第三話:英才教育
ルシアンから計画の詳細を告げられた翌日から、ライラの悪女英才教育は始まった。
朝日に照らされた公爵家の広大なサロン。侍女頭ガブリエラが、ライラに最高の貴婦人マナーと、笑顔の作り方を教えている。
ライラは感情が伴わないが、マナーや笑顔を「完璧な動作のデータ」として頭にインプットし、寸分違わぬ精度で再現することができる。これまで伯爵家で教えられたのと同じようにするだけなので、ライラは至極当たり前にそれを演じることが出来た。
「ライラお嬢様、とても素晴らしいです。これではすぐ私が教えることもなくなってしまいますね」
ガブリエラは心から感心したように言った。ルシアンから内密にライラが婚約者候補であると聞いていたが、没落伯爵家の遺児である少女に期待などしていなかった。
それなのに、眼の前の可憐な令嬢は終始控え目であり、頭の回転も早く指示したことの飲み込みも早い。
(さすが、ルシアンお坊ちゃんが見出した御方のようね)
幼い頃より世話をしてきたルシアンが十歳も年下の少女を連れて戻った時は正直驚いたものだった。だが、その驚きを超える才能の片鱗を彼女は見せている。感心するしかなかった。
この瞬間よりガブリエラは「ヴァイス公爵の望む完璧な花嫁」として完成させることに使命感を燃やすのだった。
サロンの一角でレッスン風景を静かに見ていたガブリエル執事が、練習用の音楽を止め、ルシアンの到着を告げた。
「坊ちゃま、休憩の時間でございます」
ルシアンは、いつもの完璧な微笑みを湛えながらサロンに入ってきた。彼はそのままガブリエラと交代するようにライラの前に立つ。
「ガブリエラ、ご苦労様。ここからは私が相手をしよう」
ルシアンの薄水色の瞳がライラを射抜く。それは、教師として生徒を評価する目であると同時に、支配者として所有物を見つめる目だった。
「ライラ。ダンスは、社交界における情報戦と支配の縮図だ。君の命運が、私のリードに完全に委ねられていることを、身体に叩き込みなさい」
優雅なワルツが流れ始めた。
ルシアンのリードは精密機械の如く完璧で、ライラの体を迷いなく導いていく。ライラは、ルシアンの体の動き、視線、指先の力の加減といった全ての『データ』を読み取り、正確に応じた。
顔は「完璧な令嬢の微笑み」を保ったまま。だが、二人の間には、他の誰にも入り込めない、冷たい緊張感が流れていた。
ルシアンはライラの耳元にそっと唇を近づけ、周囲には聞こえない声で囁いた。
「素晴らしいね、ライラ。君の無表情な動きは、私が教えている法律の条文のように正確だ。だが、忘れるな。このダンスで、君の命運と動きは、完全に私のリードの下にある。私の望むままに、最も美しく、最も残酷に踊りなさい」
ライラのライラック色の瞳が、一瞬だけルシアンの瞳と交錯する。彼女は言葉ではなく、わずかな身体の傾きで、「理解し、承諾した」ことを返した。
昼の光の下、二人は完璧な婚約者として優雅に舞っていた。だが、その身体の接触は、夜に控える背徳的な知識の共有と同じく、歪んだ支配と服従の儀式だった。
ルシアンはライラを抱き寄せたまま、満足そうに瞳を細めた。
「さあ、夜が楽しみだ。君の悪の才能が、どこまで私の予想を超えられるか、試させてもらおう」




