第十六話:崩壊の始まり
ルシアンが求めているのは、ライラの「道具としての献身」ではなく、「非合理な愛情」による自発的な行動だった。
勝利の抱擁やキスは、ライラにとって「公的な婚約者としての義務」、あるいは「契約上の報酬の受け取り(ルシアンの満足)」という論理的な行為だ。
しかし、ライラからの自発的なスキンシップは、「恩義の返済」や「任務の遂行」という論理に、直接結びつかない非効率な行動であり、ライラにとっては意味不明な要求だったのだ。
オーギュスト戦勝利の祝勝会。二人は秘密の書斎にいた。
勝利の報告を終え、ルシアンはライラを抱き寄せ、その髪に熱いキスを落としました。ライラは、いつものように「婚約者としての受動的な義務」としてそれを受け入れた。
ルシアンは、ライラを静かに見つめ、悲哀と支配欲が混ざった瞳で尋ねた。
「ライラ。君は、私という最高の支配者を得た。君の復讐は完遂し、私の新たな野望の成就にも、君は必要不可欠な存在だと証明した」
彼の声は低く、切実だった。
「では、教えてくれ。なぜ、君からは私に触れない? なぜ、私から与えられた抱擁やキスを、君自身から私に求めないのだ?」
ルシアンの問いは、彼の全ての孤独と、非合理な愛の飢餓を凝縮した、切実なSOSだった。
ライラの瞳に、はっきりと「?」が浮かぶ。
「ルシアン様。スキンシップは、公的な威厳の誇示、または、生物的な種の保存を目的とする行為です。これらの行為は、私の最優先タスクには含まれていません。貴方への接触は、貴方から要求された時に、最も効率的に実行すれば問題ありません」
彼女の純粋な論理は、ルシアンの感情的な要求を完全に否定した。
「な、なぜ婚約者なのに、私からしかスキンシップを求めないのだ? ライラからも同じように触れ合ってほしい!」
ルシアンは、悲鳴にも似た言葉を吐き出した。
ライラは、ルシアンの要求の「非論理性」を分析しようと、その場で硬直しました。
(『婚約者からのスキンシップの自発的な要求』は、契約書に明記されていない。この要求の論理的根拠と、貴方の目的における効用は、どこにあるのか?)
ライラの「思考による停止」は、ルシアンには「絶対的な拒否」として映った。
「……そうか。拒否するのだな、ライラ」
ルシアンの瞳から、全ての理性が消失した。
「私の最高の道具である君が、私に、感情の自由裁量権を論理的に拒否するのなら……ならば、私は『支配者』として、君に愛を命令するしかない!」
ルシアン公爵は、非合理的な愛の暴君へと完全に変貌し、闇落ちしたのだった。彼は、愛という名の最強の鎖で、ライラを永遠に支配することを誓った。




