第二十話:私室での最初の命令
ルシアンは、ライラを私室の豪華なベッドに下ろしますが、拘束や強制的な接触はしません。彼の瞳は、「逃げ場のない支配」をライラの知性に突きつけた。
「ライラ。この部屋は、私の支配の絶対的な中心だ。君は、ここから一歩も出ることは許されない」
ルシアンは、冷たい指先でライラの頬をなぞる。
「君の『論理的な任務』は、今日で全て終了した。これからは、私自身が、君の唯一のタスクだ。私が与えるのは、『愛の証明』という、君の知性で最も解読困難な課題だ。さあ、ライラ。君は私に愛されていることを証明しろ。今夜、君自身から、私にキスをしてみせろ」
ライラは、公務から切り離され、価値を否定されたことへの驚愕と、「キス」という非論理的な要求への困惑で、再びフリーズする。
ルシアンの「愛の奴隷」宣言と、キスという非論理的な命令。ライラは、この課題を「遂行すべき任務」として捉えたが、論理的な解法が存在しないことに直面した。
(「論理を捨てろ」という命令は、私自身の機能を否定している。しかし、彼の要求を満たさないことは、契約の不履行であり、私の自己存在価値の否定に繋がる。合理的に考えるのを、合理的でないと判断するべきか?)
ライラは、論理的な限界を悟り、「ルシアンの望む答えに辿り着くための、代替的な情報源」を、研ぎ澄まされた記憶の中から必死に探した。
そして、その優秀な頭脳が、伯爵家にいた頃に周りから聞いた恋愛ゴシップや、周囲に無理やり読まされた、無駄だと切り捨てていた恋愛物語の記憶を、データとして引き出す。
ライラは、記憶の断片を、一つの大きなデータベースとして結びつけた。
「愛」とは、「非合理的な要求の集合体」である。
「愛の証明」とは、「理屈を伴わない、自発的な親密な行為」である。
「彼氏が嫉妬する」とは、「自分以外の人物との親密な接触を、非効率的なノイズと判断する」感情である。
「婚約者の愛の奴隷」とは、「論理を超えて、彼氏の感情的な要求を最優先すること」を指す。
そこで初めて、ライラの頭脳は戦慄と共に、一つの冷徹な結論を導き出した。
(待て……。ルシアン様の全ての「非効率な奇行」、「論理を捨てる命令」、そして「私からのキスを求める非合理な要求」は、私が『無駄な情報』として切り捨ててきた、『恋愛』という概念に完全に一致する)
「ルシアン様は、私に対して『恋愛感情』を抱いている」
彼女の論理世界において、「愛」は存在しないはずの概念だった。しかし、記憶という過去のデータが、ルシアンの行動を「恋愛感情」という新たな論理の枠組みで説明してしまった。
ここで初めて、ライラはルシアンが自分に対して恋愛感情を持っていることに気づく。 そして、その「愛」こそが、ルシアンという完璧な知性を崩壊させた、唯一の非合理なラスボスであると理解した。
ライラは、ルシアンへの「愛の証明」という任務を、「ルシアンの『恋愛感情』という非合理的な論理に、私自身が従う」という、究極の合理的解法として受け入れるのだった。
(私の道具としての役割は、『支配者の目的を最も効率的に達成する』こと。現在、ルシアン様の最大の目的は**『私からの愛の証明』だ。ならば、『愛』という非論理的な概念を論理的に遂行することが、最も合理的な手段となる)
ライラは、論理を「捨てる」のではなく、「愛という新たな論理に拡張する」という、知性の勝利を選んだ。
そして、ルシアンの絶望と期待が入り混じる目の前で、記憶から引き出したデータに基づき、人生で初めての自発的な行動を起こす。
「ルシアン様……」
ライラは、感情を込める代わりに、論理的に「愛」という結論を導き出した、純粋な視線でルシアンを見つめた。
「愛とは、この感情的な要求を、最優先で実行することなのですね」
そして、ライラは、ルシアンの論理的な暴君としての魂に、感情を排除した、しかし最も誠実な、自発的なキスを捧げるのだった。




