キャラだからだ。
原作通りならこの先の卒業試験編で、無残に食い殺される運命にある。
「これからよろしくね!」
ハルが無邪気に俺の手を握りブンブンと振る。
その手の温もりが、俺にはひどく冷たく感じられた。
(……俺は、こいつらと一緒に旅をするのか?)
正確に言えば、まだ死ぬわけじゃない。卒業試験はもう少し後だから。
ただし、卒業試験の黒幕がマインだとしたら──彼らは危ないだろう。
前倒しのハードモードが、再び始まろうとしていた。




