決断
涼子と二人の生活。
それももう四年が過ぎた。
波奈子はもう、とうに結婚は捨てている。
OL時代に交際していた男性は
高知に来る時、東京に置いてきた。
そう、置き去りに。
交際期間は長くはなかったが
語り合える「同志」のような存在。
それが逆に、発展を阻む要素にもなった。
「ああ、ダメだ・・」
の急ハンドルは
もちろんその男性にも波及し
もはや「とばっちり」のようなもの。
彼に何の罪もない。
だから波奈子も
「すまない・・」
といつも贖罪を感じ
心の卒業アルバムには
休んだ生徒に与えられる
あの右上方の特等席を彼に与えている。
涼子もこの生活がとても馴染んだようだ。
波奈子よりむしろ
いろんな面で室戸に融合している。
ただ
彼女は東京時代の彼氏がまだ健在だった。
大きく話題にはしないが
年2回、着飾って出掛ける姿を見れば
「ほう。遠距離でも耐性があるんだな。」
と感心する。
なんでもかんでも
ぶった切る波奈子とはやはり
「慎重さ」
が違い過ぎた。
波奈子はそんな涼子を見て
最近はある葛藤に悩まされる。
「あの投げかけは本当に正しかったのか。」
「自分の価値観の押し売りではなかったか。」
そんな気持ちが頭から離れなくなった。
涼子は結婚を捨ててはいない。
それは普段の会話からでも想像できる。
「君は結婚しないのかね?」
「誰と?」
「ああ。佐藤君だよ。」
「今は考えてない。」
「こんな遠距離じゃ彼も辛かろうて?」
「じゃあ、3人に増やす?」
なんか最近ではやり込められる事が増えた。
それはやはり
波奈子がその後ろめたさで
引いてしまう事が多くなったためでもある。
佐藤修二は、涼子よりも12歳下。
だが、この男が凄い!
初めて涼子から紹介された時
「好青年のテンプレみたいだな。」
と波奈子が思うほど
非の打ち所がないパーフェクター。
「あれを失うのは生涯の損失」
と思う気持ちが
余計に涼子の結婚を推したい気持ちとなって
波奈子を迷わせた。
「あの時もっと、
涼子側で話を聞いていたら。」
「あの子は
こんな生活を選ばなかったかもしれない。」
そんな葛藤。
波奈子は悶々としながらも
対策はないものかと日々考えていた。
でも毎日は確実に過ぎてゆく。
佐藤君は引く手数多だ。
モテモテなのである。
手遅れになる可能性もある。
なんとかしないと!
もう、そう思うと急ハンドル。
ついに佐藤に電話した。
同じ職場であったため
波奈子と佐藤もそれなりに交流はあった。
「もしもし?佐藤君?!元気?」
「ああ!石渡さん!お元気ですか!」
「うんうん!元気過ぎて病気だ。」
「ははは!変わってないですね!」
「実はちょっと相談があるんだ・・」
波奈子は佐藤に
涼子がここに根を下ろし過ぎて
結婚を諦めてしまわないか?
そしてそれが
後々深い後悔や、彼女の人生設計を
大きく狂わせる結果にならないか。
そんな心の内を長々と話した。
佐藤は
「僕もアプローチはしたんですけど・・」
「返答は?」
「はぐらかされますねw」
「やっぱりか・・・」
これはもう一大事だ。
もし自分が認知症になって
暴言を吐く自分を涼子に介護をさせるなど
絶対にあってはならない。
(涼子は介護するなど一言も言っていない)
「よし!」
波奈子は一芝居打つことを提案した。
佐藤も
「それ!一枚乗ります!!」
とすぐに決まった。
内容は
佐藤が海外赴任になったという設定にして
涼子が付いていくと言うかどうか?
それで内心を探ろうという作戦。
「でも、あの慎重すぎる教授は
ケニアやソマリなど絶対行かないぞ?」
「いや、そんな設定しませんよ・・」
「なるべく近くがいいぞ」
「抵抗なく行けるソウルとか?」
「ああ!それならハードル低いですね!」
「でも、嘘だとわかった後、どうします?」
「そんなものはその時考えればいい!」
「決断とは、その時だけを見る事!」
「後先考えたら決断なんて出来んぞ、君!」
もう強引すぎるけれど説得力はありすぎた。
話は決まった。が
昨日、佐藤は涼子と電話で話したばかり。
いきなりは怪しまれるので
2週間後に佐藤が電話で告げる
という筋書きが決まった。
2週間が経った。
電話がかかってくるのは午後二時。
涼子は朝から台所でかぼちゃを捌いている。
涼子はあの煮物にハマりすぎて
もはや中毒になっている。
そんな涼子を見ながら
朝から落ち着かない波奈子。
「涼子、電源入れた?」
「毎朝入れてるじゃん。」
「充電ある?」
「85%あるよ」
「電波は立ってるかね?」
「3本立ってるよ」
「いつもの事じゃん」
「なんでそんなこと聞くのww」
「あ、いや、その、あれだ。」
「ここは南海トラフで津波が30mでだな」
「逃げ遅れないかと心配なんだ」
「すぐ横に防災無線のスピーカーあるじゃん」
「あれ壊れてたぞ?」
「昨日修理の業者が来て直したよ。」
「その業者も偽物かもしれんぞ?」
「あんた、何言ってるの?大丈夫?」
さすがにマズイと思った波奈子。
しばらく高知放送で気を紛らわせた。
二時になった。
It's a small worldが鳴った。
「あ、ちょっと待って。」
涼子は電話を持って外に出た。
「間違いない、佐藤君だ。」
波奈子は結果を固唾をのんで待った。
15分ほどして涼子が戻って来た。
「誰からだった?」
「なんでそんなこと聞くw」
「いや、嬉しそうだったから」
「あんた全然見えてないとこにいたじゃん?」
「いや、あれだ、雰囲気ね、雰囲気!」
涼子は笑いをこらえるのに必死だった。
「波奈子、ちょっと話があるの。」
「ああ!何でも言いたまえよ!」
涼子は前々から佐藤との結婚を考えていた事
今の自分があるのは
あの時の波奈子のおかげだという事
自分が去ったら波奈子が心配だという事
自分だけ逃げるような後ろめたさの事
1時間以上かけて波奈子に話した。
波奈子は胸が熱くなった。
自分が支えていたつもりの相手に
いつしか自分が支えられていた。
それに気づかされたから。
涙が溢れそうになるのをこらえるため
話題を変えた。
「で、ソウルには行くの?」
「ソウル?」
・・・「しまった!!」・・。
まだその話は出ていない。
涼子は大きく笑った。
「もうその件は中止になってるよ、とっくにw」
「え?」
あの後
すぐに涼子から佐藤に電話をかけていた。
涼子も
波奈子の事で佐藤に相談していたのだ。
自分が結婚したら波奈子を捨てる事になる。
その罪悪感で
佐藤のアプローチに悩んでいると。
そしてその話を聞いているのが
好青年のテンプレ佐藤である。
嘘などつけるはずもない。
波奈子との芝居のいきさつをすべて明かし
二人で今後を話し合った。
「なんだよ・・それ・・」
「ごめん!言い出しにくくてね。」
でも波奈子は嬉しかった。
そこまでの自分への気遣いがあった事と
それでも結婚を決断してくれたことが。
「君は君の人生の主役だ。
筋書きも全部決める権利がある!」
「ありのままに。だ!」
波奈子は涼子の背中を思い切り叩いて頷いた。
涼子が去って2年が過ぎた。
ぽっかり空いた空間に慣れるには
かなりの時間がかかったが
室戸の海の優しさと
村の人たちの温かさに包まれて
波奈子はそれを乗り切った。
自分の人生を切り開いていった涼子を見て
波奈子は違う感情が生まれていた。
3か月ほど前
以前の職場の部長から電話があった。
波奈子の課長時代
なりすぎるほどお世話になった恩師。
来年の夏
買収した事業を子会社化してスタートさせる
ぜひ力を貸してほしいと。
自分はもう
現役から離れて時間が経ちすぎている。
そう言って断っていた。
実は。
涼子は元の職場に今は復帰している。
仕掛け人はこの人だった。
波奈子は今の生活に何の不満もない。
でも、「一旦考えます。」と保留にしてから
湧き上がる何かを感じていた。
たしかに、自然相手の生活は素晴らしい。
大きな力に包まれて
自分と言う存在の小ささを教えてくれる。
そして
そんな力ではどうする事もできない
堅牢な自然のシステムを前にした時の
自分の無力さを
思い切り突き付けられる非情さもある。
オフィス街には包み込む雄大さも
癒してくれる優しさもない。
でも
自分の力で動かせる世界がそこにはある。
そしてそれは
違う意味での、生きている証を掴める
そういった場所でもある。
「一つの価値観に縛られてちゃだめだな。」
「それは変わるものだし、
変えて悪い事もない。」
結論は出た。
波奈子は
すっかり荷物のなくなった家の中を
ゆっくりと見回した。
人間の本質を満喫した初期
人とのつながりを知った中期
涼子との充実した生活の後期
そこには戦わない価値観が確かにあった。
「ありがとう、室戸の海。」
波奈子はそう呟いて
軋む窓をそっと閉めた。
人、人、人、人。
「ああ。戻って来たな。」
「台風の室戸よりも荒れ狂ってる。」
新宿の喧騒を
十数年ぶりに見た波奈子はそう思った。
オフィス街のウインドウに写る自分。
スーツ姿にハイヒール。
当時の25万円のバッグは今も健在だ。
「これも悪くないぜよ。」
等身大に投影された自分に
やさしくウインクを送り
急ハンドルのシンデレラは
15階建てのビルへと消えて行った。




