#1 転生したらクソキャラだった件〜主人公グレンの衝撃事実を添えて〜
週刊少年誌に掲載されている少年漫画ってのは、大体ワンパターンだと俺は思う。
落ちこぼれの主人公が、実は良血統で才能マシマシハイブリッドでした〜とか。
主人公の体に何か宿ってて、それが暴走する〜とか。
闇落ちしたライバルキャラ、よくよく考えたら許されない言動や悪事を働いてたのに、なんだかんだ人気だから許されてる〜とか。
想像してみれば……ほら、色々ピンと来るだろう? 君が好きなあの漫画も、あの漫画も。当てはまる漫画を挙げればキリがないだろう?
この通り、少年漫画の物語構成は手垢まみれである。そのくせ、サブカルぶってその流れから逸脱しすぎると、絵の上手さだけで成り立ってるストーリーが微妙な漫画なんて冷笑されがちだ。
全ての少年漫画に喧嘩を売っていると捉えられかねない口上を垂れ流した俺だが、全てをひっくり返す言葉を言わせてもらおう──俺はそんな作品が大好きなんだ。
「終わった……」
雑居ビルの屋上──俺は天を仰ぎ、手元にある週刊漫画雑誌をパタンと閉じる。
連載開始時の8歳の頃から10年追ってきた漫画『アイス・オブ・グレン』が今週ついに完結を迎えた。
物語が終わった感動と寂寥感……心地よい感動が胸を打ち、俺の頬に涙がつたう。
「グレン。お前の旅路、しかと見届けたぜ」
グレン=レッドウォーカー──この作品の主人公であり、俺のヒーロー。
落ちこぼれだったグレンは仲間と共に成長し、その炎の能力を使って世界を救う。
『俺の炎は消えねえ! 皆の想いが力を与えてくれるんだ!』
『雑草で上等じゃねえか! 俺達は踏まれて強くなるんだ! 何度だって萌えてやるよ!』
『苦労や敗北を知らねえ奴程、弱い奴はいねえ。逆境を何度も乗り越えたからこそ、今の俺がある!』
8歳の俺が初めてこの漫画を手に取った時、一瞬でグレンに心を奪われた。
あの熱さが、くすぶりがちな俺の日常をいつも照らしてくれたんだ。
「ふう……」
だが、物語にはもう一人、欠かせない男がいる──ヒョウガ=ウェンディール。グレンの永遠のライバル。氷魔法の天才で、貴族であるウェンディール家の公子。
顔がいい、才能がある、女にモテる──完璧すぎる奴だ。しかし、そいつの性格は最低だった。
『下民の被害など知った事ではない。丁度いい屠殺になったんじゃないか? 後処理をしてやってるだけ感謝するんだな』
『何も知らない下級生まれの雑草の分際で……出る杭は黙って打たれればいいんだよ!』
『為政者が愚策を敷こうと、貴様ら下民は声を上げるだけで何も行動をしない。ただ生きて安穏を貪る穀潰しだ』
グレンを『落ちこぼれ』と嘲り、努力を笑い、しまいには成長したグレンへの嫉妬から敵に寝返った。
最後は死んだ事で許された感があったが、俺は納得いかなかった。
あんな奴が人気投票1位でグレンが3位? グレンの苦労を踏みにじった奴が1位?
順位を考えると今でも腹が立つ。俺はヒョウガを好きになれない。
あいつがグレンより愛されるなんて、許せなかった。
「……ったく、最後までヒョウガはヒョウガだったな」
俺は苦笑し、閉じた週刊誌を手に空を見上げる。
ビル群の隙間に広がる青──グレンの炎とヒョウガの氷がぶつかり合ったあの空を思い出す。
物語は終わった。もうグレンたちの冒険を見る事はない。胸のどこかがぽっかり空いたようだ。
でも、10年間の旅を共にした満足感が俺を満たしていた。
「──てるぞ!」
そのとき、地上から声が聞こえる。
なんか騒がしいな……電工の事務員が安らげる唯一の時間だというのに。誰だ? 昼の優雅な休憩時間を邪魔するのは。
「燃えてるぞーっ!!」
「え?」
何か焦げ臭い。ていうか熱い。
「あっつ!?」
気付くと、下から火の手が上がってきていた。屋上から覗くと、窓から煙と火が。
「なんだこれ!? 火災!?」
塔屋は既に大炎上。屋上の床もガラガラと崩れ始めている……完全に逃げ場を奪われた。飛び降りるか? いや、ここ7階だぞ。
「全員避難したか! 消防車は!」
地上からそんな大声が聞こえてくる……ってオイ! ここにまだ新入社員がいますけど! 未来ある若者がいるんですけど! こっち向けコラこのハゲ部長!
「どぅわ!?」
刹那、足元の床が崩れる。
俺の名前は衣笠彪牙。え? 自己紹介のタイミングがおかしいって? まあ、この国の少子高齢化問題に比べれば大した事じゃないだろう。現に、こうして若者の命がまた消えそうになってるわけで。
重力とは無情なものだ。どれだけ空中で足掻こうとも、俺の体は炎の渦の中へと真っ逆さま。眩いばかりの光と熱風が肌を貫く。徐々に火が近付いてくる……ああ、こりゃ助からないな。
18年で人生終了か。まあ、俺の人生の9割を占めていたアイス・オブ・グレンが完結し、生き甲斐もなく納税の義務を果たしていただけだったしな。ピリオドとしては丁度いいのかもしれない。
生涯に悔いはない……あるとしたら、俺の部屋に残っているグレンのグッズと漫画くらいか。葬式で入れておいてほしいものだ。
後、誰かが俺のPCに入ってるアイス・オブ・グレンの二次創作小説を消してくれる事を祈るしかない。胸に抱く週刊誌と共に、俺は紅蓮の炎に包まれた。
「ん、んん……」
目が覚める。なんだ生きていたのか……案外俺も丈夫なもんだな。じゃあここは病院──
「……え?」
俺は飛び起きる。見慣れぬ天井に、やけに硬いベッド。壁や床もやけに仰々しい。まるで迎賓館だ。
どう見ても病院じゃない……しかしそれ以上に驚く事があった。この部屋には見覚えがあったからだ。
「こ、ここって……グレン達が通う勇士学園の学生寮じゃねえか! 最初の長編で描写された寮の部屋!」
ここも、ここも、何もかも! 漫画と一緒だ! 窓の景色も、どう見ても日本じゃない……中世の海外のような景色が広がっていた。
なんだ? 俺は夢でも見ているのか? これが走馬灯か……にしてはリアルだな。
「ふう、とりあえず顔洗って落ち着こう」
そう深呼吸して、アンティークな洗面台の前に立つ。鏡を見ると、そこには見慣れたいつもの顔が──
「……え?」
ツンツンに尖った水色の髪。目付きが悪く吊り上がった銀色の瞳。病的なまでに白い肌……そして、息を呑むような美形。
俺の目の前に奴が──ヒョウガ=ウェンディールが姿を現す。
「はあっ!? え、はあああぁぁーっ!?」
漫画の登場人物に会った事で驚き、その人物が俺と同じ動きで驚くもんだから二度も驚いてしまった。ついでに自分の声がデカすぎてまた驚いてしまう。
その驚く声にまた驚くという、究極に頭の悪い無限ループの完成だ。
「な、こ、これ……!」
顔をベタベタ触る。これは目の前にヒョウガが現れたんじゃない。俺がヒョウガになっているんだ。
グレンを見下すあのいけすかねえ氷使いに。
「ど、どういう事だよ……走馬灯にしてはタチ悪ィぞこりゃ……」
まさかアイス・オブ・グレンの世界に転生してしまったというのか? 夢に決まってる──そう一歩後ろへ下がった所で、懐から何かが落ちる。
それは焼け焦げた本であった。さっきまで抱いていた週刊誌。あの火災事故が本物だったという証だった。
「嘘だろ……」
週刊誌は塵となって消える。
俺は本当にこの世界に転生してしまったのか? 神様の悪戯か……なんという事だ。よりによってヒョウガに転生してしまうなんて。
いや、イケメンだし、名前も全く同じだし、好きな世界だけどさ。どうせならグレンがよかったぜ。
「うーむ。顔は……若いな。15歳くらいか? 寮にいるって事は学園編だろうな」
学園編──勇士と呼ばれるプロの冒険者になるために、その育成機関である学園へ入学し、世界へと羽ばたく準備をする序章。
仲間と恩師──彼らと共に大いなる成長を遂げる始まりの物語だ。漫画やアニメで何度見返した事か。
俺は作品の全てを知っていると自負している。この辺りは純粋に冒険者を目指す若者達って感じで好きなんだよなあ。
「あれ? そういえばグレンとの出会いって──」
突然、部屋の扉がバンッと開かれる。
そうだ──グレンはこの日、ヒロインと共に辺境の村から都会にやって来ていた。入学試験当日の朝……グレンはヒロインの部屋と間違えて──
「よう! 今日はいよいよ試験だな!」
ヒョウガの部屋に押し入り、邂逅を果たすのだ。
俺の前に颯爽と現れた人影──ポニーテールの赤髪を揺らす少年。ああ、間違いない。
グレン=レッドウォーカー。このアイス・オブ・グレンの主人公であり、俺のヒーローだ。
村の近くで捨てられた孤児の少年から、世界を救う英雄になる主人公が! あのグレンが目の前にいる!
「あん? ここアイツの部屋じゃねえ……って、ここ貴族がいる階だった!」
ここはグレンとヒョウガが出会うシーンだ。俺は今、歴史的瞬間にいるんだ!
「しかし、いい部屋住んでやがるなあ……俺らの部屋の3倍はあるんじゃねえか? なあ、お前、名前は?」
ここでグレンが、部屋の感想を呟いて名前を聞く。ヒョウガはそれに皮肉めいた発言をするんだよ。
だが、今のヒョウガは俺なんだ。目の前のグレンに対し『気安く話しかけるな。失せろ下民』なんて言える訳がない。
「ヒ、ヒョウガだ。きぬ──ヒョウガ=ウェンディール」
「ふーん……俺はグレン。ただのグレンだ。よろしくな」
原作とは違う展開だ! ここで口論になってヒロインが飛んでくるんじゃなくて、俺が普通に応じる事によって起きた別ルート!
ああ、目の前にグレンがいる。本物のグレンだ。
これは神様の祝福に違いない。アイス・オブ・グレンを愛した俺に、神様が与えてくれたチャンス。
これはヒョウガに転生し、グレンと共に生きろという啓示なんだ。俺はグレンの嫌味なライバルじゃない──理解し合える相棒として、隣にいよう!
「よろしく」
俺はグレンに手を差し出し、握手を求める。この頃のヒョウガでは絶対あり得ない行為だ。
「ん? お、おお……」
グレンは少し驚いた顔を見せつつ、俺の手を握ろうと一歩踏み出す。
が、廊下の木床と部屋の絨毯では滑り具合が違う。グレンは俺の手に触れる直前、勢いよく倒れる。
「うおお!?」
ドシーンっと、グレンは俺に覆い被さる形になる。ああ、あのグレンとこんなにも至近距離で──ん?
もにゅ。俺の胸板に不思議な感触が。なんだこの柔らかい感触は。
「あ、わ、ワリィ……転んじまった」
ゆっくりと起き上がり、赤面するグレン。俺はその艶の帯びた顔に心臓が高まってしまった。
そこから見えるのは、火照ったグレンの顔と──ボロのシャツから覗くあるはずのない谷間だった。え? なにこれ。
「あ、と……」
グレンは俺の視線に気付き、慌てて上体を起こして胸のサラシの締め付けを強くする。
俺の頭は真っ白になっていた。その目の前の事実を確かめるように、俺は唇を震わせつつグレンに質問をする。
「あ、あの……君って……お、お、女の子……なの……?」
グレンは一瞬沈黙するが、大きくため息を吐くと、恥ずかしそうに頬をかいて苦笑を浮べる。
「あ、あー……うん。隠しておいてはいるんだが。一応な」
「え……ええええええええぇぇーっ!?」
俺の名前は衣笠彪牙──もとい、ヒョウガ=ウェンディール。
え? 自己紹介のタイミングがおかしいって? まあ、10年間愛した漫画に転生し、挙句そのずっと男だと思ってた主人公が、女だって分かった事に比べれば大した事じゃないだろう。
アイス・オブ・グレンを見るときは
部屋を明るくして テレビから離れて
ブックマークを押してから見るんだぜ! グレン




