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#10 戦闘、そして銭湯

「さあ、始めようか。格の違いというものを教えてやるよ、落ちこぼれ君」


 中庭にルドルフの高らかな宣言が響き渡る。

 騒ぎを聞きつけた野次馬達が、わらわらと集まってくる。

 どいつもこいつも、期待に満ちた目をしていやがる。ウェンデルの名門貴族が、サラマドリア貴族にボコられるショーが見られると思っているんだろう。

 スポーツ観戦でホームを応援するような心境なのかも。


「行くぞ──蒼炎ブルーフレア!」


 ルドルフが杖を振るうと、そこから放たれたのは通常の赤い炎ではなかった。

 鮮やかな、それでいて不気味な青色の火球。


「うわっ、熱っ!?」


 俺は慌てて横に飛び退くが、反応が遅れた。頬を熱風が掠め、ジリッとした痛みが走る。


「どうしたどうした! 逃げ回るだけかい?」

「くっ……!」


 次々と放たれる青い炎。俺は防戦一方だ。

 魔法を出そうと手をかざすが、恐怖心が邪魔をしてうまくイメージが固まらない。


「ハハハ! 氷は炎に溶かされる運命なんだよ! 見ろ、僕の炎の美しさを! お前の作った氷細工なんて目じゃないだろう?」


 ルドルフは優雅に杖を振り回し、青い炎をダンスさせるように操る。

 その様子を見て、彼を取り巻く連中がここぞとばかりに囃し立てた。


「流石はルドルフ様だ! あの若さで炎を自在に操るとは!」

「稀代の天才だな! ウェンディールの貴族とは格が違う!」

「ルドルフ様ー! 素敵ー!」


 うるせえな外野。こっちは必死なんだよ。


「……なあ、なんであいつの炎は青いんだ?」


 グレンが素朴な疑問を口にする。

 それに答えたのは、腕を組んで俺の戦いを見守るメイザーだった。


「四大魔竜の魔力は、術者の精神に強く影響されるのよ。基本は赤だけど、術者の魔力の質や、抱いているイメージによって色は変化するわ」

「へえ、なんか強そうだな」

「見掛け倒しよ……ヒョウガ様が本気を出せば、あんなマッチの火なんて」


 メイザーは苛立ちを隠そうともせずに睨んでいる。

 いや、買いかぶりすぎだ。現状、俺はそのマッチの火に焼かれそうになってるんですけど。


「あつっ! ぐうっ……!」


 また一発、肩に火球が直撃した。制服が焦げ、皮膚が焼ける匂いがする。

 痛い。熱い。怖い! クソ、やっぱり無理だ。俺は中身が一般人なんだ。喧嘩なんてしたことないし、火の玉が飛んでくるなんて非日常に対応できるわけがねえ。


「どうすれば……!」


 パニックになりかけた俺の耳に、凛とした声が届いた。


「ヒョウガ様。落ち着いてください」


 メイザーだ。

 彼女は騒ぐ取り巻きたちの中で、ただ一人静かに俺を見つめていた。


「氷魔法の神髄は『静寂』です。熱に浮かされてはいけません。心を凍らせるように……冷静になるのです」


 冷静になれ。そうだ、魔力はあるんだ。中身は凡夫でも、肉体はきちんと天才魔法使いなんだ。

 俺は大きく息を吸い込み、肺の中の熱気をすべて吐き出した。


(……俺は、衣笠彪牙じゃない。ヒョウガ=ウェンディールだ)


 自己暗示。俺は今、この世界で最強の氷使いの器に入っている。

 原作のヒョウガなら、こんな三流貴族の挑発に動じるはずがない。もっと傲慢で、もっと冷徹で、絶対的な強者として振る舞うはずだ。

 俺はゆっくりと顔を上げ、ルドルフを見据えた。


「──ッ!?」


 俺と目が合った瞬間、ルドルフの動きが一瞬止まった。

 世界がスローモーションに見える。いや、俺の思考がクリアになったおかげで、情報処理速度が上がったんだ。

 飛んでくる青い火球。速いと思っていたが、よく見ればただのボールが飛んできているようなものだ。軌道は単純だし予測は容易。


(……なんだ。こんなものか。冷静になればそうでもないんだな)


 深呼吸をすれば不思議と恐怖はない。俺は飛来する火球に対し、避けるのではなく、あえて左手を差し出した。

 イメージする。これはただの温かいボールだ。根元の部分なら熱くない。


「なっ……!?」


 俺はルドルフの青炎を、素手で掴み取った。

 パシュッという音と共に、掌の中で炎がかき消える。


「ええっ!? ヒョウガ君、さっきまで火傷してたのに……」


 フランが驚愕の声を上げる。

 俺自身も驚いているが、顔には出さない。


「魔法は想像の力……イメージが事象を決定するのよ」


 メイザーが得意げに解説する声が聞こえる。彼女は艶然と微笑んだ。


「『危ない、怖い』と思ってしまえば、そのイメージ通りにダメージを負う。逆に『こんなもの掴める』と心から信じれば、魔力が肉体を保護し、ノーダメージでいられる。まあ……それは術者間に圧倒的な魔力差がある場合の話だけど。戦闘中にあそこまで冷静になれるヒョウガ様だからこそ為せる神業よ」

「……じゃあ、あいつらの実力差って」


 グレンが呆れたように腕を組む。

 俺が冷静になったことで、ルドルフの魔法は脅威からただの現象に格下げされたのだ。


「ば、馬鹿な……僕の青炎を素手で……!?」


 自分の最強の魔法を簡単に処理され、ルドルフが動揺する。

 その心の揺らぎがそのまま魔法に伝染した。彼が次に放とうとした炎は、先ほどよりも明らかに小さく勢いがない。

 こいつには火が効かない──一瞬でもそう思ってしまった時点で、勝負は決していた。

 戦闘において、メンタルの敗北は死に直結する。原作でもあった描写だったな。


「今だ!」


 俺は踏み込む。

 戦闘という異常事態だからこそ、誰よりも冷静に。

 心は氷のように冷たく、思考はカミソリのように鋭く。

 完全に『ヒョウガ』になりきった俺は、ルドルフの懐へと滑り込んだ。


「ひっ……! くるなァ!」


 ルドルフが杖を振り回すが遅い。俺はその杖をガシリと掴む。


「終わりだ」


 杖を伝って、俺の魔力を流し込む。

 イメージするのは、聳え立つ氷の摩天楼。

 世界樹の葉で見せたあの結晶構造を、さらに巨大に、爆発的に展開させる!


「穿て──!」


 ドゴォォォォォン! と、大気を震わす轟音と共に、中庭に巨大な影が落ちた。

 ルドルフの杖を中心に発生した氷は、瞬く間に成長し、高さ10メートルはあろうかという巨大な氷のオブジェへと変貌したのだ。

 太陽の光を浴びて輝く圧倒的な氷の塔。

 ルドルフはその根元で、氷に閉じ込められた自分の杖を見上げ、腰を抜かしていた。


「あ……あ、あ……」


 戦意喪失。彼はヘタリと尻餅をつき、ガタガタと震えている。


「な、なんだあの巨大な氷魔法……!」

「プロの勇士でも、これほど美しく巨大な氷魔法を行使できる者はそういないぞ……」


 観客も、取り巻き達も、言葉を失っていた。

 俺はその瞬間、糸が切れたように肩の力を抜いた。

 両手を見る。震えは止まっているが、ドッと疲れが押し寄せてきた。


「……完全にヒョウガが憑依してたな」


 今の感覚は、俺の実力じゃない。火事場の馬鹿力というか、役に入り込みすぎてハイになっていただけだ。

 正直、もう一度あれをやれと言われても絶対に無理だろう。


「……」


 俺は氷の塔の前に座り込んでいるルドルフを見下ろす。

 ずっと俺を、ヒョウガを貶してきた嫌な奴だ。ざまあみろと言ってやりたいところだが、不思議と憎しみは湧いてこなかった。

 なぜなら俺は、こいつの『過去』と『最期』を知っているからだ。

 ランドルフ──嫌味で鼻持ちならない選民思想の塊。

 彼は原作の『卒業試験編』で死ぬ。突如現れたキュクロープスの攻撃から、逃げ遅れた平民の子供を庇って。


『……貴族は、民を守る義務があるんだよ……!』


 そう言い残して、彼は潰された。

 貴族として驕り、平民を見下していた彼が、最期に貴族としての矜持ノブレス・オブリージュを見せて散る。

 その生き様は、悪役として死ぬヒョウガと、どこか重なるものがある。

 俺達は似た者同士なのかもしれない。


「……立てるか?」


 俺はルドルフに手を差し伸べた。

 彼はビクリと肩を震わせ、俺の手と俺の顔を交互に見る。

 その目には、悔しさと恐怖と……そしてほんの少しの畏敬が混ざっていた気がした。


「……触るな」


 彼は俺の手を払うことはしなかったが、取ることもなかった。自力でふらりと立ち上がり、砂埃を払う。


「僕の、負けだ」


 ルドルフは誰に言うでもなく項垂れると、逃げるようにその場を去っていった。

 その背中は、登場した時よりも少しだけ小さく見えた。


「流石はヒョウガ様! あの不遜な輩の心を氷漬けにするなんて♡」

「凄かったよヒョウガ君! あんな大きな氷、初めて見た!」

「へっ、やるじゃねーか。俺も負けてらんねーな!」


 中庭での騒動後、俺は3人に囲まれてもみくちゃにされていた。

 称賛の嵐だが、俺の内心は冷や汗でびっしょりだ。

 俺は「まあな」と適当に相槌を打ちつつ、逃げるようにその場を後にした。

 日が落ち、夕食を終えた俺たちは寮へと戻った。

 疲労困憊の俺だが、足取りは軽い。なぜなら、これから向かう場所こそ、原作設定資料集『イグニスの軌跡』でしか見ることのできなかった聖地──勇士学園男子寮『大浴場』だからだ!


「おお、すっげえ綺麗だ。貴族しか使えないの勿体ないよな……」


 古代ローマ様式を模した白亜の柱、魔法道具でお湯を循環させる最新鋭のシステム。設定資料で穴が空くほど見たあの場所に行ける。転生してよかったと思える瞬間だ!

 ちなみに、庶民も入れるが法外な値段を取られる。だから学園の生徒は皆、水浴びや体を拭く程度で済ませる。階級社会の世界じゃ当たり前なんだろうど、ちょっと複雑だな。


「とりあえず入るか」


 番台的な人に許可証の札を受け取る。貴族はタダで貰えるが、庶民はこれを買う必要がある。

 脱衣所の扉に手をかけようとした時、角から人影が飛び出してくる。


「あ、ヒョウガ君! 一緒に入ろー!」


 純白の肌、華奢な肩、そして可憐な笑顔──フランだった。


「……フラン。なんでここに?」

「僕もお風呂入りたかったんだもん。浴場は基本的に貴族専用だけど、貴族が同行を認めれば庶民だって入れるし……ね、いいでしょ〜?」


 うるうると瞳を濡らすフラン。俺を待って浴槽に入る許可をもらおうとしていたのか。

 フランの言う通り、同行する貴族の許可があれば、庶民もタダで入浴が認められる。そう資料集にも書いてあったし。

 意外とガバガバかと思うかもしれないが、そんな許可を取ってあげるような貴族はほとんどいないという事だ。


「まあ、それは別にいいけどさ……」

「やったぁ! やっぱヒョウガ君優し〜♪」


 俺達は脱衣所へと入る。フランが服を脱いだ所で、一瞬女性がいると思って焦った。

 そうだった……見た目は完全に美少女だが、フランは男なんだった。視覚情報がバグるったらありゃしない。

 脳が女子風呂を覗いてしまったと誤認して警鐘を鳴らしまくっているぞ。


「村ではよくグレンと温泉入ってたけど、こんな豪華な浴場なんて初めてだよ。本当にありがとうね。お礼に背中流してあげるよ♡」

「フラン……頼むからタオルを巻いてくれないか?」


 俺がフランの無自覚な色気に耐えながら、湯船の端で小さくなっていると──バタンッ! と豪快に扉が開いた。

アイス・オブ・グレンを見るときは

部屋を明るくして テレビから離れて

ブックマークを押してから見るんだぜ! グレン

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